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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第1章 歪んだ世界で生きる者
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第17話 勇気の決断

あの為継でも僕の突飛な行動に驚いている様子だった。眼を白黒させている。


「な……虻輝様、何を……。

 あぁ、なるほど。虻輝様はまだ初心な方ですからこういう場面で生身の体を拝見されたくないのですな。

 ですが大丈夫です。私は去りますしモニターも切っておきます」

 

為継は一瞬驚いた表情をしたが、勝手な解釈をして一人で頷いている。


「いや……そうじゃない」


「……察しが悪くて申し訳ありませんでした。やはりこんな簡素なところではご不満ですよね。今からスイートルームをとってまいります」

 

 僕は拳を握り締めた。この瞬間が島村さんの運命の分かれ道に違いない! 

 ここで誤魔化したら結局決断していないのと一緒だ! 


 玲姉から貰っていた非常用スイッチは今左ポケットにある。

 僕はそれを押すわけでは無いけど掴んだ。

“玲姉! 僕に勇気と知恵をくれ!”そう思いながら為継に向き直った。


「そうじゃない! もうこんな精神を改竄することは僕は二度と許可したくない! 島村さんをこのまま解放してくれ!」


 為継は今度こそ分かったのだろう――いや、恐らくは為継ほどの知能があれば最初から僕の意図を汲み取っていたのだろう。

 敢えて的外れなことを言って僕に対して“考え直す時間“を与えていたに違いない。


「虻輝様……その決断は正気とは思えません。とても合理的ではない。

 そもそも大王局長から昨日説明を受けられたと聞きました。

 改めて申し上げますと、人体実験における多少の犠牲はあらゆる技術革新のために必要な事なのです。

 それが最終的には人間の幸福につながるのです。我々が行っている「人間半神化計画」それが人類の新たなる進化への直通路なのです。

 虻輝様、今ならば引き返せます。ご再考を」


 為継はここで初めて険しい表情になった。

 事の重大さが顕在化してきたのを何とかしたいという思いなのだろう。


「……それでもさ、今の人々を不幸に敢えてすることはないと思う」


 為継は顎に手をやり少し斜め上を見つめ出す。

これは、高速で考えているときの癖と昔聞いたことがある。


「確かにそうかもしれません。しかし、その娘は殺人未遂という明確な犯罪者です。

 それも、虻利家当主を殺そうとしたというのはどんな犯罪よりも重いです」

 

 玲姉や大王や為継みたいに頭がいい理論ではないかもしれないが、とにかく必死になって食らいついていくしかない。


「犯罪者にも更生する機会があっていいべきだ。

彼女は特に虻利によって家族を破壊されている。元をたどれば僕たちにも責任がある」


「ふむ、正論ではありますな。

しかし、再犯率が非常に高いのが現実。

特に彼女に関しては洗脳という方法以外では反乱分子であり続けることでしょう。

“洗脳”は悪い言葉のようにも聞こえますが、過去を消し去り、彼女自身を過去から解放して救うためでもあるのです」


 過去を消すということは自分のルーツをなくすということでもある。

 そんなことが許されていいのだろうか……。

 過去は受け止めそれを明日への糧にするのがあるべき姿なのではないだろうか?


「確かに洗脳をして僕たちの思うがままにできたら便利だろうさ。

でも、現に虻利内部でも実情を知って良心に耐えかねて自殺したり、テロリストに加担した人もいるって話じゃないか」


「ええ確かにそれは存在しますが、しかし少数です。

基本的には虻利に協力してくれる方々はみんな協力的で自分の仕事に自信を持っておられますよ」


「僕が新しいモデルを作るそのつもりで彼女を更生させる……少なくとも父上が直接彼女の家族をバラバラにしたというのは間違いない事実だ! 

