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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第4章 反成果主義

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第30話 心のしこり

 僕が家に帰ると既にまどかと島村さんは帰宅していた。さて、思わず肩を回したくなるぐらい肩が凝るほど緊張するが、ちゃんと伝えられるだろうか……。


「ま、まぁ為継とも話し合ったし大丈夫だよな。上手いことメリットを主張できるか……」


 島村さんはとにかく僕に対して辛く当たってくる。まぁ、僕の父上が直接とんでもないことをやってのけたのだから恨まれても仕方ないのはある。

 

夕食を終えると早速僕は切り出した。


「あの……まどか、島村さん。ちょっと時間いいかな?」


 まどかはキョトンとし、島村さんは一瞬顔をしかめ嫌そうな感じだ。


「今日も出来ればお互いの成果を報告したいんだけど……」


 島村さんは玲姉とまどかの顔をチラリと見てから僕に向きなおる。表情が顔から消えた。


「私達の方は昨日と同じく特に何もありませんでしたよ」


 表情一つ変えずに島村さんがそんなことを言った。

 しかし、僕は見逃さなかった。玲姉は眉をピクリと動かし、まどかは不満そうな表情を見せているのを。これは確実に島村さんは嘘を吐いている。島村さんは噓を吐くのがかなり上手そうではあったが、思考を読み切っている玲姉やまどかはそうでは無かった。


 僕も『何を考えているか分かりやすい』とか言われるが、玲姉やまどかも言えた口ではない。

 ただ、この2人は口を割らないのが僕との最大の違いだ。はぐらかし方は僕より数段上だからな。


「実は僕たちの方では輝成と連携して一気に調査が進んだよね。流石は警察官だよね~」


 しかし、無理やり引き出そうとしても島村さんは抵抗するだけだろう。ここはこちらから情報を開示して信頼を得ていくしかない。玲姉とまどかの協力を得ることが早道とみるからだ。


「へ~、それは良かったね~。んでどんなことが分かったの?」


 まどかはそう言いながらも目が泳いでいる。嘘を吐いたままでいいのかどうか迷っていると言ったところだろう。


「昨日に引き続いてEAIについては好印象を持っている人たちが多かったと言ったところだったね。ただ一つ気になるところがあって、どうやらEAI内部で最近分裂があったらしく、大きく構成員が変わったみたいなんだよね。そこら辺のところ内部で調査をしていて感じなかった?」


「いえ、特に何も」


 まどかが口をワナワナさせていて何か言いたそうにしているが、島村さんに止められて言えないという感じになっている。

 本当に取り付く島もないがめげずにやって行くしかない。


「そ、そうなんだ……。為継や輝成によるとどうやらEAIは結構危ないかもしれないんだよね。僕たちの調査は実はあまり意味が無く、結果に関係なくEAIを潰してしまうかもしれないと考えられるみたいなんだ」


 島村さんの表情から完全に表情・感情が消えて美しい能面のようになる。ある意味直球で毒舌を言われている時より怖い……。


「……それがどうしたって言うんですか?」


 1分ほど沈黙した後に島村さんがぽつりとつぶやくように言った。


「え?」


 あまりにも島村さんらしくない言葉のように思えたので思わず聞き返してしまった。


「どうせ私が動いたところで無駄ですよ……この間特攻局に連れていかれた高校生のことを覚えていますよね?」


「ああ、勿論だ」


 恐らくは10月28日野々谷さんに会う直前のことを言っているのだろう(2章15話参照)。確かにその時僕はそのようなことを言ったような気がする……。


「私はあの時自分の無力さに絶望したんです。目の前でこれからとんでもないことをされてしまうと分かっている人に対して、何も出来ないんだと……」


「なるほどね。確かにどうしようもないことはあるよね……」


 島村さんは恐らくEAIの一件はそれと同じだと言いたいんだろう。本当はとても優しいからこそ救えないことに対する自責の念があったんだ。恐らくはそれを繰り返したくないに違いない。


「私はそうは思わないわ」


 玲姉の透き通った声が陰鬱だった雰囲気を打ち破った。


「正直なところ確かに救えない人というのは存在するの。

特にもう“起きてしまった”ことに対する抵抗に関してはかなり難しいと思うわ。

 でも、EAIが危ないかどうかは未来のことじゃない? まだどうなるか分からないことに対して何もしないことは良くないわ。出来るだけのことはやりましょう?」


 玲姉らしい考えである。


「だがねぇ、僕の集めた情報によるともう特攻局はどういう形であれEAIを滅ぼす気でいるみたいなんだよね。島村さんが無力感に襲われても仕方ないと思うね」


「よく思い出してみて? 輝君が知美ちゃんを救った時だって正直ってかなり分が悪い賭けだと思わなかった?」


 確かにあの時迷ったのは“これまで積み上げてきた全てを失うかも“と思ったからだ。


「……確かに今の方が状況的にはマシのように思える」


 あの時は成功確率1%ぐらいだった上に失敗したら0という恐ろしい賭けをやっていた。今は成功確率10%ぐらいかもしれないけど、失うものもほとんど無い。今のところは特攻局に報告するだけだ。


