第40話 関係改善のきっかけに?
そのあと私たちは発声練習をしました。どうにも、今後ラジオのように話すにしても今日のような再現性については期待できないと思ったので残ってお腹に力を入れていくことにしました。
「いやぁ、知美ちゃん随分最初よりは声から力が抜けたね~」
まどかちゃんは、相変わらず台本を半ば無視して気楽な雰囲気でずっと続けていましたけどね……。
「ええ、撮影する上では恥ずかしさが大分無くなりました。他の人がいざ聞いている姿を想像すると恥ずかしいですけど……」
「大一番が終わったところでさ……お願いがあるんだけどさ。お兄ちゃんを遠ざけるのはやめてくれない?」
あまりにも唐突だったので思わず座っていたイスからちょっと浮いてしまいました……。
「え、どうしてですか……。前々からずっと思っていたんですけど、玲子さんもまどかちゃんもちょっとヘンですよ。
だって、2人ともあの人のことが好きなんですよね?
それならばライバルは減った方が良いのではありませんか?
私はまだ虫けらと同然ぐらいにしか思っていませんけど、ゆくゆくはどうなるか分かりませんよ?」
「確かにダメなところは多いけど、虫けらとは言うね……。
お姉ちゃんとあたしはお兄ちゃんにとってより良い相手が見つかればと思っているんだよ。知美ちゃんはあらゆる面で揃っているから候補として相応しいとお姉ちゃんは思っているんだよ」
「は、はぁ……」
確か以前もまどかちゃんに同じような質問をして、同じようなことを答えられていた気がしました……。
(第2章78話)
お二人とも見ている領域が違い過ぎて何とも言い返す言葉が無いです……。
「どうしても嫌いなら無理にとは言わないけど、どうにも知美ちゃんは勘違いしている気がするんだよ。
お兄ちゃんは本当は優しいんだよ。ゲームに熱中し過ぎて周りを見失うことはあるんだけどね……」
「“優しい”と言うことは以前もお聞きしましたけど具体的にどう優しいのですか?」
もしかしたら、まどかちゃんは何か洗脳されたり、騙されているのかもしれません……。
「あたしは、小学生のころまでは凄くイジメられてたんだ。
でも、お兄ちゃんがその都度庇ってくれて……あんまり頼りにはならなかったけどお姉ちゃんが来るまでの時間稼ぎはしてくれたんだ」
確かに、東北のこの間の護衛任務の時も私のが道連れになるのを避けるために、自らの手に銃弾を撃ち込もうとすらしていました。(第2章70話)
自分を犠牲にしてでも他人を助けようとする姿勢は確かに中々できることでは無いです。
少なくとも、今できる最善の動きはしようと努力していることは伝わります。
「ただ、私がちょっとよく分からないのは時々途轍もなく冷たいと思えると気があるともうんです。
あっけなく苦しんでいる人を見棄ててしまったり……」
「でもさ、100%ずっと生きている間、優しい事ってないと思うんだよ。
例えばさ、お姉ちゃんだってこの世の中と折り合いをつけるために時に人を見棄てることだってあるよ。
自分の救える範囲内で救っていくだけでも十分じゃないかな。
お兄ちゃんだって自分からやりたくてデータの捏造をしていたわけでは無かったようだしね」
「なるほど……確かに私も、ある程度EAIの方を諦めかけていました」
本心は私の出来ることの全てをしてでもEAIを守っていきたいと思っていますけどね……一体何ができるのかは分かりませんけど。
「お兄ちゃんと連携すれば助けられるかもしれないよ? やれるだけのことはやろうよ」
「具体的にどんな風に連携すればいいんでしょうか?」
「うーん、よく分かんないけど、やっぱりまずは情報交換だよ!
話を聞かなきゃ何にも始まんないよ!」
「私たちにとってどんな情報を貰えれば参考になりますかね?」
何も情報を持っていないほうが正直ありがたいですけど……。
「多分だけど、周辺での聞き込みで何かあるんじゃないのかなぁ?
