第23話 満足できない安置
ただのゲームスタジオではない。ビルの1階を丸々貸し切り、あらゆるデジタルシステムを兼ね備えている。会話内容を盗聴されないように最高レベルのセキュリティが備えられており、見た目は軍事施設と言っても分からないほどだ。
これだけの施設になっているのは、プロゲーマーチームの内容が外に漏れないようにするためである。
また、クリエイターを兼ねている子もいるので、流出しないように細心の注意を払っている。
「やまぁ、皆お疲れ様」
「虻輝さんっ! お久しぶりです!」
僕がエレベーターから現れると、メンバー8人が自分の持ち場からすっ飛んで駆け寄ってくる。彼らは僕より3歳以上年下でとても慕ってくれていて一緒にいると「和む」感じはある。
eスポーツチームABUTERUは基本的に僕のためのチームであるものの、チーム戦の時は世界大会を一緒に戦ってくれる仲間でもあり、個人戦ではライバルでもある。
そのために駒のように扱っているという訳ではない。裏方専門の人物もいるにはいるが対等な関係のつもりで接している。
まぁ、この中では僕が一番年上なんで自ずと敬語で接されているが。
「まさか、来て下さるなんて思ってもみませんでした。教えて頂ければおもてなしも出来て良かったのに」
「いや、急に思い立ったんだ。どれ、3か月後のチーム戦での世界大会の打合せでもと思ってね」
ただ、僕の“裏の仕事“については彼らは知らぬままだった。正直彼らの純粋さを見ていたら自分がいかに邪悪なのかと思い逆にメンタルが破壊されかけたので、自然と足が遠のいたのだ。誰とも会わなくてもチーム戦で優勝またはそれに準ずる成績を叩き出せたのだから彼らの対応力も優れている。
「虻輝さん。こちらをどうぞ。いつでも来ていただけるように最高級のおもてなしをさせていただきます」
飲み物とお菓子を受け取る。どちらも僕好みのモノで思わずニッコリする。
飲み物は葡萄ジュースで、1本1000円はする高級品。お菓子は色とりどりのかりんとうで、どれも僕の好きな味だ。
「いやぁ、いつも悪いねぇ。適当にしてくれてかまわなかったのに」
きっと僕のこの零れ出る笑顔の前には何の意味もなさない発言だろうが、形式上でも言っておかないとな……。
「やっぱりコネクト・ソルジャーのお話ですか? 昨年は準優勝でしたからね。
今年は足を引っ張らないように全力を尽くさせていただきます!」
3か月後のFPS世界大会はチーム戦ということが確定している。
競技の種類はどの季節に行われるか決まっているが具体的にどのゲームをどういう形式でやるかは半年前にプレイ人口・プレイヤーの課金額などを総合的に加味して決められる。賞金が合計100億単位になるために世界大会のゲーム競技1つを選ぶにしても合理的だ。
そしてそのゲームがコネクト・ソルジャーだったのだ。去年は連携がイマイチで僕のパワープレーで何とか準優勝だった。彼らが原因ではなく僕がチームに顔を出さなかったことが原因だ。
皆の去年の涙は今も脳裏に残っていた……。
「そうだね。今年こそは、一昨年以来のチーム戦全部頂点を取ろう。やっぱり連携が大事だから打ち合わせをしていかないとね」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
具体的な打ち合わせに入る。主に作戦会議はVR上で行うことが多いが、こうして飲み物を片手に和気藹々とした雰囲気でやるとまた浮かんでくる発想が違う。
デジタル上の関係だけのチームは勝ち上がれない。リアルでどの程度連携が取れているかが大事なのだ。
ありとあらゆる局面での対応策について有意義な議論を交わすことができた。
特に武器をわざと棄てての大胆な陽動作戦をする選択肢について話し合えたのは現地でなくては出来ない内容だった。
「虻輝さんが来られたのはチーム戦の調整以外にも他に意図があるように感じます」
打合せがひと段落したところで、声変わりが終わりし切っていない知的で落ち着いている少年の声が響いた。
