第35話 店での聞き込み
為継が教えてくれたデータの1軒目の店は、平成の頃からありそうな古いタイル張りの西洋風の喫茶店だった。名前は「ダイニングレスト」色々と平凡だった。
こっちは全く休めてないよ……と言いたくなった。
景親は威圧感を放ちまくって相手を委縮させるだろうから周辺を散策させることにした。
はぁ~っと大きなため息を吐いた後、深呼吸をして切り替える。一応真面目にやっておかないと何のためにやっているのか分からないからな……。
「あの、営業前のようですが少々お時間よろしいでしょうか?」
店の前を古めかしいクリーナーで掃除していた25歳ぐらいのエプロンをかけている男に話しかけると、IDを見たのかギョッとしたような表情をした。
「はい、店長を呼んできますので少々お待ちをッ!」
クリーナーをその場に放り出し、従業員は店の中に飛んで行った。1分もしない間に太った40歳ぐらいのこの店のマスターらしき人物を連れて来た。
「アンタ、虻利家の人って言うか――eスポーツ世界王者の人じゃねぇか!」
「ええ、一応そう言う肩書もありますね。しかし、今日は万屋として色々なことを調査をしているわけです」
「世界大会は大丈夫何か? アンタのプレイを見たがコイツはスゲェと思ったもんだぜ」
ホントはこっちだって本業の世界大会に向けて準備したいよ……。
ただ、休みの日に限ってヴァーチャリスト事件みたいなトラブルに巻き込まれたりしてホント最近は散々なんだ……。
「観戦ありがとうございます。次の大会は大丈夫です。
僕にものっぴきならない事情がありまして今こうして調査しているわけです……。
お時間がよろしければお話を聞かせてもらってよろしいでしょうか?」
「何かしらねぇが大変そうだな。まぁ、狭い店だが入りな」
とりあえず、マスターの性格もあるのか、僕のゲームの技術が何かしら活きたようで、警戒されているわけでも緊張されまくっているわけでも無さそうだ。
店内は少し古めではあるが、綺麗に掃除されていた。
「親父からの代からやってるからちょっとばかし古いんだ。まぁ座んな。何か飲むかい?」
「いえ、そんなにお時間取らせませんので。
早速ですが、ちょっとこの周辺の組織についてお尋ねしたいんですが、日本宗教連合と言う組織はご存知ですか?」
「ああ、ここから近いからね。比較的にあの連中もよく飲みに来るね」
「どういう人達か聞かせて頂きませんか?」
「うーん、あんましお客さんについて話たかねぇんだが――お前さんも色々と事情がありそうだしなぁ」
「そうなんです。頼みますッ!」
僕はマスターに対して、眼を瞑りながら手を合わせ、頭も下げた。もう、どのような手段を使ってでも、ほんの少しのきっかけでも良いので情報を集めたかった。
「あぁ、分かったよ! 頭を上げなって! そうだなぁ……特にお客さんの話を聴き耳建てているわけじゃないから詳しい話は分からねぇけど、偉い人を囲んでなにやら会合を開いていることがしばしばあったなぁ。
どうやら、日本宗教連合の人間じゃねぇみたいだったな。何だか“恐る恐る”と言う感じで扱っていたからな」
EAIでそのような人物がいるのだろうか? 為継に後で聞いてみよう。
「具体的にどのような会話をしていたか分かりますか?」
「うーん、それ以上は記憶にねぇな。大体お客さんの話を耳をそばだてて聞いていちゃ問題だろ?」
「確かに……。貴重な情報、ありがとうございます。何か会社経営や補助金などでお困りなことがありましたらご連絡ください。万屋の者が対応しますので」
そういう雑用は正平やカーターに押し付けるだろうけどな(笑)。
「おう、そりゃ助かるな。機会がありゃ頼むわ」
連絡先を交換して、礼をしながら店を後にした。
「虻輝様どうでしたかい?」
景親は僕が出てくるとハッとしたような表情になって駆け寄ってきた。その様子はさながら飼い主を待っていた忠実な犬のような感じだった
「やはり、EAIと日本宗教連合の連携を模索していそうだな。
一つ気になった情報は、日本宗教連合の連中が恐る恐ると言う感じで偉い人を接待していると言うことだった」
「ほぅ、そりゃ興味深いですな。何か特別なVIP何でしょうか?」
「分からん。為継に連絡してみる」
為継にはすぐに繋がった。いつも通り静かに僕の話を聞いている。
「なるほど、それに関連するかもしれませんが、私の方も面白いことが分かりました。EAIに出入りをしている者の中で衛星管理システムの情報で“エラー”が出る人物がいるのです。
どうやら、あらゆるハッキングや情報の審査を遮断する“特別ID”を持っているらしく、私の方でも識別できないのです。
顔を見ようにもモザイクが自動的にかかっているんですね」
「へぇ……それだけのVIPなんだ。どういうことをしたらそんなIDが発行されるわけ?」
「特攻局か科学技術局ですな。このどちらかの技術的な認証を受けなければそう言う状態にはなりません。
最高権力者であられる虻頼様でも技術者ではありませんから」
笑えることに、VIPの上級国民の奴らは“監視される状態にすらならない”と言うことなのだろう。
つまり、監視されているのは一般国民だけなのだ。
――まぁ、ご隠居の場合は服装が派手すぎて“存在していないことにしない”というのは無理そうだけど(笑)。
だから別の人物を使うことになるんだろうけど。
「ふぅむ、ちなみに為継はモザイク状態になる人物について心当たりは無いの?」
「そうですな……正直なところ上が認めれば誰でもそう言う扱いにできますので、人物そのものには意味があまり無いでしょう。
むしろ、“誰がその許可をしたのか?”そちらの方に私は興味がありますな」
