第31話 日々の鍛錬
「輝君、ボーっとしてないで行くわよ」
食後のデザートを食べて色々と考えていたら、玲姉に腕をつかまれた。既に、食事の片づけは烏丸が終わらせておりリビングにも僕と玲姉しかいなかった。
「え……どこに?」
「決まってるでしょ? 訓練よ。ただでさえ、サボった日が2日もあるんだから穴埋めしてもらわないと困るわ」
「いや、玲姉が困るとか意味が分からないんだが……。
大体、毎日外出ばかりして“外出ポイント”が底を尽きているんだ。
ポイント補充のために休まないと……」
「意味わからないこと言ってないで、来なさい! 私が来るまでの間時間稼ぎぐらいできるようになるの!」
今日も容赦なく連行されていく僕がいた……
「お待ちしておりました虻輝様」
訓練場に連れてこられると爺が既に待っていた。まるで高校生の運動部のような柔軟運動を盛んにやっている。やる気ありすぎだろ……。
「あれ? 爺が来てくれているのならご飯も一緒に食べれば良かったのに」
「私はあまり食べないのです。ほとんど野菜と水のみで生活しております。根野菜が特に栄養があって美味しいですぞ」
もはや仙人の領域である。見た目もそんな感じがするからイメージ通りではあるのだが(笑)。
「へぇ、凄いなぁ。いわゆるビーガンみたいなものか……武道の達人ともなればそう言う領域まで行っているのな……。玲姉は違うよね?」
「私は自分で作るのが好きだからそういう食生活は好まないけどね。でも、食材の味を活かした栄養を逃がさない健康的な料理方法を取っているわよ」
確かに添加物だらけのコンビニ弁当とは何次元も違うというのは流石に分かる。
ただコンビニの弁当もあれはあるで病みつきになりがちなんだよな……。ある時玲姉に性根から叩き直されそうで怖いけど……。
「私は戦場にいましたから。食事は軽めでありながら、多く動かなくてはいけないという生活をしてきましたもので、その習慣が長く残っているに過ぎませんな」
爺が言うとリアル感が凄すぎる……。
「まぁ、理想は村山さんみたいなあまり食料を使わないほうが理想なのかもしれませんよねぇ~。僕も戦場だと食べれるものなら何でも無理やり調理しそうだなぁ~」
烏丸がそんなことを言いながら頷いていた。
「知美ちゃん。昨日輝君が注文した弓道セット届いているわよ」
玲姉が訓練場の隅にある箱を指差す。すると、島村さんは音も無くその段ボール箱に忍者のように張り付いた。僕の横を通過されたが顔に風圧がかかるほど速かった。
「うわぁ! この弓は良い弓ですね~しなりが素晴らしいです。……弓もこれなら長く使えそうです」
たちまち5つほどあった段ボールを全て開けて見分をしていた。声のトーンもいつもと違って高くて張りがあった。
「よ、良かったね……」
何がそんなにいいか分からんがほとんど一番良いのを選んだんだから満足してくれたのなら何よりだ。
まぁ、さっきまで不機嫌そうというか追い詰められているような感じで僕と対峙していたんだから機嫌が直ったのならいいだろう。
「ありがとうございます。一応お礼は言っておきますね」
僕はこの弓道具一式揃えるのに結局送料入れたら40万円ばかり払った。そんなわけでお礼を言われる権利は確かにあった。
しかし、島村さんは僕に対して仏頂面で言っているつもりのようだが、口角がピクピク動いており、笑みが口の端から零れているような感じで何とも見ていて面白い。
「大事に使ってくれればお代はいらないからね。訓練がはかどると良いね」
「そうですね。あなたが不審な動きをしたらすぐに射貫けるように精進しないといけませんから」
それが目的かよ。怖すぎるだろ……。ってすかさず僕に向かって弓を構えてるし……。
「では早速訓練を始めますかな」
「ええ、そうね。輝君については村山さんに頼むわ。私は他の子たちを見ていくから」
「分かりました」
「ちょっ! 何で僕だけ専属で爺がついてるんだ!?」
「それは輝君がこの中で一番弱くて、その上で問題児だからよ」
ピシッと玲姉が僕を指差す。その指は細くてしなやかだ。
「まぁ、それはあまり否定しないけどね(笑)」
「村山さんも何か輝君に問題があったら言って下さい。私が言いくるめますので」
僕の扱いがいつもながら酷いな……。
「分かりました。さぁ、虻輝様木刀をお持ちください」
木刀を投げられたので反射的に受け取る。あぁ……今日もこの時間が始まってしまう。
お腹、腕、足と毎日筋肉痛の箇所が増えていっている気がする……。
「今日は何をするの?」
「兎にも角にも素振りのフォームを固めていくしかありませんな」
「そう……」
絶望的に弱い僕なので本当に地道なことをしていくしかない。補助用具を装着して真剣と同じ重さの木刀を持った。
とりあえず先日習った通り呼吸を意識しながら100回振ってみると、爺が声をかけてきた。
「少しおやめください。どうにも下半身の粘りが足りませんな」
「と、言われても疲れが出ると体がブレるのは仕方ないとおもうんだが……」
まぁ確かに最後の20回ぐらいはほとんどフラフラしていてお話にならないレベルだったのは間違いないが……。
「しかし、体力が万全でない時の方が多いですぞ。疲れている時でも80%ぐらいの力を出せることが一流です」
確かに先日は残留思念を操る不気味に笑う奴とは犬や伊勢と格闘した後だった。狡猾な敵程こちらが疲れた隙を狙ってくるのは間違いない。
「具体的にはどうしたら下半身の粘りが生まれるんだ?」
「やはりスクワットが一番効果的ですな」