お姉ちゃんが言っていたみたいに何か外から見て違ったこともあるかもしれないし~」
「そうですか……」
「そ、それにさ! お兄ちゃんは頼りにならなくても、小早川とか北条とかはとっても頼もしそうじゃない? お兄ちゃんは名前だけリーダーっていう感じだし……」
「能力だけを見たらどうしてリーダーなのかはわかりませんけど……。
なぜか中心にいると上手い具合に収まっている感じはありますよね」
「許容力? が高いのかなぁ。あんまり怒ってる場面思いつかないなぁ。
――う~ん、ゲームを邪魔された時ぐらいかなぁ?
能力が無い分他の人に頼りまくっているのが逆にいいのかもよ?」
「確かに他の人に任せることもリーダーとしては大事かもしれませんよね。
玲子さんみたいになんでもできちゃうと他の方に任せたくないでしょうからね。
玲子さんより1分野でもできることがある人の方が珍しそうです……」
話によると何でもすぐにコツを掴まれて3日あればその分野の超一流になるんだとか……。
「そもそもお姉ちゃんはあまり他人を信用して無いっぽいからね。
“思考が聞こえる“ってのは心の底のどす黒い感情も聞こえちゃうってことだろうし……。
あたしたちは信頼かなり信頼されている方だと思うよ」
「私なんかが……本当に恐縮です」
「前から思ってたけど知美ちゃんは自己評価低すぎないぃ~?
弓の達人で、美人で背が高くて胸もあって……。
あたしなんて背も低いし胸も無いしアピールするところ何にもないんだけど……」
「まどかちゃんは明るくて元気なのでとても癒されています。
私はすぐに暗い方向に考えがいっちゃうんで――親の仇を討つことも考えちゃったんです」
胸とか大きくてこれまで人生で一度も良かったためしがありません。
こんな脂肪の塊は重くて肩は凝るし、男性の方からは厭らしい眼で見られるし……。
ただ、言ってもまどかちゃんにとっては嫌味に聞こえてしまってあまり響かなさそうですから、言わないでおきますけど……。
「虻利家のメンバーは結構、裏表が凄いよね。
建前ばかり綺麗で実情は世界を支配することばっかり……。
でもお兄ちゃんは違うと思うんだ。
頭はあたしみたいに悪いかもしれないけど、少なくとも素直に過ちを認められるんだよ。
今は逮捕のための証拠の捏造を悔いている。
だから日々頑張ってると思うんだ」
「あの人は確かにいい意味でも悪い意味でも裏表無さそうですよね……」
「知美ちゃんを救う前で捏造をしていた頃なんて、
毎日もう顔が真っ青で、あたしとはロクにクチもきいてくれない状態だったんだ。
ある意味知美ちゃんがお兄ちゃんを救ってくれたんだよ」
「そ、そうだったんですか……。
底抜けに明るそうでゲームをやってるばかりな感じがしてましたけど……」
「確かにそんな状況でもゲームの世界大会である程度勝てたみたいだけど、家庭ではあたしたちの関係は崩壊してたんだよ……」
「そうだったんですね……なんだか今の3人の仲の良さを考えると想像もつかないですね」
私から見ると玲子さんもまどかちゃんも“ハートマーク”を浮かべて常にあの人のことを見ているような気がしてならないんですよね……。
「あたしだって、お兄ちゃんの全てを肯定したいわけじゃないんだよ。
悪いところはちゃんと直して欲しいと思っているし……今はある意味“お兄ちゃんらしい”から問題は色々あるけどこれでいいかなって思えるけど」
「なるほど……」
私はここ最近2週間ほどしか知らなかったのですが、“仲良しの3人”でずっといたわけでは無かったんですね……。
「とにかく、そんなお兄ちゃんなんだよ。ちょっとは信じてみてくれないかな?
何かおかしなことをしようとしたなら、あたしが必ず止めるからさ」
「そうですね。少し話を聞くだけでも良いかもしれません。
まどかちゃんにはこの2日間、本当に迷惑をかけてしまいました。
無事今日の撮影も成功したことですしね」
昨日の私は特に冷たく当たってしまいましたが、今日の収録の負担から余裕が無かったせいなのかもしれません。
「うん! とても良かったと思うよ! これからも頑張ろう!」
玲子さんやまどかちゃんがこんなにも信じているのだから多少は信じても良いのかも……と思えました。




