第19話 Xは危険人物か
大樹が立ち去ると黙って聞いていた大里組合長が低姿勢で僕に声をかけてきた。
「大樹については、ホントご無礼をいたしました。後でキツク言っておきますので……」
「まぁ、僕に対してはこんなもんで良いですよ。
ただ、どんな人に対してもこういう感じの言い方では危険ですね。
特攻局で血気盛んな奴だとたちまち引っ張っていきますから……」
「様々なご配慮と、お心が広いので本当に痛み入ります」
僕は正直、酷い言われようなのが慣れているが、虻利家や科学技術局、特攻局の偉い人間にああいう言葉遣いだと本当に危険と言える。
時間厳守やマナー、言葉遣いには本当に厳しいから……。
「それにしても大樹とあなたは組合長とここら辺に住んでいる子供以上の関係に見えましたが、ご親戚か何かなんですか?」
「ええ、大里家と内藤は私の先代から家族ぐるみの関係でした。お互い貧しいながらも支え合って生きてきたのです。ただ、私の妻も彼の父も過労で倒れてしまいました」
「そうでしたか……」
本当に気の毒な話ではあると思うのだが、信用スコアが低い人たちにとってこれは「日常」なのだ。
「私達夫婦には経済的な困窮が若い頃あまりにもあったので、子供もいませんでした。ですから、大樹が私の息子みたいなものでして、ついつい心配してしまうんですよ」
大里組合長は大樹がいなくなった方をそれ以上にどこか遠くを見るような眼で見つめていた。
スコアの低い人間はこうして結婚しても子供を諦めてしまう。こうして世代を経て虻利家に従わない人間は徐々に淘汰されていくのだ。
露骨な粛清は流石に反発を生む可能性があるので、こうして反乱分子は徐々に消していくのが作戦なのだろう。
「こうしてお会いできたのも折角の縁ですからね。先ほども言いましたが、彼に対して学校への復学と、何かできそうな職業を提供したいと思います」
大樹の何か世界に対して訴えかけるようなあの眼は島村さんに通じるものがあった。
彼をこのまま放置してしまえば“第二の島村さん”として復讐を計画してしまうのではないかと思えてしまうのだ。
「虻輝様、本当に何から何まで済みません」
「いえ、むしろ彼1人しか救えない僕の無力さすら感じますね。社会そのものを変えることが出来ない限り、縁のある人を1人1人救っていくしかないんだということを……」
今回の一件でAIや信用スコアが絶望的な格差を生んでいることを知った。
今の僕では全くどうすることもできないが、ちょっとずつでも変えていけたら……。
「そういうお気持ちだけで結構です。まぁ、色々虻利さんのところも事情があるんでしょうね。日本だけの問題でなく世界との関わり合いもありますしね」
「そうなんですよ。隙を見せればすぐさま外国が覇権を奪還しようと仕掛けてきますからね。虻利家はこれでも国防に対する抑止力にはかなり貢献しています」
「我々のような下々の生活も大変なんですが、上の人は上の人で課題はありますからね」
「ご理解いただいて僕としても嬉しいですね。何とか少しずつでも変えていければと思っています」
「大樹のことはよろしくお願いします」
「ええ、任せて下さい。折角知り合った機会ですからね」
そう言ってお互いに挨拶と連絡先を交わしてテントの外に出た。
先程と違って雲が無くなり、日差しが穏やかに出ていた。
「虻輝様は根気強いですなぁ。あんなに無礼なガキは俺だけでしたらブチのめしてましたよ」
景親は玲姉との戦いを見ても思ったけど結構短気そうだからな……。さっきもピリついているのが横からも伝わったし……。
「まぁ、景親もよく手を出さずに我慢してくれた。
今日僕が耐えられたのも先日、彼みたいな小学生を相手したことがあって、ちょっと慣れてきたところはあった。玲姉も言ってたけど何事も経験と言うことだろうな。僕も全くイラつかなかったと言えばウソになるがね(笑)」
この間の高橋さんの家の祥太は初っ端から水鉄砲噴射してきたり、島村さんもあまり子供に対しての扱いが未熟だったのもあって前途多難感があったよな。今日は景親がいるから物理的な壁としての安心感は絶大だ。ただ、もう色々な人から軽んじられることに対して慣れちゃったのはあるよな……。
「なるほど」
「やっとユダヤのサンヘドリン状態から脱却できたのは小さいが成果だと言えるな」
「あまりにも些細な手がかりですが、確かにこれまで不毛な会話ばかりでしたからな。ところで彼が言っていたXと言う人物がやはりカギになってくるんですかいね?」
「まぁ、打開したとはいえ正直期待は薄い感じもしなくもない。何と言っても当事者からしたら大事でも、周りからしたら大局的に見て大したこと無いと言うことはよくあるからな。
一時の感情に流されないほうがいいだろう。
それよりも事実として今何が起こっているのかそれを冷静に分析することが大事になってくる」
「なるほど。確かにそうですな。貴重な手がかりだとは言っても過大評価は危険ですから」
とても偉そうなことを言ってるけど、実際はゲームの世界大会で勝ち上がるためにミスでの敗北・失冠を忘れるために使うメンタリティなんだが(笑)。酷い負けの時は“全体から見たら大したこと無い”って心の中で震えながら連呼してるからな(笑)。
「まぁ、しかしそのような内部から組織体制が変わりつつあるということは注目点に値するよな。Xについてもどういう人物か調査を進めていった方がいいだろう。こっちには為継や輝成といった特殊なルートもあるから身元についても直ぐに該当しそうな人物は上がってくるはずだ」
「ちぇっ、アイツらばかり……すんません俺は役に立っていなくて」
「いや、内藤大樹から僕を守ってくれたじゃないか。正直、彼の気配と動きはなんとなくわかったけど体が反応してくれなくて困ったよ(笑)」
見えているのに動きが対応できない悲しさは最近常に感じている……。
「いや、あんなもんで活躍したとは思いたくないぜ。もっとこう激しい戦いに――」
「えー、僕は命の危険が迫るような状況じゃ困るけどな(笑)。相手と言うより実際、景親が僕の命を守ってくれたそこに大きな意義があると思うけどね」
「確かに、初めて警護に成功した体験としては良かったですな。
それに、殺し合いになるとそれはそれで嫌ですな。しかし、虻輝様は色々と博識でいらっしゃいますなぁ。俺のメンタルケアも怠りませんし」
それにしても、何とも複雑な感情を持ってるな人間って……。
激しい戦いはしたいけど、殺し合いはしたくないだなんて……。
「いや、虻利家にいると『上に立つ者としての帝王学』みたいなのを必要であるかどうか如何にもかかわらず自然に叩き込まれるんだわこれが(笑)。だから何かの心理学に基づいた発言かもしれないと思って訝しんで聞いてくれればいいよ(笑)」
「俺は虻輝様が心からの発言だと思いますがね」
景親の僕への信仰発言ラッシュが始まりそうだ。正直、かなり照れ臭いので次のセクションに移らなくては。
「そ、それじゃ、為継や輝成に今の情報を教えておくね。何かしらここから広がってくれればいいんだけど……」
これが空振れば、またゼロになってしまう。為継からの意見に期待したかった。