「なるほど……許可した本人じゃなくてただの捨て石の可能性もあるよな。
ちなみにこういうことを聞いて良いのか分からないが、為継はその権限を持ってるの?」
「それについては答えられませんな。
科学技術局や特攻局においてはそう言った秘密裏のことは公開できないようになっています。虻輝様はたまたま両者に関わっておられますので特別です」
「あ、そうね……」
正直なところ僕ですらそんなことができるとは知らなかったのだ。
余程の上層部にしか出来ないのかもしれない――そもそも誰かを身元を分からなくさせて隠密行動させる必要性が無いから検討したころすらなかったが(笑)。
ただ、為継ほど優秀なら“例外”とかで出来なくも無いのかも……と思えてしまう。
「いずれにせよ、私では“モザイク”を解除できませんので、お役に立てずに申し訳ありません」
「いや、僕でも分からなかった情報をありがとう。僕達が実地調査するしかないと言うことが分かっただけでも大きいよ」
こうして連絡を終えた。またしても大きなため息をついてしまった。幸せが逃げそうだから嫌なんだが、それだけ気が重い事ばかりがやってきているのだ。
「虻輝様、どうでしたかい?」
「怪しい人物は見つかったようなのだが、
どうやら自動的にモザイク処理がされるような特権を使える奴が背後にいるらしい。
誰が実行犯なのか分からなかった。」
「為継も役に立たねぇなぁ」
何でそんなに満面の笑みなんだよ――あ、口笛まで吹き始めたよ。景親も僕の盾に1回なっただけであんまり役立ってないぞ? と言いたくなったが堪えた。
「動いている実行犯に関してはあまり気にしなくて良いというのが為継の意見だったな。
まぁ、所詮はトカゲのしっぽ切りに遭うような存在だろうからな。
誰がVIP状態にする許可を下したのかの方が興味深いと言うことだった」
許可を出している人物がご隠居や大王だった場合はかなり厄介だ。まず避けられようがない状況になる。
ただ、他の人物ならば僕の立場が上の可能性が高い事から、有利に事を勧められる可能性がある。
「やっぱりリアルの活動が大事なんですよ! 為継のいるデジタル社会なんて役に立たねぇですし、まっぴらごめんだぜ! 虻輝様もそう思いますよね!?」
僕がデジタル社会のeスポーツで活躍していることを完全に忘れているようだ。
心の中で散々突っ込みを入れているが、色々なことを無視して暴走する景親を見ていてこれはこれで面白いと言えば面白いので放置しておくのも手だろう。
そんなことを話しながら次のEAIと日本宗教連合がよく集まる飲食店に到着した。店の名前は“ブレイクタイム”という名前だった。
マジで僕にもブレイクタイムさせろよな……。
「お忙しい中、失礼します。少しお話を聞かせて頂けますか?」
僕のIDを見たためか50代ぐらいの女性がすっとんできた。余程急いだのか、左右のスリッパの色が違っている。
「あ、あの虻利さんがいらっしゃるだなんて……うちは何か悪いことをしましたでしょうか? せ、折角ですからこの包みを受け取ってください」
店の名前が入った包みを差し出されたがやんわりと返した。
ウチでお土産にもらってきたのなら美味しくいただくだろうけどな(笑)。
「いえ、大したことでは無いのです。お土産も特にいらないです。ちょっとお聞きしたいことがあるだけで、
この近くに日本宗教連合と言う団体がありますよね?」
「ええ、よくウチにも飲みに来られますね」
「それとEAIと言う団体もよく交流しているという情報がありました。この2つの団体について何かご存知のことがあれば教えて頂けますか?」
「そうねぇ……基本的にはEAIも日本宗教連合も特別悪い人達では無いと思うけどねぇ……」
「まぁ、そうでしょうね。しっかりと虻利家のガイドラインを守っているから今日も残っているわけですからね。
別に僕達としてもこの2つの団体を潰したいわけでは無いのですが、たまには内情調査と言うのも必要だと思っているのでこうして周辺での聞き込みを行っているわけです」
「う~ん、そうは言ってもね~」
最初と比べれば随分とこの人の雰囲気も緊迫感が無くなった感じがするが、どうにも生産性を感じられない。
「この近くの“ダイニングレスト”で同じような質問をして聞いたことなんですけど、“偉そうな人物“と言うのが中央に座っていたという情報があったんです。
そのような人に対して心当たりはありませんか?」
「あぁ、言われてみればそんな人がいたような気がするわね」
言われてようやく思い出す程度なのだからそこまで印象に残らないぐらいだったのだろう。
「具体的にどう言う雰囲気だったか覚えておられますか?」
「そうねぇ……中央に座っている人は地位が高そうな人ではあったけど、意外と若そうな感じがしたわね。あなたよりちょっと上ぐらいの年だったわね」
「つまり、20歳前半ぐらいですか?」
「そうそう、それぐらいよ」
その後も、少し話を引き出そうとしたが、これ以上は知らないのか、それとも思い出してくれ無さそうだった。生産性のない会話ばかりが続いた。
ただ、おばさんが途中からお気楽なしゃべり方になったので、こちらも肩の力を抜くことができた。
「なるほど、ありがとうございました。また何か思い出したり、2団体について新情報があったら教えてください。政府に対して補助金申請等ありましたら万屋を頼ってください」
「ありがとねぇ。その時はよろしくお願いするわ」
最後は和やかな雰囲気で終わることができた。スリッパの色が左右違うことに別れ際に気が付いたらしく、恥ずかしそうにしながら奥に消えていった。




