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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第4章 反成果主義

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第29話 羞恥心を乗り越えて

「どういうタイプの映画の登場人物として出たい?」


 まどかちゃんが振り向きながら私に聞いてきました。


「私はあまり映画に詳しくないので、まどかちゃんが好きな映画で構いませんよ」


 そもそも私は弓道にこれまで集中してきたのでエンターテインメントで何が流行っているのとかほとんど分からないんですよね……。


「うーん……あ、この映画の主演女優さん知美ちゃんに似てるよね。これにしよう~」


 まどかちゃんがとんでもないことを言い出したので私は顔が赤くなりました。


「この人はマーガレットさん! 一昨年の世界の最優秀女優さんじゃないですか! 私と似ても似つかないですよ!」


 芸能関係の話に疎い私でも知っているぐらいの女優さんで、目が覚めるようなアメリカの女優さんです。顔も似ても似つかないですし、何よりマーガレットさんは凄く細いですから……。 


「そんなことも無いと思うけどな~。それじゃ、これがあらすじだからどんな感じのシーンが良いか決めてね~」


 まどかちゃんは、私がドギマギとしているのを知ってか知らずか、あらすじとシーンのリストを印刷して私に渡して来ました。

玲子さんもかなり独断で決められますが、まどかちゃんもあまり私の意見を聞く気は無いようです……。


「これは、中世の西洋の軍記ものの映画なのですね。ヒロインは恋人に戦地に行かれる悲劇的な存在なんですね……」


 映画のマーガレットさんは、家族も居ない天涯孤独のようです。最終的には自ら剣を取り、失った恋人と祖国のために戦うようです。少し私と重なるところもあります。これならば少しはまともな演技ができるかも分かりません。


「そうですね……このシーンを選ぼうと思います」


 ヒロインが泣きながら恋人が戦地に行くのを止めるシーンです。恐らくはこの映画の中でもかなり山場のシーンだと思います。


「折角だからあたしが、恋人の相手方をやるよ~。男役だからちょっと自信はないけど、相手がいないよりはマシだと思うからね~」


「す、済みません。まどかちゃんに無理させてしまうことになりそうで……」


「大丈夫、大丈夫。あたしの得点は気にしなくていいからさ~」


「そ、そうですか……お言葉に甘えさせてもらいます」


 年下のまどかちゃんに配慮されてしまうのは少し気が引けます。しかし、明日以降の私の撮影の出来栄えに支障が出てしまうことの方が問題ですからね……。私は指定したシーンの台本を印刷して、実際の映像を見た後、数分でセリフを覚えました。まどかちゃんは台本を持ちながら演技をするようです。


「じゃぁ、撮影モードで行くよ!」


 カメラのランプが赤く点灯し周りの背景が一気に中世の西洋風に変化しました――いよいよ撮影が始まります。ま、また緊張してきました。


「私は行かなければいけない。この国を守るために!」


 まどかちゃんが拳を握り締めますがどちらかというと可愛らしい感じがします。


「そ、そんな! もう還ってこられないのかもしれないのですよ! 私と二度と逢えないのかもしれないのですよ!?」


 私は出て行こうとするまどかちゃんの足にしがみ付きました。


「私だって離れたくはない。だが、ここで行かなければ一生後悔する。国を守ることが出来ないままのうのうと生きていくことの方が私は耐えられない」


「そ、そうですか……そこまでおっしゃるのでしたら私は止めません。人生に後悔が無い方が良いですから……」


「理解してくれてありがとう。ただ、この国を守ることが君のお腹の中の子の未来に繋がるんだ」


「あら……気づいていらしたのですね」


 私はお腹をさすりました。勿論本当には妊娠していません。


「もし私に何かあったとしても君は強く生きてくれ。君と私の子が元気で生きていてくれることが、私への弔いなのだから……」


 そう言ってまどかちゃんは私に何かを渡すそぶりをしました。


「これは、何ですか?」


「君と僕との写真さ。時折見て思い出してくれればそれでいい」


「はい! 永遠にあなたのことを想い続けます! どうか、ご武運を!」


 こういう感じでシーンの撮影が終わるとAIによる演技評価点が演技者ごとに出るようです――私の得点は63点。日本全国平均が61点なので何とか平均点は超えた感じです。全世界での平均点は66点なので世界平均よりは下のようです……。


「あー、あたしは55点かぁ……やっぱり男役は難しいねぇ~。身長が低いのも影響してるのかな……」


 まどかちゃんが無理をして演技をしてもらっているんだから、私としてもこんな点数で満足してはいけません。


「どうすればもっと良くなるのでしょうか……」


「ちょっと待ってね……評価の詳細が出るからそこでどうすればもっと良くなるのかが分かるよ」


 と、まどかちゃんが言い終わった直後に、詳細なグラフと解説が小型の印刷機から出されてきました。


「どうやらあたしは、声が高すぎるみたいだね……こればかりはどうしようもないね。後はもうちょっと慰める感じでしゃべったほうが良いのか~」


「私の場合は少し緊張しているのが声から分かってしまっているみたいですね……。仕草とかは思ったよりも高得点でした」


 カメラや音声でそこまで分析できてしまうのだから今の技術は本当に凄いなと思ってしまいます。後はこれを良い方向に活用してくれる人がいれば問題ないのですけどね。中々うまくいかないのがこの世界の悲しい構造なのかなと思ってしまいます。


