第14話 次の訓練の準備
玲姉に治療してもらうとまた基本動作に戻ることになった。
「しばらくは、テーピングや保護をしながらやるしかないでしょうな。一足飛びは難しいですから。あっという間に何でもできるようになったのは虻頼様ぐらいなものです」
「そういや、ご隠居様って具体的にどれぐらい強いんだ? かなり強いとは聞いているけど」
爺は少し考えた。過去を振り返っているようで少し懐かしいという感じの顔だ。
「最近手合わせて頂いたことが無いので何とも言えませんが、お互いの実力が落ちていないことを前提とするならば私と同等かそれ以上の力は持ち合わせています」
「へぇ~」
「虻頼様は若い頃はかなり外国からの手練れのテロリストから襲撃に遭っていたのですが全て一撃で倒しておりました。当時の海外のテロリストは一人一人の質がかなり高く護衛が全てやられてしまっても虻頼様だけは傷一つ負わずに生還されていました」
なんじゃそりゃ……。この間、間近で技を見せつけられたからその信憑性も分かる気がするけど……。
「虻輝様もその虻頼様ほどではないにしろ素質は十分お持ちだと思いますぞ。何より弟子としての一番持って欲しい能力をお持ちですから」
「へぇ、何の能力を僕は持ってるの?」
「素直に、聞いてくださって実践できることです」
「はい? 筋がいいとかそう言うところは?」
なんだか良いことを言ってくれるのかと思いきや微妙である。
「むしろ筋は悪いですな」
「……」
上げてから落とす戦法なわけ? ショックで言葉を失った。
「輝君そんな顔をしないで。ダメな弟子というのは自分なりに“悪いアレンジ“をしてしまうのよ。その点、輝君は素直に聞いてくれるから助かるわ」
いやぁ、流石玲姉は言うことが違うね。爺のようにイマイチな評価とは違って……。でもなぁ、実は他に方法を知らないから言うことを聞く以外の選択肢が無いからって言うのもあるんだよねぇ(笑)。
「逃亡しちゃわないようにモチベーションを維持させるのが大変だけどね。それさえなければ教えがいがあるんだけども」
玲姉も上げてから落とす戦法だったー!
「虻輝様は見ていて飽きないですな」
「表情がコロコロ変わるからね~。でも本気で怒ってないところが良いんだと思うよ~」
まどかもケラケラと笑っていた。
「お前ら! 僕はコメディアンとかじゃないからな断じて!」
ったく、景親にしろまどかにしろコイツらはホント僕のことをネタとしてしか見てなないんじゃないか? 景親とか崇拝しているのかネタにしているのかもうよく分からんな(笑)。
「そう言う訳で、しばらく先ほどのことを念頭に繰り返してもらうわよ。再現性をより持たせるためにね」
「うん、分かった」
これ以上地雷原を2人の前にばら撒くわけにはいかない。根気良く教えてもらえているうちが華と言える。
2人が本気を出せば、五体不満足の状態でベッドの上にいればまだ良い方で、次の瞬間地獄の針山の上を歩いている可能性すらあるのだ……。
「そこの2人はちょっと抜刀スピードで斬りつけるにはちょっと長さが長すぎと短すぎという感じがあるから素振りをしておきましょうか」
景親と烏丸はそれぞれ素振りの“型“の確認をする作業に気が付けば戻っていた。僕はそのステップにすら行けていない残念な子といえる(笑)。
「輝君はまずは1回を完全な型にしてみないことにはそれを繰り返すという動作すらままならないわね。悪い型を体に覚えさせても何の意味も無いからね」
「はい」
とりあえず2人の指示に従い、足の開き方や構え方、息を吐くタイミングそれらを一つ一つ修正されながら繰り返していく。
そうして20分後……。
「なるほど、良い感じでなりつつありますな。それを体に覚えこませるまでやるのです。次のステップはそれを軽いタイプの木刀ではなく真剣を使うことです」
「ひぃ……ふぅ……これ以上は……ヤバい……」
爺が本性を見せ始めた。マジで真剣は重い。筋肉痛で死ぬ。考えただけで体中が拒否症状を起こし始めた……玲姉の方にすがるようにして目線で訴えかける。
「何だか気の毒だから“技術“で補助することも許可してはどうでしょうか?」
玲姉が爺にそう提案した。本当に優しいのでまた“落とす”前兆なのではないかと身構えてしまう……。
「ふむ……玲子殿のおっしゃることも一理ありますな。伝統を守りつつも本人の現実的な実力、そして時代への適応ということも考えていかなくてはなりませんな。そうでなければ伝統的な技術が完全に廃れて消滅することにもなりかねませんから」
