第33話 不気味な診断
10時5分前になると仁科さんが門の前に現れた。その様子に気づいた僕はすかさずロックを解除する。
残念なことに玲姉が早々にBUD社の会議があると言うことで、僕に弁当を渡して出かけてしまった。このために、特攻局の真意は分からない。
でも、玲姉は他人の読み取った思考についてはあまり話してくれないからな……僕の思考は簡単に口に出してボコボコにするのに……。
「虻輝様自らお出迎えして下さるとは光栄です。
今回の依頼もお受けいただきありがとうございます」
「いえいえ、わざわざご足労いただいたので当然のことです」
僕が先導して玄関まで案内する。
「それにしてもご立派なお家ですな。
庭だけで特攻局の支部が収まり、
この玄関だけで我が家が収まるぐらいぐらいありましょう」
ウチの玄関が広いのは“防衛システム”を搭載しているからだけどな。
敵が侵入してきた場合、一見無駄そうに見える謎の置物からレーザー攻撃などをしてくるのだ。
玲姉を怒らせて熱探知が発動して、玲姉は平然と交わして僕だけが死にそうになったことがあったけど……。
「仁科さん。お褒め頂き光栄です。この間お世話になった関東統括の建山さんはお元気ですか?」
「ええ、今はまた別の業務で忙しいのですが時間が出来ればすぐに虻輝様に挨拶に伺いたいと申しておりました」
この仁科と言う男、丁寧な物言いではあるが、この邸宅のいたるところをつぶさに観察しており、かなり抜け目がない。
恐らくは観察しつつ色々なデータと照合しているのだろう。流石に建山さん直属の部下なだけはある。
正直、ただ報告を聞きに来ただけではないことは明白だ。一分の隙も見せるわけにはいかなかった。
「では、こちらに。潜入捜査をしている2人も待っておりますので」
「ありがとうございます。失礼します」
来客用の鹿の毛皮を使ったモフモフしたスリッパに仁科さんは足を通す。その一挙手一投足にすら隙を感じさせなかった。
2人に昨晩、特攻局の仁科さんが自宅に中間報告をして欲しいと話をしたところ、まどかの表情は強張り、島村さんの表情は変えずとも戦慄が走ったのが分かった。
島村さんの今の状況をある程度様子を見に来たのもあるのかもしれないな……。
特攻局に対しては、あらゆる機器により嘘や言い訳、はぐらかしは効かないのが分かっているのだろう。
僕としては、島村さんが素直に報告してくれないのがいけないとは思うのだが――僕としては素直に話してくれと心の中で祈るしか方法は無かった。
「こんにちは、特攻局の関東統括総務部長の仁科と申します。素晴らしいお宅ですね。このようなお宅で暮らされるあなた方もそれに相応しい素敵な方々でいらっしゃいますね」
と、和やかでゆっくりな切口で仁科さんはまどかと島村さんに向き合う。
仁科さんのデジタル手帳も恐らくはビッシリ詰まっており、時間はあまり無いだろうが、2人の緊張を解く作戦に徹底している。
その後も僕からしたら永遠と生産性のない話にしか聞こえない話が続く。
それでも、その先の成果を考えれば急がば回れと言ったところなのだろう。
実際のところ、島村さんは最初から感情を殺したような無表情と言ったところだが、まどかはかなりリラックスしたような感じになっている――つくづくお前が悪意を持った他人に騙されないか僕は心配でたまらないよ。
「なるほど、なるほど。ハハハハ」
まどかの軽快な答えに対して仁科さんは笑った。
僕にはよくわからない心理学的な分析も行われているのかもしれない。
「ここ2日のお二人のお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
意味があるのかないのか分からない雑談は終わり、いよいよ始まった。島村さんは唇を真一文字に結んだ――その様子を見てまどかが口を開いた。
「あ、あたしが話すよ。あたし達が見た限りだと、別に悪そうな人たちには見えなかったな~。
全体集会みたいなところにも参加したけど、民主的に決定していたし、かといって虻利家に反抗するみたいなことも無かったよ~。考えすぎなんじゃないのぉ?」
「なるほど、なるほど」
相変わらずの笑顔で仁科さんは頷く。本心は分からなかった。
だが、遠回しに特攻局のやっていることを否定しているのだ、良く思っているとはとても思えなかった。
言葉遣いもまるで同級生に話すように気軽すぎる――まどかは実は死にたいんじゃないのだろうか? それぐらい空気が読めていない。