「木戸君は流石に目の付け所が違うねぇ。実はそうなんだよ(笑)」
木戸君はこのメンバーの中で最年少の13歳である。僕と違って中学校の成績も優秀である(笑)。
ロジカルに分析ができ、ミスを直ぐに修正できるのが特徴的で僕を除くとチーム戦でも抜きん出た結果と才能を見せている。まだ粗削りなところがあるものの、将来的には僕と世界大会決勝で争うことになることは間違いないレベルだと思う。
「実は事務担当で新しいメンバーを採用しようと思うんだ」
「へぇ、良いじゃないですか。戦力的には問題無いですけど、動画の編集や選定を行ってくれる雑用係が丁度欲しかったところなんですよ」
加茂君という動画企画担当が言う。彼はゲーマーではなく佐伯と並んで事務・会計担当だ。
「だろう? 流石に加茂君・佐伯君の2人じゃAIやロボットのサポートだけでは厳しいかなと思ってね」
お茶やお菓子は雑用ロボットが出してくれるし、AIによるサポートが彼らの業務を助けてくれる。
だが、結局のところ最終決定するのには人間の力が必ず必要になってくる。AIのみのコンテンツも確かに存在するが“少し人間からは外れている”のだ。その僅かな差ではあるのだがその差を埋めることほど大事な作業はないと思っている。
「募集要項は僕が作りましょうか?」
「いや、佐伯君。既に目星がついているのが1人いて、彼が相応しいかどうかそれを見て欲しいんだ」
「何歳ぐらいで、どんなタイプの方なんですか?」
木戸君がそんなことを言ってきた。やはり目の付け所が良い。
「内藤大樹君と言って、今のところ高校は休学中らしい。比較的周りとの交流を大事にするタイプだが、自分の意見を持っている。ただ、コスモニューロンを導入したことが無いので少し手間取るかもわからないがね。頭の悪い子では無さそうだし吸収力は有りそうだった」
「なるほど、つまりは僕達が賛同すればいいわけですね?」
「ああ、多数決で決めよう。僕を除いて8人中5人以上賛成があれば仲間に入れるということにしよう。一応予定としては明後日来てもらうことになっている」
「分かりました」 「異論ないです」 「 虻輝さんの言う通りにします」
皆それぞれ同意してくれた。満場一致だったのでホッとした。とりあえずは、大樹へのお膳立ては出来そうだった。後は本人次第だがきっとアイツなら上手いことやってくれるんじゃないかと思えた。
「虻輝さん、新しくゲームを作ったんですけど試しにプレイしていただけませんか?」
プレイヤーであるとともにクリエイターでもある新野君がプロテクトデータを送ってきた。
これは特定の人物でなくては開くことができない。ゲームデータを盗まれることもあるからだ。
パッといろいろな仕様について確認してみた――なるほど、そこそこ面白くはあるが問題点もあった。
「僕の見たところによると、コンセプトとしては良いと思う。
例えば、キャラクターのスキンやレアリティを上げていくことができるポイントとか適度な労力で誰でもできるところかはハマる人は結構ハマるだろう。
ただ、結構マニア向けの仕様かなと思うんだよね。
例えば操作のところでちょっとコマンドが多くて僕たちのようなプロなら何とかなるけど、普通の人だとちょっと厳しいんじゃないかと思うんだよね。
世界大会仕様で考えるならプレイヤーの人数が最も重要だからね。参入のしやすさが大事になってくるからね」
「流石ですね。ありがとうございます。とても参考になりました」
気が付けば熱く語っていたために普通ならばかなり惹かれるところだが、さすがに彼らもプロである。むしろ目を輝かせながら僕の話を聞き入っていた。
美味しいお菓子を食べながらそのあと雑談をして、いろいろとゲームについて話し合い、帰路に就くことにした。
僕と互角に話し合えるぐらいゲームがうまい人が周辺にいないのでこれもまた貴重な時間だといえた。
だが何故だかわからないが、ここが今の僕の居場所ではない気がした。




