第36話 デジタル社会の盲点
店の外に出ると景親と早速、情報を共有した。結局のところ2つ聞き込みをして同じような話だったわけなのだが……。
「EAIもここまで捜査の手が伸びることは想定していなかったんですかね?
やけにあっけなく見つかっちまってるわけじゃねぇですか」
「うーん、そうとは思わないがね。こんな、僕達みたいに素人に毛が生えた程度の捜査じゃなくても、特攻局がゆくゆくは捜査していくだろうからね。
つまりは、“特攻局にこのことが見つかっても問題が無い”と自信があると言うことだ。
モザイク処理がされているわけだしね」
「ということは、厄介な相手である可能性が高そうですな。俺の出番もありそうだ!」
実に景親が楽しそうで何よりだが、僕は暗澹たる気持ちだ。またしても、とんでもないことに巻き込まれてしまうのかと……。
そもそも特攻局自身の自作自演の可能性だってあるんだ。反乱分子(僕達を含む)を一掃するためのな……。
「少し意外だったのは実行犯は虻輝様より少し上ぐらいの年の奴とは思いませんでしたな」
「そうだね――まぁ、僕も傍目から見ると年上を周りに従えてふんぞり返っているのかもしれないけど(笑)」
「虻輝様は実際に偉いじゃねぇですか! しかも、あまり怒られないのが凄いと思いますな。結構酷い言われような時も多そうですが……俺ならぶった切ってますよ」
景親ならあり得そうだな(笑)。景親自身も僕に対して口調が雑だけど(笑)。
「まぁ、正直怒っても僕の立場は良くなるどころか悪くしかならないからな。
気が付けば受け流すことを覚えていたね(笑)」
玲姉やまどかからホント散々言われ続けてきたからな――最近は島村さんから辛辣な事言われまくっているからいちいち怒ったり悲しんだりしたら身が持たないんだよ。
「いやぁ、ホント人間が出来ておられますなぁ」
「いや、よせって」
感覚が他の人と比べて壊れちゃっただけだろう。
残念ながら聖人君子でもなければ人格者でもなかった。
所詮は手の届く範囲内の人物を“助けた気になっている”自己満足を満たすためだけにやっているだけなのだ。
それを遥かに超えるだけの「無実の人たち」を大王の被検体として送り込んでしまったのだから……。
と、そんな表面上では明るく会話をして心の中では暗闇の底に沈んでいると今度は輝成から連絡が入った。
「為継から話を聞いたのですが、どうやら不審な介入がありそうですね。
その点を考慮した上で調査したのですが、私の方のシステムでも為継と同様のVIP状態の存在を確認しました。
普通に見ているだけでは見過ごしがちなところがこの技術の凄いところですね
警察の持っているAIによるスキャンでは検出できませんでした」
確かに一般的に監視されていることは周知されているが自動的にモザイク処理されている人間がいるとは思わないものだ。
仮に、監視カメラの映像を一般人が見る機会があったとしても露骨に危険そうな格好をしている人や自分以外あまり注目しないために話題にもならないのだろう。
流石にコードをかけることができる手先の人物なだけあって一般人に溶け込めるような服装をしている。
密かに会話をしている合間を縫って僕の権限を使ってモザイクの人物のコードを解除してみようとしたが無駄だった……。
「しかし、誰だか分からない以上はどうしようもないな……」
「いえ、かなり原始的ですがやり方はあります。“張り込み”をするのです」
逆に原始的すぎて意外だったし盲点だった……。
「マジか……今やあらゆるものが衛星管理システムや監視カメラなどでデータ化してそれを検索すれば良いだけなのに……」
「しかし、これ以外手はありません。我々ではモザイクを外すだけのアクセス権限は持っていませんからね」
「うーん。確かにそうだな。僕の権限や為継のハッキングなどで解除できないということは、いかなるシステムを使ってもダメそうだからな」
「大変手間で根気が必要ではありますが、こういう貴重な手がかりが真相に繋がります。
折角虻輝様と景親と私で3人いますから3カ所で張り込みをしましょう」
輝成はプロだからさすがに自信がありそうな口調だった。
「しかし、やり方はどうするんだ? リアルでは普通に見えてしまうんだろ?」
「そこは問題ありません。片目ではシステムを介してご覧になれば片方だけモザイクがかかった状態になります」
「ほぅ、確かにそうだな。これもあまりにも原始的すぎて気が付かなかった(笑)」
僕もデジタル社会に毒されすぎていると言うことなんだろうな……。コードの解除ができない時点で諦めてたもんな……。
「為継が言うように末端の人間の可能性もあります。
ですが私は“ある程度重要な人物”だからこそモザイクをかけるのだと思うのです。
本当にどうでもいい人間であればわざわざこんな保護をかける必要はありません。
私は確保する価値はあると思っています」
「なるほど、確かに僕がコードの解除ができない人物。そこまでして隠しておきたい存在となれば興味が出てきた」
「やる気が出たようで私も嬉しいです。
張り込みのマニュアルをお送りいたしますので、是非ご覧ください。
ただ、外部には公開なさらないようにお願いします。虻輝様と景親だから信頼しているのです」
「ああ、分かっている。警察のマニュアルが流出したら問題だからな。
それにしても頼りになる」
張り込みも衛星管理システムなどで不要になりつつあるだろうが、こういった例外のような事態もある。今後も必要なスキルとして残り続けるのだろう。
マニュアルには色々なケースに対応した方法が書いてあった。
特に長時間同じ場所で張り込む際に、目立たずに張り込む方法はとても役立ちそうだった。
景親にも共有したようだが露骨に顔をしかめた。
「俺にこのマニュアルを実行できますかねぇ……」
「できるかじゃなくてやるしか無いだろ。昔と違ってコスモニューロンでの時間潰しがやり易いだけマシだろ」
僕だって本音を言えばさっさと放棄して煩わしいことをすべて忘れて次の世界大会に備えたい。
でもやむなくこうしているわけである――まぁ、張り込みは基本的に時間潰しがメインだから“マルチタスク”でゲームをやらせてもらうけどね(笑)。
「た、確かに……ヘビィメタルでも聞いてますぜ」
景親のイメージにまさしく合致する音楽趣味である。
「とりあえず、今日から早速“デモプレイ“だと思ってやってみよう。1時間でも良いからさ」
「そうですな」
景親の声は小さい。“やりたくない”というのがあらゆる仕草から出ている。
僕は小さく溜息を吐いた。
「まぁ、お互いに流されるままにここまで来たんだ。最後まで流されてみようじゃないか
僕も全然全くやりたくないよこんなこと。でもさ、最悪の事態は回避しながらいまここにいる。
それを感謝してやりたくない事でも取り組んでいくしか無いんだよ」
「ハハッ。そうですな。俺だって一度は師匠に殺されたと思いました。最近は特攻局に捕まった時は人格が終わったと思ったんだ。多少やりたくねぇぐらいで逃げるなんて馬鹿らしいぜ」
「うん、その意気だ。それじゃ、それぞれのところで張り込みを始めよう」
僕だって島村さんを救おうと決めたあの日に今の身分を棄てても良いと一瞬でも思えたんだ。
ここでダルかろうが何だろうが、踏ん張らないといけない。地道な活動の積み重ねでもやるしか無かった。