「ちなみに、今の演技について再生もできるみたいだね」


「ちょ、ちょっと恥ずかしいです……」


「でもさぁ、これぐらいの恥ずかしさを乗り越えないと動画撮影なんてできないよ~?」


「い、言われてみればそうですね……」


 私は動きは何とか必死に再現出来ているのですが、本当に声がぎこちないです……。最初は顔から火が出るぐらい恥ずかしかったですが、映像の半分を過ぎると徐々に慣れてきた感じがあります。


「な、何だか私の声小さくないですか?」


 虫の鳴く声のほうが大きいぐらい小さいです……。逆に機械のセンサーが私の声が聞き取れたのが“奇跡”と思えるほどです。それほどこの部屋に配置されているマイクが高性能なのでしょう……。


「それも点数に大きく減点されている原因みたいだね~。そういうあたしももうちょっと声を出さないと点数が出無さそうだよ~」


「改善点が一目で分かるのは良いですね。これを念頭に入れるだけで良くなりそうです」


「それじゃ、今度はさっきのところを含めてちょっと先までやってみようよ」


「そうですね。まだまだ時間もありますからね」


 私の感覚で申し訳ないのですが、先ほどの部分まではすんなりと演技ができたように思えます。少し、登場人物の気持ちに成りきれたような感じがします。


 その後まどかちゃんが演じている男の人は出征してしまい、私だけの演技になりました。


「あぁ! あの人がいなくなってしまった! この不利な戦争で還ってくる見込みも薄いわ……この先私はどうすればいいの?」


 私は左手でお腹をさすり右手で拳を握り締めました。


「でも私はこの過酷な世界でもこの子と2人で生き抜いて見せるわ! 新しい夫なんて考えられない!」


 こうして、2シーン分ほどの撮影が終わりました。


「知美ちゃん! 迫真の演技だったよ! これは得点も期待できるんじゃないかなっ!」


 まどかちゃんが満面の笑みで飛びつくようにして私にやって来ました。そ、それほど良かったのでしょうか……。確かに途中から羞恥心が無くなり、完全に役になり切っていたような感じがしますけど……。


「わっ! 凄い! やったね!」


 得点が表示された瞬間まどかちゃんが飛び上がりました。なんと、私の得点は96点! 世界でも上位2%の演技能力ということでした。


「まどかちゃんも、先ほどよりもかなり良いじゃないですか。男性役なのに凄いですよ。私が前半頑張れたのもまどかちゃんが相手役を務めてくれたからです」


 まどかちゃんも75点と世界平均を10点上回っています。


「でもさぁ、96点の後だと全然霞んじゃうなぁ~。良いなぁ~。更にクオリティを挙げていけば映画の中から選ばれるんじゃないのぉ~?」


「ち、ちなみに、どれぐらいの得点から映画として認められるんですか?」


「ん? 100点の中から選ばれるみたいだよ」


「あ、そうなんですね」


 逆にホッとしました。確かに世界上位2%はかなり上位です。しかし、世界全てで換算してしまえば相当な人数になりますからね。映画に選ばれるのは1人と考えれば100点の中以外ないでしょう。


「え、その様子だと上を目指さないの?」


「そもそも、映画に出演しようなんて思いませんでしたからこれで良いんですよ。

動画撮影のために自信をつけるのが目標でしたからね」


「あ、そう言えばそうだったね。何かあたしも熱中しちゃっててっきり映画出演が目標だと途中から思い込んでたよ~」


 なるべく高得点を目指そうとは思いましたけど、100点なんて流石にとれるとは思いませんからね。


「そもそも色々あってちょっと疲れちゃったんで……折角だから、時間を延長して普通に映画を見ませんか?」


「そうだね~。今から見れば夕ご飯には間に合いそうだしぃ~」


 こうして私達は今度は観客の立場として映画を観ることにしました。マーガレットさんオンリーの状態で映画を拝見しましたが……やっぱりマーガレットさんの演技は私とは次元が違うように感じます。私も一生懸命頑張ったつもりなのですが遠く及ばない感じがします。


「う、ううぅ……感動したね……」


 まどかちゃんがハンカチから涙が滴るほど号泣していました。戦争という逃れることができない悲劇によって引き裂かれた2人の愛に私もハンカチが手放せませんでした……。

帰路につきながら映画の話で私とまどかちゃんは話がもちきりでした。


「内藤さんのこともそうですが、私達はまだ命があるのですから頑張らなくてはと思いました。今日はしっかり休んで明日から頑張ろうと思います」


「いやぁ~本当に良かったよ~。やっぱり折角やるからには良い動画を作りたいと思っていたからね~。これでもう心配いらないね?」


「本当に今日はありがとうございました。まどかちゃんがいなければ私は落ち込んだままでした。これでちょっとは自信がついたと思います。

今思うとなんであんなに緊張していたんだろうって思ってしまうのですが……」


「まぁ、終わってみれば“大したことなかった“ってこと良くあるよね~。気持ちの問題なんてそんなもんじゃないかな~」


「そうですね。内藤さんの息子さんのこともありますし、この程度のことはサッサと片付けなくてはいけませんね」


「うん、折角だからお兄ちゃんにも聞いてみようよ。もしかしたら、何か情報があるかもしれないしさ~」


「は、はぁ……でもさすがに内藤さんの息子さんの情報なんて持ってないと思いますけどね」


 どうにもあの人は悪い人では無さそうということは分かるのですが、やっぱりそう簡単には虻利家の人間は信用できないです。


 勿論、玲子さんやまどかちゃんは除きますけどね。

 お二人には本当に助けられています。今日もまどかちゃんに強引ながらもあのカラオケに連れてきてもらえてよかったです。

 そのあと私は他愛もない話をしてまどかちゃんとの話を過ごしました。

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