「でも、下手な動きをすれば私達に対しても特攻局は手を出してくるのではないですか?」


「可能性だけならあるかもしれないけど、いざとなったら私が何とかするわ」


 玲姉なら“どんな状況下でも何とか出来るかもしれない”というその説得力と信頼感が凄い。島村さんも玲姉の自信のある発言の前に反論する気が無くなったようだった。


「そもそもの話だけど知美ちゃんは輝君とお話ししたくないから無理やり理由をこじつけているようにしか見えないわね~」


 玲姉のその言葉に対して島村さんは言葉は無かったが、顔が青白くなっていることが何よりの返答だった。……悲しいぐらいに僕への抵抗感が強いからな島村さんは。


「知美ちゃん。別に私は輝君とあなたが付き合って欲しいとかそういう風に思っているわけでは無いの。

でもね、あまりにも関わりたくないからと言ってああいう扱いは無いのではないかしら? この間の私との“正義についての議論”の一連の流れで輝君に問題が必ずしもある訳ではないことは分かったわよね?」


「は、はい……」


「それなら、これは男女の問題や人間の好き嫌いの問題では無く職場としての問題と考えて貰えないかしら? もう輝君について好意的に思ってもらおうと思ったのが私の間違いだったことは分かったわ。でも、普通の対応をしっかりしてくれないかしら?」


「はい……」


 島村さんは項垂れている。いやぁ、改めて思うけどこんなに綺麗な子がとんでもなく嫌っている奴っていったいどんな奴なんだろうな……あ、僕か……。


「まだ、19歳だから色々と子供なのかもしれないけど、社会に出た場合は人間関係に好き嫌いがあってはならないのよ。今の時代ではある程度職業やポジションを選んで人間関係を付き合える範囲を昔よりも選ぶことが出来るようにはなっているわね。でも、それでも最低限の人間関係の構築には努めてもらわないと困るの」


「そうですね。私が子供でした……」


「あなたにとっての両親や弟さんが大切な存在であるのと同じだけ、私にとっての輝君はかけがえのない存在なのよ。確かに血は直接は繋がってはいないわ。でもね、私は両親とは関係を断ち切ったし“本当の家族”と言えるのがまどかちゃんと輝君ぐらいしかいないのよ」


 薄々そうだろうなとは思っていたけど、いざ口に出して言ってもらえると嬉しいね。特に僕とは直接の血の繋がりが無いから……。


「確かに、玲子さんは本当にご家族のことで苦労をされていました……本当に私の思慮が浅かったです……」


「ビジネスパートナーで良いんだよ。お兄ちゃんがもしヘンなことしてきたらあたしがぶっ飛ばしてやるからさ!」


 まどかが僕の顔面に向けて拳を突き出してきた。僕は何とかそれを回避する。


「あぶねっ! まだ、何も起きてないだろ!」


「ま、未来のお兄ちゃんに向けて繰り出したんだよ~」


「オイオイ、島村さんにヘンなことするの確定かよ……」


 無論僕は命が惜しいので島村さんに触れようとすら思わない。そもそもその前に島村さんの弓術の前に穴だらけになるだろう……。


「この人がそこまで悪い人では無いというのは分かっています。ただ、皆で一斉に裏切られるかもしれないということを私は訴えたいのです。いざという時に裏切られたら皆で命を落としますよ?」


 島村さんがチラリと僕を見る。島村さんにディスられることは慣れつつあったが、あまりにも悲しい疑われ方なので流石に胸が痛くなってきた……。


「正直に言わせてもらうと、未来のことは誰にも分からないじゃない? 私だって“いざという時”になったら裏切るかもしれないじゃない」


「いえ、玲子さんはそんなことは無いかと……」


「でも何の保証も無いわよ? 知美ちゃんの勘違いかもしれないし、私が大きな詐欺を起こそうとしているのかもしれないわ。少なくともそれを完全に否定する根拠は無いはずよ。いわゆる“悪魔の証明”に近いモノがあるからね」


 “悪魔の証明”とは証明することが不可能か非常に困難な事象を悪魔に例えたものをいう。確かに将来のことなんて証明することは不可能に近い……。


「た、確かにそうかもしれませんけど……」


 玲姉の理論に全く穴は無い。島村さんは俯き加減で複雑そうな顔をしている。


 でも、島村さんの言いたいことも分かるんだよな。

 色々あったから随分長いこと島村さんといるような気がするけどまだ2週間も経っていないんだよな……。感情って言うのは案外時間が解決してくれるような気がするから2週間で踏ん切りをつけるというのは難しいと思うんだよな。


僕だって母上がいなくなったりしたことや、別の学校でのトラウマから何年も経たないと脱することが出来なかったもんね。今だってたまにぶり返すことがあるぐらいだし。


「まぁ、無理に共有しなくていいよ。ただ、もし危ないことがありそうなら言ってくれれば何とかするよ。まぁ、2人共僕より強いからあんまり心配してないけどね(笑)」


「ちょっとぉ~それって酷くない~? あたしたち仮にも女の子なんだしぃ」


 まどかが笑顔で抗議してきた。


「輝君がそう言うのなら私からはこれ以上は言わないわ。ただ、知美ちゃんには“大人の対応”というのを今後期待していきたいわね」


「はい……」


 玲姉は笑顔でそうは言ったものの島村さんは恐縮しているようで小さく見える。だが、世の中には玲姉のような頭の良い人の正論ですら通じない感情があるのだなと思った。それも島村さんは普段は玲姉のことを尊敬しているのだから尚更そう思わざるを得なかった。


 しかしここまで信用されていないのも悲しかった。これまでのことを考えれば仕方ないことではあると思うけど……。


 ただ少し、いつもより島村さんが余裕がないような気もした。あまりにも厳しい対応も僕なんかを相手にしている暇がないというようなそんな感じもしたからだ。

 玲姉が無理やり話を引き出さないのも、その“余裕のなさ”を考慮してのことなのかもしれない。


 もしかしたらまどかと島村さんは明日何かがあるのかもしれない――教えてはくれないだろうけど(笑)。

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