第16話 拒絶と対策
今、僕と景親がいる東京都と埼玉県の県境の地帯は丁度両都県の地方行政の境界線上にあり、東京都の担当者が来たら埼玉県へ。埼玉県の担当者が来たら東京都に逃げるというように。無法地帯に近いものになっている。
なぜこのような人たちが存在しているのかと言うと、虻利家においてはそれらの人々に対して“1人あたりの上納金を納めれば見逃す“という闇の取引があり、彼らは何とか”実験材料“にならずに今日まで生き延びているわけだ。
しかし、最近の大王の口ぶりから察するに何かに理由をつけて、彼らが実験体として接収されてしまうのも時間の問題ではないかと思う……。噂によると反社会的な人物を集結させて一網打尽にしようとしているのではないかと言われている。
こうして近い将来、この辺りは“綺麗に“なっている可能性もある。
「あの済みません、虻利家の者なんですが少々お時間よろしいでしょうか?」
「あんたらに用はないっ!」
バンッ! とドアがひしゃげるぐらいの勢いで閉められた。
あんなの何発も浴びれば最悪顔がドアに巻き込まれてぺしゃんこになりそうだ。
虻利の名前を出しただけで顔色が一気に変わった。まさか、虻利の名を使って話すらさせてもらえないとは……これまでの聞き込みとは全く反応が違った。
いや、昨日とは逆でやはり少なからず虻利家に反発している人物が集まっているのだから当たり前と言える。
むしろ、これまでが異常だった。恐怖で世界を支配する虻利家の威光で口を開かせるなどあってはいけなかった。
これでも今の家は一瞬ドアを開けてくれただけでもひとつ前の家よりかはマシだった。
前の家では罵声の嵐を浴びせられただけで開けても貰えなかったのだから。
「おいおい……これで3軒連続かよ。いい加減にして欲しいぜ。なぁ、虻輝様?」
景親が呆れ顔だ。僕も全く同じことを思うがここで同調してしまうと前に進まない気がした……。
「ふぅ……なんとかしないとな……」
「俺が強引にドアをこじ開けて侵入し、木刀を突きつけながら話させましょうか?」
想像しただけで更に反発を招きそうな方法だった。
「やめてくれ。そんな聞き方では余計に抵抗されるだけだ。まともな問答にはなりはしないよ」
自主的に自然に話してくれなければ何の意味も無い。そして、ヘタに僕に対して逆らったという記録が残れば、特攻局の取り締まり対象になりかねない。
僕のコスモニューロンでもデータが取られているのだから。
「そうですかい……。しかし、虻輝様に無礼な行いをするとはいい度胸の奴らですよ。虻輝様のお心が広いから命が無事で済んでいますがね」
「お前が言えることでは無いような気がするがな……」
「へへへっ」
景親はボリボリと後頭部をかいた。全く憎めない奴だ。
景親がご隠居の前で“あんなこと“やったら即死だろうな。もっとも、ご隠居は持っているオーラが違い過ぎるから全く知らずとも”只者ではない“ことがすぐに分かるだろうけど……そうなると僕のオーラが無さ過ぎるのがいけないことになる(笑)。
「こうなったら、そこら辺に歩いている人たちに対してインタビューしていくしかないのかな」
「輝成にこの辺りで人が集まる場所を聞いてみましょうぜ。このままじゃ埒が明かないですぜ」
「その方が効率的で良さそうだな」
早速輝成に連絡してみることにした。幸い、輝成はすぐに出てくれた。
「やはり、虻利の名前を出すのはリスクがありましたか――お伝えしようと思ったのですが、拒絶されるかどうか半々の可能性だと思いました。しかし、お伝えした方が良かったです。申し訳ありません」
「いや、気にするなよ。正直どんな人間が住んでいるかなんてデータ上でしか分からないからな。こんなに便利になるコスモニューロンすらも入れてない人達なんだから考え方までは分からん。それでどこに人が集まっているんだ?」
「そうですね……衛星管理システムの統計データにアクセスして確認しているのですが、意外とそこまで集まっている場所が少ないのです。やはり、集まっていると取り締まられると警戒をしているのでしょう。
唯一、時間帯で言うのであれば荒川系統である笹目川周辺に現在虻利家が無料での炊き出しが昼間と夕方行われているのです」
「あ、じゃぁそこに向かえばいいのか」
「いえ、ところがその炊き出しにもほとんど参加する者がいないのです」
「えっ……どうして?」
「虻利家に対して不信感を抱いている者が多いということは、虻利家が出してくれる食べ物は例え無料であったとしても食べたくないのでしょう。
食べたなら毒が盛られていたり、洗脳されてしまうのではないかと警戒しているのです」
「ああ、そうなのか。ある意味凄いポリシーというか信念だな」
それで、食べるに困るぐらい貧困生活を敢えて選んでいるのだから本当に頭が下がるほどの精神力だ。逆に何を食べているのか逆に気になるほどだ。
「やはり、コスモニューロンを導入しないという生活上大きなマイナスの影響を及ぼす決断をしている人々ですからね。反虻利思想の決意と意気込みが違うのでしょうね」
国民全体の80%が導入をしているコスモニューロンだが、実際のところは12歳未満の子供には推奨されておらず、ほとんどの家庭では子供にコスモニューロンは導入させてはいない。そうなると、12歳以上の導入率は9割近い値となっている。
ウチにいる玲姉、まどか、島村さんを始め本当に信念のある人間若しくは脳にデバイスを入れることに本当に抵抗感がある人間だけだろうな。
「んー、しかし逆を言えば人数が少なくともその炊き出しに参加してくれている人々は虻利家に理解があるということなのではないか? 行く価値があるように僕は感じる」
「なるほど、流石に虻輝様は読んでいる領域が深いですな。確かに人数が多くいても反虻利の人間ばかりだと話になりませんからな」
「いや、輝成の情報があってこその分析だよ。とても参考になった。時間はまだあるから色々と巡ってみようと思う」
「いえ……結局私はあまりお役に立てなかった気がします……」
「そんなことはない。炊き出しが行われている情報を教えてくれたのは輝成じゃないか。誰しも固定概念があるからそれに縛られがちだからな。皆で協力して意見を出し合うのが一番大事だ。次も情報に期待している」
「はい。ありがとうございます。私も私の範囲内で聞き込みを進めていきます。後でまとめて報告させていただきますね」
「ああ、頼んだ」
こうして輝成との通話が終わった。生産性のある会話ができて良かった。
“チェリーさん”の時からそうだが非常に謙虚でありながら確実に仕事をこなしてくれる。こんなに素晴らしい存在はそうそういない。
「今の話の内容からすると、これから笹目川に向かうんですかい?」
「ああ、そう言うことになる。護衛頼んだぞ」
「ははっ!」
笹目川はここから近い。その地域をまとめる組合も存在するようなのでその組合に取りあえず向かってみようと思った。




