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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第4章 反成果主義

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第24話 緊張の動画撮影

 時は少し遡って11月5日土曜日の朝である。島村知美は動画撮影にあたって顔が引きつっていた。

 朝ごはんものどを通らず、昨晩は台本を何度も読み直し眠れない夜を過ごしていた。


 今日はいよいよコスモニューロンの真実を伝えるための動画撮影の日です……。私は今まで動画撮影なんてしたことが無いのでとても緊張しています……。


「ふん~ふふ~ん♬」


 まどかちゃんは鼻歌を歌いながら私の半歩先を歩いています。確か、今年の夏ぐらいに流行った曲だったような……私はあまり音楽に興味が無いので曲名までは良く分からないですけどね。


「はぁ~、私なんかで本当に大丈夫なんでしょうか? 見た目も声も自信がないですし、まどかちゃんだけのほうがまだいいのではないでしょうか?


「ま、心配してもしょうがないよ。何とかなるんじゃない? あたしの方が知美ちゃんより見劣りしないかが心配だよ。

あたしはそもそもセリフがそんなに覚えらんないからちょっと1人じゃ無理だな~」


 私が余程暗い雰囲気を纏って歩いているのでしょう。ものすごく小さい声で話していたつもりだったのですが、まどかちゃんが振り返って笑顔で私に話しかけてきました。


「まどかちゃんが私より見劣りするとは思いませんけどね……」


 昨日は協力する運びとなりましたが周りの雰囲気や状況を分析していただけで実際こうなるとかなり緊張してきます……元々あまり注目されることには慣れていません。弓道では他の人に見られていても集中できますが話すとなると……。それも不特定多数の人に見られると思うと本当に緊張してしまいます。


「大丈夫だってぇ! 昨日も発声練習とか頑張ってたじゃん! 何とかなるってっ!」


「そ、そうでしょうか……」


 確かに今朝出かけるまでうちにやれるだけのことはやりました。ですが、本当になんとかなるのでしょうか……。玲子さんから頂いた白黒のワンピースも似合っているのか分かりません……。まどかちゃんは私と白と黒の位置が逆のバージョンのワンピースを着ていますがとても似合っているように見えます……。私は玲子さんやまどかちゃんに比べると太いですからあまり服を着ても自信がありません……。こんなことになるならダイエットしてくればよかったです……。


 こうして話しながらEAI本部の前まで辿り着きました。同じ建物の筈なのに何だか昨日とは全く違った施設のように思えてなりません……。


「やぁ、来てくれてありがとう。今日から早速やってくれるだなんて本当に君たちは素晴らしいよ」


「よろしくお願いしまーすっ!」


「今日からお願いします」


 私達は加藤さんに出迎えられました。偉い方なのにわざわざ私達のために……このプロジェクトに対する熱意を感じます。


「実は撮影を行うのはここでは無いんだ。コスモニューロンがあればどこでも動画投稿が可能だけどね。僕たちはそれができない以上はスタジオを定期的に借りることで賄っているんだよね」


「そうなんですね」


 そもそもコスモニューロンがどんな機能があるかすら知りません。興味が無かったというのが事実ですけどね。


「ここから車で20分ぐらいの所だから、すぐに行けるよ」


「はい」


 今まで行ったことのない場所で撮影するとなると余計に緊張してきます……私は本当に大丈夫なのでしょうか……。



 スタジオの照明を浴びると私の不安な思いはさらに増幅しました。


「では、始めようか……島村さん。もうちょっと笑ってくれるかな?」


「は、はい」


 笑っていたつもりだったのですがこれではダメなのでしょうか……。動画撮影の専用スタッフの峯さんという方と一緒に4人でここまで来ました。途中色々なことを質問されたり世間話をしたような気がしました。

しかし、私は何を言われたのか何を答えたのか何も覚えていません……。


「台本はあるけど、なるべく視線を落とさないでくれるかな?」


「はい、分かりました」


 記憶力は悪い方ではないと思うのでそれだけは今日の中では唯一自信があることです。

 昨日不安を抑えるために何度も読み直したのもここで活きることでしょう。


「では10秒後から始めるよ! ――スタートっ!」


「皆さんっ! いかがお過ごしですかッ! EAIですッ! 私達はコスモニューロンにおける良い面と悪い面について紹介していこうと思います!」


 まどかちゃんが歯切れのいい元気な声でスラスラと話しています。


「私たちはEliminating Artificial Intelligence。略してEAIと言う団体です。

 今回は問題提起をするとともに――」


 そこで私は頭が真っ白になりました。……直前まで記憶力に自信があると思っていたのはどこの誰でしょうか? 手元の原稿を見て落ち着こうと思いましたが、その瞬間視界がグラリと揺れて――。


「か、カットッ!」


 そんな加藤さんの声が聞こえながら私は意識を失ったようでした。



 ガンガンと頭の奥がが鳴り響く中、喉が渇いたので目が覚めました。

ここは……どこでしょうか?