「そーいや、この間烏丸や景親たちがやっていたな……」
「ええ、私がやらせましたからね。上半身が疲れたのでしたら下半身を鍛えましょう」
スパルタ過ぎるだろ。ガチで体がもつのか分からん……。
「さぁ、このようにやってください」
爺が腕を組んでヒョイヒョイと上下にスクワットをやっている。こうも軽々とやっているのを目の前で展開されると自分にもできてしまうのではないかと毎度のことながら錯覚してしまうが……。
「ひぃ~足がパンパンで辛すぎる……」
もう10回ぐらいで立ち上がることもままならなくなった……。
「ふむ……ほとんど動かれない虻輝様ですからこれぐらいでも仕方ないのでしょうな」
「そうよ。本当は反復横跳びとうさぎ跳びをやってほしいんだからこれでも相当手加減しているのよ」
「玲姉が1人で世界大会開催して1人で優勝してくれよ……」
全人類参加しても優勝しかねないがな……。
「何か言ったぁ~?」
「な、何も。きょ、今日も2人とも指導ありがとう。た、体力は付けていかないとね……」
ふと目線を上げると島村さんが弓を構えている。サッと指から放たれた弓はど真ん中に命中する。そしてすぐに構え直しまた放つとその真隣にまた突き刺さる。まるで的の真ん中に弓の方が吸い込まれているかのように見えるほど芸術的なモノを感じる……。
「へぇ~流石に上手いねぇ」
「ちなみに電流を流したのも放てますよ」
「って僕に向けないでよっ!?」
「済みません。つい癖で」
「いや、ヤバすぎるだろその癖……」
電圧を少し感じた。命の危険を感じた……。
「そうよ知美ちゃん。輝君は大切にしてもらわないと」
気が付けば玲姉が隣にいた。
「流石玲姉分かってる!」
「私専用のサンドバッグなんだから。他の人に壊されては困るの」
「あ、そうですか……」
「それなら仕方ないですね」
僕はガックリとその場で倒れる。なんかこの流れ前もあったような……。島村さんがそれに対して無駄に笑顔だ。
「それより、何か電気を吸収する物があればそこに打ち込みますよ」
「お兄ちゃんが良いと思いまーす!」
「お前まで僕を殺す気かよ……」
まどかまでこんなこと言ってくるんだからコイツらマジで容赦ねぇ……。
「確か、倉庫にタイヤみたいなものがあったわね。折角だから輝君には腰にロープを巻き付けて引きずって持ってきてもらおうかしら」
玲姉が現実的な発想で僕を潰しに来ようとしている。もちろん拒否権はない。
「は、はい……」
アニメなどであるシーンが目に浮かんだ。想像しただけで憂鬱になる。
「うわっ、思ったより重いね……」
スクワットの後にタイヤ引きなんてしたら腰痛になりそうだ……。的は釘で固定されているので釘を取ることのできる工具も持って行く。
「では、今ある的を取り外してそこに代わりにタイヤを吊るしてもらえますか?」
島村さんが遠くから言ってきた。だが、今までの流れからして怖かった。
「し、島村さん後ろ向いたら撃たない?」
「安心してください。もしも放つときは正々堂々と正面向かれた時にしますから」
全く嬉しくない。
的の釘を取り、また釘を入れる。そしてその後にタイヤをかける。ポンポンとタイヤを叩いてみて簡単には落ち無さそうなのを確認した。
「準備できたよー!」
そう言いながら僕は皆の元に戻る。
「では、ご覧に入れましょう。狙いはタイヤの四方に丁度赤い点がありますよね? あそこに4発同時に命中させます」
「マジか……」
タイヤの赤い点はタイヤ同士を連結させるための目印として存在している。そこを狙うというのは至難の業だ。しかも4つ同時とは……。景親や烏丸が何か僕に言ったような気がするがあまりの衝撃で聞こえなかった。
「ではいきます……」
島村さんが電撃の弓を作り出す。一気に周りの空気が張り詰める。
「はっ!」
美しい軌道を4つ放たれて先ほどの的のように吸い込まれるように赤い目印に向かった。
「あ……」
島村さんは結果に対して思わず項垂れた。残念ながら4つのうち赤い目印に命中したのは1つだけだった。しかし、残り3つも惜しく2つはタイヤに命中していた。それでも凄いのだが、島村さんとしては目標通りいかずに不満だったのだろう。
「そうねぇ……まだ少し右足が万全でないのかもしれないわね。少し動作として踏み込みが浅い気がしなくも無いわね」
玲姉が落ち込んでいる島村さんに近づきながらそう言った。
「痛みはほとんど無いんですけど……もしかすると無意識のうちに庇ってしまっているのかもしれません」
島村さんが右のアキレス腱の辺りを見ながら言った。この間(2章69話)、傷口が開いてまた治療しなおしたらしい。
「それでも4つ放ちながら1つ命中させるだけでも凄いけどね。尋常じゃないよ」
僕や烏丸は思わず拍手していた。島村さんに仮に不調があるとするなら僕に責任はある……。
「虻輝様なんて刀の鞘だけを飛ばすのが得意な感じですからねぇ。アレの技の精度を高められてはどうですか?」
烏丸に皮肉られまくっている……。
「あれは、意図してやってるわけじゃないんだが……」
「虻輝様は、体幹があまりにも弱すぎますな。ですが、動きとしては悪くはありません。何かしら虻輝様にあった別の方法についても考えてみますので。
やはり続けられなければ意味がありませんからな」
爺が励ましてくれたのは少しでも救いになった。その後、片付けながら玲姉が島村さんに右足の動きについてレクチャーしているのが気になったが、疲労が好奇心を上回ったので亡霊のような足取りで部屋に戻った……。




