第25話 得意なことと苦手なこと
大都会東京とは言っても、大きな公園が至る所に点在しています。大きな木が何本も生えており小鳥のさえずりが四方から聞こえてきます。
しかし、道一本挟むだけでもう車が多く通っており、真上ではたまに飛行自動車が飛び交います。
そういった喧噪に耳を集中させてしまうと現実に引き戻されそうになります。この公園だけがまるで都会の喧騒から切り離されたかのような隔絶された別世界のように感じます。
木の木陰から漏れ出る暖かい陽気、頬を優しく撫でる爽やかな風――それらが私の心のヒリヒリと火傷状態になった部分を優しく覆ってくれているような気がします。
また、道の端にある花壇まで地面に敷き詰められている白い砂利を踏みしめる音や気持ちのいい空気を吸っているだけでドンドンと気分が楽になっていくような気がします。私は何度も深呼吸をしました。
「うわぁ! 知美ちゃん見て見て! 鳥さんがいるよっ!」
まどかちゃんが大声で言いながら指さすとその鳥はバタバタと羽搏いて行ってしまいました。白い鷺のような鳥でした。
「あーあぁ~行っちゃったぁ。お兄ちゃんに見られてなくて良かったよ~。“お前が騒がしいからいけないんだって“絶対言われるぅ~」
「ふふふ、そうかもしれませんね」
確かにそう言った微笑ましいシーンが目に浮かぶような気がします。まどかちゃんとあの人はいつも喧嘩しているように見えますが実情はとても仲が良いと思います。
私達はその後もどこに行く宛も無く、ただ何となく公園の奥へ奥へと進んでいました。ただ単に気分転換をするだけなので問題は無いのですけどね。
そんな中、一台のトラックが目に留まりました。そのトラックには木の枝や幹のような物を大量に詰め込んでおり、木の枝の選定などを行った後のように思えます。
そのトラックから少し先に歩くと青いジャージにシルバーの作業ズボンを着た60代ぐらいの男性がいるのが視界に入りました。彼が恐らくはあのトラックを運転してここまで来たのでしょう。しかし、目が少し虚ろで作業効率が悪そうなのが気になります。
「ここら辺で休憩しよっか?」
「そうですね」
私達は青いジャージの作業員の方が自ずと見える位置のベンチに座ることにしました。
座ったベンチの近くには小川が流れているようで、チロリチロリと小さい音が漏れ聞こえてきています。その音を聞いているだけでも心が洗われる様な気分になります。
「うーんっ! ここら辺は本当に空気も澄んでいて気持ちいねぇ~」
まどかちゃんが思いっきり私の横で伸びをしています。冷たいベンチの座り心地は、10分も座っていればお尻が痛くなるほどにあまり良くありませんが、こういう場所に長居されても色々な人が使えなくなるので困るのでしょう。今の私には精神的な傷の方が大きいのでそういう些細なことはあまり気になりません。
「済みません。まどかちゃんは上手に出来ていたのに私が未熟なせいで……このまま無事に撮影が終わるのでしょうか?」
「大丈夫、やって行くうちにドンドン慣れていくって~」
「皆さんの足を引っ張っている感じがして……でも、代役を探すとなるとまた手間になってしまいますからね……」
「足を引っ張ってるだなんて気にしないでよっ! あたしも最近までは人見知りが凄かったんだから!」
「そうなんですか? 加藤さん達とも自然に会話されているみたいですけど……」
もしかして、私を励ますための方便なのではないかと思ってしまう程違和感がありませんでした。
「お姉ちゃんに前から言われたんだよ。『自分も相手のことを知らなくて緊張するだろうけど、相手もまどかちゃんのことを知らなくて緊張してるって』ね。最初は意味分かんなかったけど、最近になってようやく分かって来たんだ~。
それに、知美ちゃんがガチガチなのにあたしまで緊張していたらもう話が進まないからと思って何とか耐えた感じだね~」
やっぱり私は気を使われていたのですね……本当に穴があったら入りたい様な気持ちです……。
「その……目の前にいる人相手ならばどういう反応したかによって対応を変えられるんです。
でも、不特定多数の何を考えているかもわからない人達に対してどういう風な心構えで言ったらいいのか分からなくて……。
特に否定的な意見がある人が見ているかと思うと本当に委縮してしまうんです……」