「あ、知美ちゃん! 目を覚ました! 大丈夫!?」


 まどかちゃんの顔を見て全てを思い出しました。そ、そうでした……私は撮影中緊張のあまりセリフをすべて忘れてしまって、序盤で倒れてしまったのです。

 ここは恐らくは撮影室の備え付けのソファーでしょう。昨日はほとんど眠れなかったのもあって極度の緊張から心身共に参ってしまったのでしょう……。


 私はあまりの恥ずかしさに穴があったら入りたくなりました。


「あ、あの……済みません。ご迷惑をおかけして」


 何でもやろうという意気込みで昨日は引き受けたつもりだったのですが、まさかここまで話すことが出来ないなんて……。これまで弓道と復讐のことばかりを考えていたせいでしょうか……。


「気にしないで。お医者さんの話によるとちょっと緊張のし過ぎで酸欠になっていただけみたいだからね」


 加藤さんがほっとしたような表情になりました。これで私が病院に搬送されて意識を取り戻さなかったりでもしたら、プロジェクトどころではなくなりますからね……。


「私は何分ぐらい倒れていたのでしょうか?」


「今は11時前だから……30分ぐらいかな」


 思ったより短かったのでそこだけは安心しました。これ以上皆に迷惑をかけられないですから……。


「あの……今更こんなことを言うのはダメなのかもしれませんけど、まどかちゃん一人だけでの撮影ではいけませんか?」


「え……うーん、それは少し困るかな。対話形式で話を進めていく予定だったから……」


 加藤さんは眉をひそめて口をへの字に曲げて本当に困っているようです。私も昨日決意して壇上に上がったことや台本を思い出して今の発言があまりにも軽率だったことを反省しました。ただでさえこのプロジェクトに対して疑問を持つ声もあるのにここで私が投げ出してしまえば加藤さんの責任問題にも発展するでしょう。


「申し訳ありません……先ほどの発言は撤回させてください。何とかしてみせます……」


 本当に“何とかできる“のかどうかは良くわかりませんがね……。


「そうしてもらえると助かるね」


「知美ちゃん大丈夫? ちょっと外の空気吸ってこようよ」


「そ、そうですね」


「あの、すみませんっ! 知美ちゃんの体調が悪いのでまた明日にしてもらえませんかっ!」


 まどかちゃんがそんなことを提案してきました。確かに気分はあまり良くないです……。


「そうだね……顔色も悪いし、明日にした方が良いと思いますよ加藤さん?」


 撮影の峯さんがそう言いました。加藤さんも渋々と言った感じで頷きました。


「まぁ、このプロジェクトは今日明日完成させなければいけないものではないからね。明日までに体調を整えてきて欲しい。もしも、明日も体調が悪いままならば連絡して欲しい」

「はい……ご迷惑をおかけします」


 皆さんのお心遣いが身に沁みます……なんて私は情けないのでしょうか? こんなにも出来ないのは私自身がこのプロジェクトに対しての熱意が足りていないせいなのでしょうか? 


 虻利家に目を付けられて結局はEAIという組織が滅ぼされてしまうから――いえ、それは出来ない言い訳に過ぎません。コスモニューロンが人体や精神に対して悪い影響を及ぼしていることは間違いないので、良い動画が作成されることに越したことがないからです。


「それじゃ知美ちゃん外に行こっか? 立てる?」


 私はまどかちゃんに手を取ってもらいようやく立ち上がりました。まどかちゃんとは身長差があるのでバランスを崩しかけました。こんなに小さいまどかちゃんに体格面が影響することをさせてしまう私が本当に情けないです……。


「はい……なんとか。本日は皆さん本当に申し訳ありません」


「いや、こういうことがあるのは仕方ないよ。もともと急に頼んでしまったことだしね」


「それじゃ、知美ちゃんいこっ!」


 加藤さんは笑顔で私達をスタジオから見送ってくれました。

 こうして私はまどかちゃんに手を引かれながら外の空気を吸いに出ることにしました。これで気分が本当に晴れると良いんですが……。

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