これは僕の問題であると言っていい」


 別に何か更生へのビジョンがあるわけでは無い。たった今思いついたその場しのぎの言葉に近いと言っていい。

 でも、島村さんには社会復帰して欲しいし洗脳以外の方法で和解できたらいいと思っているのは本当だ。


「彼女をここで開放してくれないのならここで抵抗してテロリスト側に下ることを辞さない! 玲姉だって呼べる位置にいる!」

 

 僕は思い切って連続でまくしたてたせいで息が切れてきた。


「……正直に言いまして虻輝様のおっしゃることはほとんど感情論に近く全く理論的ではありません」

 やっぱり為継を論破することは不可能に近いのか……。


「しかし、彼女に関して虻利に非があるのは間違いないですし、虻輝様がテロリストと組むことになれば虻頼様や虻成様もお悲しみになられることでしょう」


 き、奇跡が起きようとしている……のか?


「大王局長、私と虻輝様の今までの話をお聞きになられていましたか?」


「ええ、作業をしながらでしたので、返答できずにいましたが全て聞いていました」


 聴こえてきた大王の声は落ち着いていた。

 為継がコスモニューロン音声開放モードにして通話を外部にも聞こえるようにしたようだった。

 こうして電話を特定の人間に指定して開放することができるのも素晴らしい点ではある。


「虻輝様の考えは私としても興味深いですし、1人ぐらいでしたら了承できる範囲内です。ですが、我々には我々の理念があります。

『犯罪者』の人体実験に関しては譲ることができません。

 昨日もご説明しましたが、科学の発展には必要不可欠な犠牲という訳です。

 これを阻止するというのでしたら例え虻輝様と言えど『追放』や『犯罪者』としての扱いを受ける可能性があることをご理解いただきたい」

 

 最後の方の大王の声は“マジ”だった。

 ……やはり人体実験に関して納得いかない点はあるが、すぐさま虻利の構造を変えることはできない。

 ここでむやみに抵抗して全てを本当に失ってしまうよりかはここで妥協するのも仕方ないだろう。


「分かった……実験に関しては追及することをやめる」


「ありがとうございます。今まで虻輝様が行われていた仕事については小早川第二部門次長、あなたが引き継ぎなさい」


「はっ! 承知しました」

 為継は通信を切ったようだった。僕に改めて向き直る


「虻輝様。そういうわけですから、彼女をちゃんとしたやり方で更生させてください。 

 私も今虻利がやっていることが全て正しいとは思っていないですから」


 もちろんそのつもりだった。

 それより、為継も虻利のやり方に多少なりとも疑問を感じることも驚きだった。流石に非人道的すぎるからだろうか……。


「分かった。責任を持つ」


「しかし、島村知美という人物。相当虻利家に対して恨みを持っているようです。一筋縄ではいかないかもしれませんぞ」


 さっきも為継が人が通るたびに島村さんが恨み辛みを叫んでいたということを言っていたのでかなり難しいのはわかる。


「ある程度は覚悟している」


 しかし、ここで踏ん張らなければ何も変わらない。

 僕はここに来るのに全てを捨てても良いと思った。だが、まだ何も捨てることなくいまここにいる。多少の難題があってもチャンスと捉えていくしかない。


「島村については拘束はしませんが、やはり居所については我々も把握しておきたいのでGPS付きのリングを足に装着させておきます」


 為継はそう言って、リングを気絶している島村さんの足につけた。

 まぁ、ある程度はやむを得ないだろう。僕の前からも脱走する可能性もあるわけだしね。コスモニューロンを強制的に埋め込まれるなどの措置がないだけでもありがたいと思わないとな。


「あとは、こちらにここに来る前に来ていた服です」

 地味な感じだが動きやすそうな服だ。そういえばこんな服着ていたな。流石に囚人服のままじゃ気の毒だしな。


「色々とありがとう。あと、裏の仕事を僕の代わりに担当してくれるようじゃないか。アレ結構面倒だと思うよ……やりたくない内容だろうし本当に感謝している」


「いえ、淡々とやればできない作業ではないと思っているんで問題ないです。虻輝様もお気をつけて島村と接してください。では、私はこれで」


「ああ、分かった。またな」

 そう言って為継はせかせかと速足で立ち去って行った。

淡々と仕事をこなすし頼りになるが、上からの使命のためならば味気なく人を殺しそうで怖い面も感じる……。


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