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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第4章 反成果主義

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第18話 信用スコア最下層

「虻利の犬がああああああっ! 死ねええええっ!」


 雑草の味が国の中に残って、お口直しをしようと水筒を取り出した時に、とんでもない勢いで何かが迫ってきた。勿論、何の準備もしていないので受け身も出来ず驚くしか無かった。


「えっ!?」

 

 僕が驚いている間に隣にいる景親があっという間に組み伏せた。襲ってきた相手は高校生ぐらいの男子だった。


「コイツ! ナイフで虻輝様を殺そうと!?」


 流石景親、反応が早かった。いなければ僕が地面に組み伏せられていたことだろう。インドア派なんでね……。


「は、離せー! 虻利の犬め! クソがー! 父さんを帰せー!」


 僕の思考が停止したのが分かった。この子は島村さんと同じような境遇なのか……。目がギラギラと輝いていてボロボロの服。島村さんのあの叫んでいた姿がフラッシュバックした。


「このガキッ! 抵抗しやがって! ぶん殴られてぇか!」


 これでも景親は適度に手加減をしているのだろう。本気を出したらもうこの子はボロボロだろう。しかし、状況次第ではいつでも手を出しかねない。


「わわわ……大樹君。暴れるの止めてください! 命を落としてしまいますよ!」


 大里組合長がテントから出てきて景親と一緒に軽く取り押さえた。


「お願いします! この子は何も悪くないんです! まだ将来もありますので、何卒ご慈悲を!」


 大里組合長が僕に向かって土下座をしてきた。内藤と呼ばれた少年の動きがその様子を見て止まったので少し落ち着いて話せる状況になった。


「ま、まぁ僕はEAIの調査と話し合いに来ただけですから。頭を上げてください」


 こうして皆で大里組合長の小屋の中で話すことになった。テントのしょぼいパイプ椅子に再び腰掛ける。


「よ、良かったなお前。お前の父さんがEAIの会員だったよな? その話をしてあげなさい」


「……」


 しかし、内藤少年は誰とも視線を合わせようともせず話そうとしない。まぁ、島村さんの男の子バージョンだと考えれば無理もないだろう。


「おいテメェ、話さないとブッ飛ばすぞ!」


「か、景親やめろよ。穏便に。ね?」


 景親があまりにも苛立って殴りかかろうとしたのですかさず止めた。


「大樹君……このままでは君の立場がマズイよ。この人たちは別に何かしようと言うわけじゃ無い。話だけでもしてくれないか?」


 大里組合長が猫撫で声で訴えた。チッっという舌打ちが聞こえたが。先程より雰囲気が和らいだ気がした。


「まずは名前から教えてくれないかな?」


「内藤大樹」


「大樹君か。あまり思い出したくないかもしれないけど、お父さんがどうして亡くなってしまったか教えてくれないかな?」


「……アンタ、ホントに虻利の人なの? なんか、オーラみたいなのが全くないんだけど」


「ハハハッ。最近よく言われるね。一応eスポーツ世界5冠王なんだけど……」


 このあまりにも残念な評価は言われすぎて慣れてきたレベルだわ正直言って。


「あぁ、聞いたことあるけど。こんな普通の奴だったんだ」


「大会の時以外はこんなもんだよ。ちょっとコントローラー出そうか。ふぅ……次元が違う圧倒的な実力を見せつけてくれる」


 コスモニューロンを公開モードにしようとしたが、大樹に止められた。


「良いよそんなことしなくて。

ちぇ、何だか調子狂うな。俺の父さんはEAI創設1年目ぐらいからの初期のころからのメンバーで、主に人事担当者だったんだ。それまではどちらかと言うと信用スコアを拾う仕事ばっかりだったんだけど……」


「信用スコアを拾うって何?」


「ああ、アンタみたいな超一流の経歴や実績があったら関係ないかもしれないけど、俺達みたいなはぐれ者は少しずつ信用スコアを稼いでいくしかないわけよ。EAIがボランティアしまくってんのもちょっとでも皆が良い生活をしたいって思っているからなんだよ」


「ああ、なるほど。信用スコアが低いと、SNSでの発信の影響力、就ける職業の幅、同じ仕事をしていても給与の金額、VRで参加できるコミュニティやゲームなどあらゆる方面で制限されてしまうからな」


「そうなんだよ。だからちょっとでも“良い行い”をしていかないと俺たちは生きていけないわけ。それでも、数か月単位で1とかしか増えないから本当に気休め程度なんだけどさ……」


 何でボランティアしまくっているのかと思ったらそういう裏があったんだな。僕の周りには当たり前だけどそういう人は一人も存在しないから正直言って全く想像がつかなかった。

 あまりにもスコアが低い人はもう既に逮捕されているだろうから、そう言った比較的真面目な人がこうしてこの地域に住んでいるのだろう。


「よく分かった。続けて」


「それで今から2,3年前ぐらいだったかな? 正規のルートからではない方法でEAIに加入した人間が出てきたんだ。

 名前は何だっけかな……名前が思い出せないからまぁ仮にXとしようか。本来はEAIはコスモニューロンを頭に埋め込んでいないことが絶対条件だったんだけど、そのXってのは元役人かなんかでそのままコスモニューロンを入れたままの状態で加入することが出来たんだ」


