第42話 映像・音声の生成
2055年(恒平9年)11月8日 月曜日
私とまどかちゃんはEAI本部に朝9時にやってくると、音声データの収録作業に入りました。
「なんだかラジオや映像の録音をすると言っても今日は昨日とは違って結構奇妙なことをするんですね……」
どうにも、文章を読むのではなく音程を変えて単語を読んでいく――といったことを永遠とやっていく感じでした。
「あたしも詳しくは知らないんだけどさぁ~。
どうやら、色々な種類の音程を入れてどういう言う感じの内容をするかって選択するだけで、自然な形の映像と音声をAIがチューニングしてくれるみたいなんだよね。
もっと言うのなら、実在していない“それっぽい人物”も特徴を設定すれば作れるんだって」
ちょっとゾッとしました。そこまでできるようになっているだなんて……。
「結局のところそういうところはコンピューターシステムに頼るんですね……」
「ま、まぁAIに管理されることが問題だと思っているだけで、ツールそのものに関しては人々の生産性向上をしているからね。
ちょっと偏り過ぎていることが問題だと思っているからね」
加藤さんはちょっと困惑気味に頬をかきながらそう話されました。
「確かにそうですね……」
加藤さんのおっしゃりたいことは分かるんですけど、ちょっと矛盾しているような気がしてならないんですよね……。
結局のところ虻利家のテクノロジーを使ってしまうとそのデータについては筒抜けですからね……。
「それじゃ、試しに再生してみようか」
加藤さんはそう言ってパソコンのキーを押しました。
私とまどかちゃんの映像が映し出されます。
「テクノロジーの発達の行き過ぎは人類社会を終わらせてしまう可能性があります。
私たちEAIはこのような世界に対して反対の姿勢をとっていきたいと思います」
「世界全体を変えることができなくても、あたしたちができることをやっていかないとね~」
私やまどかちゃんが録音をした記憶の無い言葉をしゃべっています……。
それも表情や口調などもかなりそっくりで、気が付かないうちに撮影されたのではないかと錯覚してしまうほどです……。
「あたし。こんなことしゃべったっけ?」
まどかちゃんも目をパチクリさせて驚いています。
「これは島村さんとまどかさんの映像と口調を真似て生成したものだよ。
こういう感じでしゃべって欲しいとコマンドで指示することによって、自在に映像を作ることができるんだ」
「なんだか怖いですね……私が話したことが無いのにあたかもしゃべったことになっています……」
凄く自然な流れで――むしろ緊張していない分私よりも上手に話せている気すらします……。
「まぁ、使ったソフトなどが強制的に出るようになっているから、とんでもないことを発言したことにはならないよ」
加藤さんが画面の左上の方を指し示すと確かに細かい文字ながらも色々とソフトの名前が書いてありました。
「あ、そうなんですね。それならちょっと安心しました」
実を言うと“悪用”されないかちょっと心配してたんですよね……。この組織といい形で別れられるとも限らないので……。
そうなったときに私の映像を“悪いように加工”してVR空間に流されてしまうことを懸念していたんですよね。
「生成された作品かどうか明確になっているからこそ、直に撮影された作品というのは別の評価があるんだよ。
特に、我々を支持している団体としてはあまりいい評価はしてくれないんだ」
「でしょうね」
「ただ、お二人の時間も限られているでしょうからね。
そして、一般の方向けの発信でしたらこうしてAIの活用もしようと思っているわけなんです」
「なるほど……」
「ちなみにPCを接続して行っていますが、コスモニューロンバージョンもあるので、本当にいつの間にかできてしまうことがあるんですね。
私たちはすることができませんが、本当に体一つで何でもできてしまう世の中になっているんです」
「技術の進歩は素晴らしいですね」
勿論、皮肉の意味ですけどね。
時期に『コスモニューロンには完全に医学的安全があります』と科学技術局が言い始めて脳のデバイスのみに統一。
そして、パソコンなどのOS機器も完全に廃止されてしまう未来が近々やってきそうな気がします……。
もしも、そうなったときこの人たちはどうやって生きていくのか、どうやって活動をするのかちょっと気になりますね。
私はそういう世界になったらあっけなく身を引いてひっそりと暮らすと思います。玲子さんがどんな風に活動されるのか気になりますけど……。
「ふわぁぁ……難しい話は良いからさ。何か別のことはないの?」
まどかちゃんは先ほどから舟をこぎながら度々欠伸をしていました。
「そうだね……君たちには新しい編集機材を買ってきてもらおうかな。
今のソフトではできないことができるんだよ。
例えば君たちのプライバシーを守るために顔や声を自在に調整することができるんだ。
今の無料のソフトでもできないことは無いのだけれども、質としてはあまり良くないからね」
その新しいソフトも、それはそれでかなり怖いですけどね……。
「お釣りはいらないから好きに使って構わないよ」
そう言って加藤さんは1万円札を10枚を渡してきました。
1枚1枚の紙幣には虻利家の開祖と言われる虻利虻政の肖像画があります。そして中央には虻利家の家紋が透かしで見えます。
コレを見るたびに圧倒的な権力を感じてしまうんで嫌なんですよね……。
私は日本庭園が書いてある5000円札の方が好きす。だから、お財布の中はほとんど5000円札ですね。
いずれ、全部の紙幣が虻利家の人の顔になるか紙幣そのものが廃止になりそうでそれも怖いんですけど……。
「どこに売っているんですか?」
「調べたところ、この近辺にはないようだね……ここから近いところだと都心にある四神電気にはあるみたいだけど」
四神電気は虻利傘下最大手の機器生産から流通までやっている会社です。コスモニューロンも製造していてこれもあんまり好きじゃないんですよね……。
かといって何が好きなのかと言われるとこの地上にあるものがほとんど虻利家の尖兵になっているところがほとんどなので、玲子さんのBUD以外嫌いですね……。
「定価は税込み9万円ほどだから残りはお駄賃でいいよ」
「知美ちゃん。やったね! 残ったお金でパフェでも食べようよ!」
まどかちゃんが突然元気に反応しました。まどかちゃん甘いものがかなり好きみたいで――そんなに食べても痩せているのが不思議なぐらい食べるんです。
恐らくは私は体にためてしまうのに対して、まどかちゃんは体の外にすぐに排出されるのでしょう。
「そうですね」
私はきっとまどかちゃんみたいにパフェを食べていたら体重が1.5倍ぐらいになると思うんで、紅茶とかを適当に飲んでやり過ごしているんですけど……。
まどかちゃんが、あまりにも嬉しそうに食べているんで付き合っちゃうんですよね。
私たちはこうして、新しい機材を買いに四神電機に向かうことになりました。