前継承者候補だった虻景が非業の結果に終わったことも、このインドア派の僕にお鉢が回ってきているのも多少なりとも影響しているからな。大事に行こうというのが方針となっているのだろう――僕の実力からすると非常に助かる展開だ。
「上手い具合に上腕を補強しつつ、筋力も鍛えられる補助用具があるみたいじゃない? それを使ったらどうかしら」
玲姉が本当に優しくなっているのも驚きではある。声に出したら方針がひっくり返りそうだから言わないけど……言わなくても伝わっているだろうから無駄といえば無駄な努力だけど(笑)。
「へぇ……そんなのもあるんだな」
確かに調べてみたらそういう製品もあった。値段は両腕につけたら50万円とかなり高額だが、僕ならダメ元でも買える金額だ。僕は体を鍛えるという発想が無かったのでそう言った物が存在していることすら知らなかったわけだが……。
「今の時代は色々便利な物も増えましたな。私の頃は、便利に補助できる物なんてありませんでしたから」
「でも、最短ルートで来てしまうとその経てきた過程や苦労した際の精神力などは培われないから、それはそれで問題だと思いますけどね」
そもそも爺や玲姉はそんなことをせずとも強かっただろう。ただ、それ以上に実際の戦場に行ったり力を抑えるための訓練は別の意味で精神的に鍛えられただろうけど……。
「と、ところでさ。ちょっともう体力が限界なんだけど……」
僕は木刀を杖のようにしながらやっとのことで立っていた。さっきまでご飯を食べて休んでいたとはいえ、最近のハードな日々で疲労の蓄積がヤバすぎる。
先日まで寝たきりでゲームの世界に閉じ込められていた上に、1日中聞き込みをして同じような問答を聞かされていたのもあるし……肉体的にも精神的にも限界に来ていた。
「そうね。もう既に2時間近くもやっているし今日はここで解散にしましょう。村山さん明日もお願いできますか?」
「ええ、この老いぼれで良ければいつでも」
全く“老いぼれ感“というのは無かったけどな……。むしろ僕の方が老人っぽい動きしてるわ(笑)。
「あの……私は弓なんですけど少し見てもらえませんか?」
「そうね……あ、私としたことが! 輝君は知美ちゃんのために的や弓を買ってあげなさい」
「はい、注文しておきます」
有無を言わさず僕は同意の返事をする。
確かに島村さんはここに来てからは基礎トレーニングしかしているイメージが無かった。
「知美ちゃん、基礎体力トレーニングばかりやらせて悪かったわね。ちょっと輝君のことばかりを考えていたから配慮が行き届かなかったわ……」
「いえ、基礎体力は足が悪かった時の影響で落ちていたのでいい機会でした」
島村さんは笑顔で答える。足の話になるたびに僕の心はズキリと傷んだ。
しかし、色々と調べて見ても僕はコスモニューロンで的などを探していたが何が良いのかよくわからなかった。
「あのぅ……島村さん。申し訳ないんだけど、的や弓ってどれぐらいの大きさのをどれぐらいの量必要なの?」
「私の弓は竹製品を使っていましたね。ちょっと高いですし、湿度に影響されますけど匂いや持っている感じが好きでしたので」
言われたとおりに探すと割とすぐに見つかる。特色のある人間と言うのは色々と考慮されるからな。
「こういうのかな?」
「あ、これが良いですね。私は大体年間200本ぐらい消費していましたかね」
「へぇ、そんなに使うの?」
「普通の方は年間300本とか消費していますから、これでも私あまり弓をダメにしない方だったんですよ? なにか物を無駄にしている人みたいな言い方をしないで下さいっ!」
いや、そんなつもりは無かったんだけど……。島村さんの表情が怖すぎる……。
「1本1000円ぐらいするんだね。まぁ、良いよ200本ぐらい。でもこの間見た時は電撃の弓を作り出していたよね?」
「あれは結構疲れるんですよね……あの本社ビルの磁場が強かったのもいい感じの弓が作れた感じです。普段の練習では体の調子がいい時以外はあまりやらないです」
「あ、そうなんだ」
普通の場所でもコスモニューロンでの接続状況を良くするために数多の電磁波を張り巡らせているが、
虻利ホールディングス本社は確かに色々な機器が混在していて他の場所よりも電磁波が強いかもしれない。
「あとはこの遠的台に的紙をたくさん買ってくれると嬉しいです」
その他、矢筒など弓付属品などを島村さんがサクサク選んでいった。気が付けば30万円ぐらいになっていた。まぁ、これも必要経費だろう。
「それじゃ、明日には届くみたいだから。良かったね」
「はい、これで練習にも身が入りますね」
島村さんが珍しく僕に笑顔を向けてくれた。ドキリとするぐらい綺麗だった。
その後、まどかに何故かキレられて揉み合いになったのは省略しておく……。