「へぇ、そんな人がいたとは知らなかったな」


 コスモニューロンを導入しているかいないかが大きな基準にしている組織がそれを曲げても入れなくてはいけない人材とは一体……。


「俺が思うにそいつはEAIを破壊しに来たんだと思う。去年末までには父さんを始めとした初期の方からいたメンバーが続々とクビになったんだ」


 まぁ、人事に関しては年数が経過すれば自然と初期メンバーはいなくなるからそこだけで判断することはできないだろうけどね。一気にいなくなることは確かに気になるけどそれも組織体制が変化すればよくあることだからなぁ。


「父さんはそれからしばらくの間は色々な職業を転々として、虻利傘下の建設業の工員になることが出来たんだ。でも、そこで1日12時間労働で怪我をしても手当ても出ず、それで今は行方不明に……」


 大樹は涙を流し始めた。僕は彼の肩だけを支えてやった。しばらくすると大樹は泣き止み。僕と視線を合わせる。

 ちょっと彼に対して感情移入してしまいそうだけど、ここは冷静に状況を分析し、状況を把握していかなくてはいけない。


「そうなると大樹は今仕事してるの? 仕事をしていないと余程貯金が無いと苦しいと思うけど」


 ボランティア活動がメインの団体のEAIが幹部に対してもそんなに給料を弾むとは思えない。


「そうだね。大体の仕事は掃除ロボットが通れないようなゴミ拾いや清掃かな。後はここの昼夜の炊き出しをちゃんと貰えればなんとか暮らしていける」


 流石に苦しい生活だろそれは……。


「折角だからお前でもできて尚且つお金がもらえる仕事を何とか探してみよう。お前の年齢で学校に行かないと余計格差が広がっていく。

 短期的にはそう言う汚れバイトの方が儲かるのかもしれないが、生涯年収で言ったら雲泥の差になる」


 学歴が全てではないが、学歴による線引きというのが確実に存在している。特に大卒と高卒、中卒ここら辺の差というのは歴然としている。大学ランクの差や学部による差や大卒と院卒の差というのはほとんど無いんだけどね。


「やっぱりそうなんだ……俺も出来れば学校に行きたいよ……」


「まぁ、学校に捉われる必要もないけどな。卒業することに重視するなら高校卒業認定試験も健在だしな。通信課程でも良い」


 通信課程の学校も増えてきておりそちらの需要も最近増大している。名のある学校は旧態依然としているところが多いがね……。


「俺はどっちかって言うと学校行事を愉しむタイプだったから。学校に行きたいな

 休み時間にワイワイと話すのも好きだった」


「へぇ、僕と真逆だね。僕は全く学校なんて行きたくなかった。学校行事やテストなんてノルマをこなしていただけだったな」


 帝君大学付属は伝統的な側だったから最低出席数ギリギリのラインを常に彷徨い続けていた。


「何か分かる気がする(笑)」


「ちょっ! それどういう意味だよっ!(笑)」


 景親も隣で机をバンバン叩きながら声を殺しながら爆笑している。毎度のことながら僕は何故こういう扱いなんだ……。


「とにかく、今の世の中コスモニューロンを導入していないだけで生きていくのすら難しいんだよ。“科学的にも安全が証明されている”とかで、健康上の問題を理由に拒否することもほとんどできない。

 コスモニューロンを導入していないだけで信用スコアが1年ごとに目減りする現象があるので”慈善活動“をしなければいけないんだ」


「あぁ、そういう制度の要件もあるんだな。中々エグイ制度だ」


 結構僕も隅々までコスモニューロンの制度を知っているつもりだったのだが、実際に“信用スコアが減る要件”に自分が該当していないと記憶に残らないものだな……。

 これだから、勝ち組がどうとか言われてしまうのだろう。


「ったくお前の所の政策が悪いんだからな」


「いや、スマン。しかし、僕個人の力では大きな流れは変えられないんだよ。日本を動かすような超大規模組織ともなると色々としがらみも多い。僕も副社長だけどどっちかって言うと中間管理職的な役割だし。もっとも自由にやらせてもらっているから部下もいなければ社会に対する責任も薄いがね(笑)」


「それも分かる気がする。こんなのが副社長の組織とかヤバそうだもんな……

 すぐに崩壊しそう(笑)」


「えぇ~! 言ってくれちゃうねぇ。いくらなんでも酷すぎでしょ(笑)」


 その時、ラッパの音が鳴った。気が付けばテントが新しく設置されている。どうやら虻利家主催の炊き出しが始まるということの合図のようだった。


「あ、並び始めないと。昼貰えなくなっちゃう」


「それにしても色々と大変だったな。僕は虻利ホールディングス副社長をしているが、正直世間についてはあまりよく知らないんだ。だから、至らないところもあると思う。本当は皆救いたいけど、縁がある人から救っていければと思っている。だからこれからも色々と教えてくれないか?」


「――うん、分かったよ。アンタなら結構信用できそうだ。じゃ、またな!」


 涙を手で拭きながら大樹は答え、テントの外に走り去っていった。とりあえずある程度の信用を得られたようだ。良くも悪くも僕に“強者のオーラが無い”のが幸いしているのだろう(笑)。


 大樹はコスモニューロンを持っていないようなので、電話番号を教えた。なんか大樹にできそうな仕事ってあるかなぁ? 為継に相談してみよう。


 しかし、世の中はまだまだ知らないことだらけだ。知った気になって傲慢に考えたり行動してしまうのが一番いけないな……。

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