第17話 雑草で生き抜く人達
笹目川に到着してみると、思ったよりも浅く、細長いイメージの川である。どうにもデータによると
『埼玉県さいたま市南区及び戸田市を流れる荒川水系の一級河川である。白幡沼付近から戸田市の笹目樋門で荒川に合流するまでの総延長約5km区間で整備された人工河川である』(wikiより転載)のようで元々は低湿地帯だったようだ。
輝成の言うようにぱっと見でも10数個テントが浅瀬の川の付近に点在しているのが分かる。
「聞くところによると、夜だけでなく昼も炊き出しをやっているらしい。このように妙に優しいところが虻利家だからこそ裏があるのではないかと疑われても仕方ないな(笑)」
輝成の言うように何か食べ物の中に遅効性の毒を入れられていたり、何か管理されるためのマイクロチップが仕込まれているのではないか? と思っているのだろう。
僕ですら言われて納得できるのだから警戒心の強い人々ならなおさらそう思うだろう。
「タダより高い物はないとは言いますしなぁ。一度体の中に入ってしまったら取り出すのも困難でしょうからな。そういや、輝成の地図によるとこの辺りにここら一帯のコミュニティを束ねる笹目川組合の長がいるようですぜ」
少し歩くと川の畔に小さな小屋がある。笹目川組合の看板が立っており大里と表札にはある。組合長の苗字とあっているし、ここで間違いは無いだろう。
「笹目川組合の組合長さんでしょうか? 虻利家の者なのですが」
僕がそう声をかけると脱兎の勢いで中年男性が現れた。
「よ、ようこそお越し下さいまして、お会いできて大変光栄であります!」
いきなり頭を地面につけながら迎え入れられた。どうやら彼は僕の身分が分かり、コスモニューロンを導入しているようだ。
「いや、そんなに平伏されても困ります」
「そ、そうですか。あのぅ……何か上納金のことで不備でもあったのでしょうか……しっかり人数を数えてその分を納めている筈なのですが……」
彼がここら辺の人間を管理しているのだろう。上納金をまとめることによって彼らの人権をある意味保障しているのだろう。
「いえ、本日はそれについて見参したのではありません。僕たちはEAIについての情報を集めているんです。何かご存じなことはありませんか?」
「うーん、EAIについてですか……私には心当たりがありませんな。お役に立てなくて申し訳ありません」
「そ、そうですか……」
「あっ! そう言えば、つい最近までEAIに所属していた内藤と言う者が我々のコミュニティに存在していました」
「本当ですか! 紹介していただけると嬉しいです」
最近辞めたというのならば何かしらEAIについて不満を持っている可能性も高そうだし、信頼性のある情報を聞き出せそうに思える。
「あ……しかし、内藤は先日事故で亡くなっています。最近色々あってすっかり忘れていた……」
「あ……そうでしたか。お悔やみ申し上げます」
折角の手がかりかと思ったが、一瞬にして水泡に帰した。まぁ、そう上手くはいかないだろう。
「ここまでわざわざお越しになられて何も収穫が無いのは問題でしょう。私が紹介状を書きます。これでここら一帯の者は話を聞いてくれるのではないかと思います。虻利の名を聞いただけで抵抗感がある者も多いですから」
やっぱりここでもそうなんだな。大変ありがたかった――受け取った紹介状の字はまずまずの字だ――少なくとも僕よりかは遥かに上手い。僕が最後にマトモに字を書いたのはいつだったかな……。
「ありがとうございます。手掛かりもあまりなくて困っていたんです」
しかし、これだけで終わるのは何とも寂しい。
「ちなみにここの人達は一体何を食べているんですか? 先程得た情報によりますと、配給食も食べずに生き抜いているという話を聞いたのですが」
「川で魚を釣ったり、野兎を捕まえて食べたり、雑草を抜いて食べたりしていますね」
「え……雑草なんて食べられるんですか?」
「ええ、栄養価が高い食材もたくさんあります。煮たりすることで簡単に食べられます。ただ、毒性があるモノもあるので見極めが大事になってきますがね」
「へぇ、そうなんですか。ありがとうございます」
そう言って頭を下げてテントを出た。
「景親聞いたか? 魚や兎はまだ分かるが雑草を食べるだなんて正気とは思えない……。人間追い詰められると何でも手を出してしまうんだな……」
「え? 虻輝様、雑草食ったことねぇんですかい? 俺は修行の時、山籠もりしてましたから、その時何でも食いましたね。とにかく腹が空くんで」
マジかよ……身近にサバイバルモンスターがいたとは……。しかし、そうでも無いと山奥で修行とかはできないか……。僕は山奥でなく自宅で爺から修業を受けているなんてかなり恵まれた環境なのだなと痛感した。
「虻輝様も食いますか? 意外といけますよ?」
景親が川岸にある雑草を突然抜き出した。あっという間に食べられるのを探し出すのか手際が良い。
僕には何が食べられるのか全く分からなかった……。
「いや……いい……食べられる食料がこの地上から消滅したとか、そういういざと言う時には食べるけど……」
流石にそんなものを食べなくてはいけないだなんてあんまりだろう。
「あ、そうっすか。なら俺が食いますね」
そう言ってムシャムシャと意外と美味しそうに食べていた。CMで使えるんじゃないかっていうぐらいいい食べっぷりだ。見た目に反してそんなに美味しいのなら僕も食べてみようかな……。
「それ、そんなに美味しいか? ちょっと分けてくれない?」
「いいっすよ」
そう言って一つまみ僕に渡してくれた。僕は目を瞑って口に入れて咀嚼したところ――思ったよりも苦くは無いが美味しくも無かった……。
「んー、悪くは無いがやっぱり積極的に食べたくはないなぁ」
「火を通せばもうちょっと美味しくなるんですがねぇ……」
そう言いながら木の棒を集めだし何やら火おこしを起こし始めようとしている。サバイバルモンスターが勝手に暴れ出そうとしている……。
「ま、待て今はそれどころではない。聞き込みに戻ろうじゃないか」
「あ、そうでした。いやぁ、つい昔の経験が爆発してしまいまして。へへへ」
いや、爆発するなよ……そんな風に苦笑しながら思いながら口に残った苦みを取り除くために水筒を取り出した時、視界の端から何やら黒い影のようなものが急激に迫ってくるのが分かった。