弓道に関しては制限時間内に真ん中に当てれば称賛されるというある意味単純な世界です。ですから、私のメンタルが揺らいだことはありませんでした。
しかし、相手が見えないとどんな感じで話したらいいのか分からないという恐怖心というのに支配されてしまいます……。
「正直言ってアンチがどう思おうとしょうがないと思うよ。どんな良いクオリティの物を作ったってどうにかして批判してくるんだからさぁ~。自分のことを肯定的に思ってくれる人たちに対してより支持してくれることの方が重要だと思うね――ってお姉ちゃんが昔言っていたんだけどね(笑)」
ですが、今はしっかり“まどかちゃんの言葉”として伝わるだけの力を持っているように感じます。
「玲子さんは本当に色々なことを理解され、それを相手に伝える能力もとても優れておられますからね」
「だよね~。だから経験していくうちに良くなるよ~。それに、あたしだって勉強とか全くできないんだからさ~。もうずっと赤点ラインギリギリのところを彷徨っている感じなんだよ~(笑)」
「そうなんですね? 学校の勉強ぐらいでしたら大丈夫なのでつきっきりで教えますよ」
ちょっとは年上であるところをアピールしておかないと流石に面目が無さ過ぎます……。授業に真面目に出ていることだけは取り柄だと思うので、高校生のレベルの授業であれば教えることはできると思います。
推薦入試で大学に入ったとはいえ、評定をとるために高校の勉強はそれなりにやったつもりですからね。
「え~ちょっと勉強は勘弁して欲しいなぁ~」
まどかちゃんがちょっと泣きそうな表情になったので何とかこのタイミングで名誉を挽回したいです。
「今言ってたじゃないですか。“何事も経験”だって? 予習復習をしていればついていけない授業なんて無いです」
「うっ……それもそうなんだけどさぁ……机の前に座っているだけで嫌になるんだよねぇ~。気が付いたら寝ちゃうっていうか……」
確かにそれは重症かもしれません……私は机に向かって教科書やノートに向かうことはあまり苦痛ではありませんからね。お互い得意なことや苦手なことが違って当然ですよね?
「勉強が楽しくなるように私も努力してみます。頑張りましょう!」
「う、うん……お互い弱点を克服していこうっ!」
「そもそも、好きなことや得意なこと、嫌いなことや苦手なことがそれぞれ違うことが“個性”なんだと思いますよ」
「そうだよねーお姉ちゃんはその中で苦手なことを無くそうとしてくるからちょっと困るよね~」
「それも無理やりというか荒療治みたいなやり方で強引にやって来ますから困りますよね……」
玲子さんは理念が素晴らしすぎる分周りの方が理解しきれていないのは間違いないですけどね。時折、私でも意味が分かりませんが……。
「でも、あたし達のことを考えてのことなんだから受け容れていくしかないよね……」
「そうなんですよね。私達より遥かに先のことを見据えておられますからね……時々納得できなくても“玲子さんが言われているから”ということで自分の中で解決してしまうところが恐ろしいです」
「本当はこの全体主義的な世界では他人に考えを預けちゃうことは危険なことだってそのお姉ちゃんから言われていることなんだけどね……」
「ええ、一応は自分で考えた上で判断はしているつもりです――しかし、玲子さんの影響力は絶大ですからね」
「真剣にあたしたちのことを考えてくれているって言うのが良く分かるよね~」
「特に私にとっては玲子さんは他人だと思うのにこんなに良くしていただいて本当に感謝しています。今の世の中は本当に他人への関心は薄くなり自分のことで精一杯という感じがしますからね……
私は特に他人なのにこんなにも良くしていただいて本当に感謝しています」
目標スコアに達することができなければ報酬は極端になくなってしまいます。
皆、虻利家が決めた数値に向かって邁進し、大事なものを見失っているような気がします……。
「知美ちゃんがそれだけ優しい雰囲気を出しているからだと思うけどね」
「そ、そうなんでしょうか。その“優しい雰囲気“が無くならないように気を付けていきたいですね」
素晴らしく気持ちのいい環境で深呼吸をし、まどかちゃんと話していくうちに地の底まで落ち込んでいた気分も無くなり元気になった気がします。




