第45話 とんでもない誤解
待ち合わせにしていた喫茶店に入るとすぐに大樹の姿が目に入った。先ほどと違ってネクタイを緩め、ダラーっとしていた。まるで別人である。
「お疲れ。どうだった?」
僕が声をかけるとバッと背筋を伸ばした。下の喫茶店で30分ほど待つように言っておいたのだ。
時間はなんとかギリギリ間に合ったというところだった。
「むしろ俺はそっちから見てどうだった?」
「思ったよりまともで驚いたよ。店員さん、リンゴジュースお願いね」
「はい、分かりました」
「正直な話、俺よりも年下の人達ばっかりでちょっとショックだったけど……。
でも、俺は本当にゴミ拾いとか肉体労働みたいなことばかりやってきたから仕方ないよな。
仮にダメだったとしてももっと頑張らなくちゃと思えたから面接受けてとても良かったよ。
チャンスくれてありがとう」
大樹は何か晴れ晴れした表情をしていた。正直僕としては合格でもいいと思えたが、他の皆次第という感じはした。
特に同じような仕事をするであろう加茂君と佐伯君の意向を重視したいから一存で決めることはできなかった。
「まぁ、動画作成担当者の2人以外は僕ほどではないにせよ一流のゲーマーばかりだからね。
動画作成担当の加茂君と佐伯君も非常に精度が高いしね。
とりあえずは、仮に入った場合ちょっと屈辱的だとしても彼らから色々学んでもらうと共に、雑用を頑張ってもらわないといけない」
「ああ、こっちも生活がかかってんだ。実力社会なんだし、我慢するよ」
ちょっと歯を食いしばりながら大樹は言った。
僕はいつも頂点付近にあらゆる分野で居続けてきたので、そんな感覚に陥ったことはなかったが、年下に指図されるのは地獄だろうなとふと思った。
敢えて言うのならまどかや島村さんだが――まぁ“現実的な僕の姿”を知っている上に「玲姉の正論」を言われているのだから仕方ない(笑)。
「この業界は僕のような比較的長く活躍している例外はともかくとして大樹より年下の15歳前後が一番活躍するんだ。今のeスポーツ界は戦国状態で11歳の子が優勝するほど低年齢化が進んでいるんだよ」
僕の最年少記録も3年後には味気なく更新されたからな……。
“通算タイトル数を更新するだけの男”となっている。
「あ、そうなんだ。てっきりアンタが無双しまくってる業界なんだと思った」
「まぁ、僕はコツを掴んじゃえば、比較的どのゲームでも世界上位にはなれるっちゃなれる。
ただ、勢いがある若手は恐れを知らないから僕が思ってもみない動きをしてくるんだよね。
定跡どおりに動いてくれた方がよっぽどやりやすい感じがするね
ただ、破天荒な若手はすぐに消滅しちゃうけどね」
始めは驚いて負けることがあっても2回目からは難なく勝てるのが現状だからな。
「一発芸」に近いものだと言える。
「へぇ、そんなもんなのか。確かにアンタ以外の人ってそんなに安定していない気がするな……」
「結局のところ定跡を叩き込んで、その上での上積みだからね。積み重ねも大事になってくる。僕は小さいころからあらゆるゲームを極めていたから、幅広く対応できているというだけだね」
ただ、正直なところここまで優勝できているのは自分でも驚いているところだ。
一時期は“名前”だけで勝っていたような感じもあったけど(笑)。
ある程度の“ブーム”があったとしても容易に対応できるようになっている。
「へぇ、ゲーマーってそういう感じなんだ。楽しい事だけして稼いでいるのかと思ったよ」
「結構競争は激しいし大変なんだよ。僕も淘汰されないように日々やっている感じだね。
まぁ、楽しくないことは無いからやりたくないことを仕事にしている人よりかは遥かに恵まれた立場にいると思っているけどね」
大樹は気が付けば先ほどよりも“だらっと”していて、髪もボサボサになっている。
「それより、お前さっきと全く別人だな……オンとオフちゃんと使い分けているのは良いけどさ。同僚の前じゃ注意しろよ。じゃぁ、会計するか」
「いやぁ、ホントいろいろとありがとう。感謝はしてるんだよ」
正直入社前からこんなに懇意にしていること自体が大樹に対して嫉妬の対象となりかねない。僕が上手くケアしていかないとチームが空中分解する恐れがあると言える。
「まぁ、ダメでもどっか僕が紹介するからさ。でも基本的には明日朗報が来ると思って待っていてくれ」
とはいっても今のところアテが無い。ダメな時に為継と相談のうえで考えることにしようと思ってるけど(笑)。
「ところで今日、一番驚いたのが、アンタが思ったよりもスーツが似合ってたことだよ。“馬子にも衣裳”ってやつ? アハハハハ!」
店を出るといきなりそんなことを大樹が言ってきた。
取り敢えず深呼吸をして怒りを抑えておかないと思わず殴りかねない。
「ふぅ……仮にウチに就職が決まったなら他の人がいる前じゃ僕にも敬語を使えよ?
一応雇い主なんでね? 2人で話すときは別にいつも通りで良いけどさ」
「えー、どうしよっかなぁ。もう慣れちゃったしさぁ」
「ちょぉっ! 酷くないかぁ!」
「ハハハハ! 虻輝さん。アンタホント面白いよ!」
「練習だ。僕に向かって敬語を使うんだ」
「虻輝しゃま~! 就職させて~」
「おいぃ~!」
「うわー! 助けてくれ~!」
僕がこぶしを振り上げると半ばわざとらしく言いながら去っていった。
明後日には結果が本人にも通達されることだろう。
はぁ……先が思いやられる。本当に大丈夫なのか?
大樹の姿を見送りながら、あまりにも冷たい視線が背後からしたので振り返ってみたら――なんと、まどかと島村さんがこちらを見ていた。
いつの間にこの近くにいたんだ……。
「あ、2人ともここら辺にいたんだ? 何をしてたの?」
笑顔で手を振りながら近づいた――ところが僕が1歩近づくと2人は2歩以上下がった……表情は硬く何か生ゴミでも見るような眼だ。
「買い物だけど。近寄らないでよ、お兄ちゃん。自分より立場が下の人間をイジメるだなんて最低だよ」
「私たちはこの近辺で買い物をしていたんです。
見ていないところでは立場の弱い子に対してそんなに酷いことをしていたんですね。少しは見直したと思ったんですが……失望しました」
「ちょっ! 違うんだって! 仲の良いじゃれ合いだったんだよ!」
あまりにも冷たい目つきだと思ったら滅茶苦茶勘違いされている! だが、見ていた角度によっては僕がイジメていたように見えてしまったのかもしれない。
「言い訳をするなんて見苦しいですね。私達は2人でしっかり見ていたんですから言い逃れは出来ませんよ」
「誤解だって! ほんのちょっと注意をしただけで!」
しかし、まどかはプイっと僕から目を背けると島村さんの腕をとった。
「知美ちゃん。いこっ! こんなのと一緒に居たらあたし達まで穢れちゃうよ」
「そうですね。この人とは二度と話したくないです。ホームレスの方々の方がよっぽど社会のためになっています」
「あっ……!」
2人はあっという間に僕から離れていく。
最悪なことに、大樹はコスモニューロンを持っていないのですぐに呼び出したりすることができない。そのためにすぐに勘違いだと言うことを証明することができないのだ。
さらにこういう時に限って景親や美甘が近くにいないので僕を弁護する側の人間がゼロなのだ……。
僕は呆然とした表情でなすすべもなく2人を見送るしか方法は無かった。
心の中に空虚な風が吹き抜けていったのが分かった。