「島村さん、君はどう思ったかな?」
「ええ、悪い人達には見えませんでしたね。
ただ、成果主義に苦しんでいる人たちを救うために規模の拡大を図ろうとしているなと言う風に見受けられましたね」
島村さんが僕の知らない情報をついにしゃべった……。何か言いようのない威圧感を仁科さんから感じたのだろう。
「そうでしたか」
僕たちの見えないところでコスモニューロンの専用アプリで真意を探っているのだろう。
ただ僕が科学技術局の分析データや報告資料を見てもアラビア文字を見ているのと同じぐらい何が何だか分からないが、どうやら相当心理的な解析は進んでいる。
もしかしたら、玲姉のように相手の思考をも読むことすら一部では可能になっているのかもしれない。
そうで無かったとしても、何か狙いがあるからこそわざわざ出向いてきたのだ。
「そういや、お兄ちゃんはEAIについてどういう感想を持ってるわけ?」
「そうだね。前もちょっと言ったような気がするけど、聞き込みをしても周辺住民からも好感度は高いし、活動内容はいたって平和。今までのところ何ら問題は無さそうな気はするね」
「でしょぉ? だから心配し過ぎなんだって~」
EAIの状況なんかより一番心配なのはお前の言動なんだって……僕や玲姉の妹で無ければ正直なところもう既に特攻局にしょっ引かれていそうだ。
感謝しろよ? と言いたいところだが、絶対理解しなさそうだからな……。無駄な抗争を生むだけである。
「私の情報では、近年EAIの組織再編が行われたようですがそれについては影響はありますか?」
「いえ、特に。いつも通り活動していると思います。
島村さんは短く答えたが、最も仁科さんの沈黙は長かった。
「虻輝様はその件についてはどうですか?」
「そうですね。EAIに所属していた人の息子さんからそういう情報はありましたが、
特に不自然な点はありませんでしたね。
ちょっとクビになったこと恨んでいるようでしたが、まぁ組織の新陳代謝の上ではやむを得ない事だと思いますね」
当人として見たら大変なことなんだろうが、第三者の視点で見たらそういう結論にならざるを得なかった。冷たいと思われるかもしれないがそれが現実だ。
「そうですか、そういうことはありますよね。分かりました。
本日は色々とありがとうございました。また、ご連絡すると思いますので、その時にまたお話をお聞かせいただければと思います。
何か足りないものや疑問の点などがありましたら是非とも私どもにお伝えください。
早急に準備させますので」
仁科さんが席を立って頭を下げると、僕だけでなくまどかと島村さんも頭を下げた。
「わざわざ、仁科さんもご足労頂きありがとうございました」
「虻輝様の今後のご活躍にも期待していますよ」
「ふぅ~」
仁科さんを見送った後、僕は玄関の壁に倒れるようにしてもたれかかった。
対談は何とか表面上は無事に終わった……。手のひらの冷や汗が凄いことになっている……。eスポーツの世界大会でもこんなに緊張しないってのに。
それだけ特攻局の後ろには絶対的な国家権力が付いている。
「ちょっとお兄ちゃん! 何サボろうとしてんだよ~!」
まどかが、島村さんと景親を従えるようにして玄関に現れた。
「サボってるわけじゃないよ。ちょっと報告したので疲れちゃってさ」
「はいはい、お姉ちゃんがいないからって言い訳ができると思わないでよね!」
グイグイと僕の背中を押して強引に靴を履かせて家から追い出そうとしてきた。
「ぃい~! 正気かよ~! ちょっとは休ませろよな~!」
取り敢えずは最初の関門は突破したと言って良いだろう。どうにもEAIだけではなく、まどかと島村さんも同時に試されているように見えてならなかった。
成果主義の特攻局が他人を使ってまで調査をするとはどうにも思えなかったからそう言う狙いもあるのだろうなと今考え直してみて思えた。だとすると巧妙だ。
「ダメだよ~! そう言ってまたスグにサボるんだからさ~! お姉ちゃんがいないときはあたしがお兄ちゃんの保護者代理だよッ!」
まどかのどこか間抜けで明るい声を聞いていると和んだ。島村さんや景親も笑顔でまどかを見守っている節がある。
思っている以上に皆との緩衝材になっている言って良かった。
「ちぇ、玲姉が量産されるとかたまらんなぁ……」
玲姉のマインドは確実にまどかや島村さんに広がっている。
かくいう僕も玲姉に影響を受けた1人だ。
良い理念は強制されることなく自然に浸透していくのだ。




