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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第4章 反成果主義

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第13話 再現性の大切さ

 手が痛くなってきたので、木刀を置いて、手を揉み始めた。

 ひぃー手が真っ赤になってるじゃないかぁ……。僕の軟手がぁ……。


「しかしさ、いつも思っていたんだけどどうして武術とかって何度も同じことを繰り返したりするのかね? なーんか1回出来れば良くないとか思っちゃうけど」

 

 思わずつぶやいてしまった。雰囲気が変わったことにアッ! と思ったがもう遅い。

ここまで根気よくやっていた2人だが爺は頭を抱え、玲姉も表情が能面のように固まった表情になってきた。だってゲームのキャラクターはコマンドを入力するだけで必殺技を打てるんだ。現実世界でもそうあってもいいような気もするんだよ……。


「はぁ~ふぅ~。逆に聞くけど輝君は何度も同じことをやる練習にどういう意味があると思う?」


 玲姉は深呼吸を何回もして辛うじて怒りを抑えているようだ……これはまた地雷原の付近に火薬と火を同時にばら撒いてしまったようだった。


「そ、そうだなぁやっぱり、俊敏に動けるようになったりとか? パワーが付いたりとか? それとも精神性を鍛えたりとかかね?」


 なんとか火薬を回収しようと必死に考えて言葉を導き出しているがどうにも2人の反応は芳しくない。むしろ、火薬を新しく撒き直しているような印象すら受ける……。


「まぁ、そういう要素も無いわけでは無いけど本質は違うわね。何度も繰り返して行うことでの最大の目的は“再現性”を作ることよ」


「再現性?」


「輝君だって経験があるでしょう? ゲームをやって同じような局面になったらこれまでの経験からそれに近い行動をとることが」


「そうだね。全く同じ局面というのはほとんど訪れないけど大体カンで“こうすればいい“という咄嗟の判断というのができるね。

 まぁ、相手が確定行動してくるわけじゃないからあくまでも可能性の範囲内にとどまるから裏目に出ることもあるけどもね。まぁあらゆる可能性の中で一番勝率が高そうなことを咄嗟の判断で選ぶという形になっていくんだけどね」


 玲姉は目をスッと細くした。分かってはいたけど呆れているという感じだ。


「本当にゲームの話だと突然活き活きするわね……。そういうことはゲームの中だけでなく現実世界でも起こっているのよ。普通は逆の説明になるはずなのだけど……」


「いやぁ、そんなに褒めなくても~。照れるなぁ~」


「私、褒めて無いから……」


「でもさ、経験者や達人って型破りな面もあるじゃない? あれは再現性とはちょっと逆方向のような感じもするけど一体どうなってるんだ? 基本動作を吹っ飛ばしてもう最初からラストの領域に行きたいね」


 やれやれ……という雰囲気を出している2人。何となく2人とも“手が早い”イメージがあるからこういう質問になんでも答えてくれそうなこの瞬間というのは本当に貴重だから何でも聞いておこうと思った――ちょっと危険ではあるけど。


「型破りなのは“型“を知ってこそのものなのよ。例えば、小さい子の絵というのを想像してみて? 独創性はあるけど高い値段を払って買いたいとは思わないじゃない?」


「そりゃ、親や親戚でもない限り値段はつかないよね。僕も訳分らん絵を量産してたな~」


「輝君の絵は本当に謎過ぎたわね……。でも、似たような感じの絵でも芸術家の作品の絵には凄い値段がついているわよね? 

 彼らは“型を知っているからこその型破り“ができているわけ。有名なピカソの絵だって感情表現も絵にできているのだと知ったなら違って見えるでしょう? 

 そうやって理由が説明できる絵とそうでない絵とでは全く違うのよ。それと同じで武術や剣術においてもしっかり型をマスターしている人だからこそ型破りというのは凄みがあるわけ」


 そう玲姉に言われてコスモニューロンでピカソの絵を直ぐさま探したが……結局はよく分からなかった(笑)。絵のセンスが無さ過ぎた(笑)。しかし、なんとなくだが言いたいことは分かった気がした。


「なるほど……達人が規格外の動きをしても強いのは、基本を下地に置いてその上での動きなのか――確かにゲームでも基本的な動作の上に応用的な動きと言うのがあるからな」


「玲子さん、ご説明ありがとうございます。ということで虻輝様、基本動作の大切さというのはご理解いただけましたかな?」


 爺がゆっくりとした口調で言う。しかし、僕は物凄い圧力を感じた。


「虻輝様が指導されないのでしたら僕が指導を受けますよ。伝説の達人から習えるだなんて普通では考えられないですから」


「俺も指導を受けたいです!」


 烏丸と景親がササっと僕の横から出てきた。2人とも目を輝かせている。コイツらは体の自由が利かなくなるまで特訓を受けた経験が無いから易々と前に出られるんだろう。僕はトラウマからかなかなか踏み出せずグズグズと何かにつけて先延ばしにしている(笑)。


「なるほど。2人とも剣をある程度嗜んでいるようですな。剣によって最適の動きというのは異なります。まずは構えを見せてください」


「さぁ、輝君も構えましょうね」


 前には爺。後ろには玲姉。前門の虎後門の狼状態で逃げる余地は無い……恐らく逃れる方法があるとすれば死のみだ。僕はまだ死ぬのが正直怖い……。


「虻利流は抜刀剣術です。覚えておられますよね?」


 爺が景親と烏丸に型を教えた後僕に再び向き直った。


「まぁ……大体。島村さんを奇跡的に倒した時も抜刀で倒した。ああいう感じなんだろうね」


「私もあれには驚きましたね。こんなに弱そうなのにあんな技をいきなりしてくるんですから。完全に油断していたので、本当に油断は禁物だと思いました」


 ずっと黙っていた島村さんが自分の足元を見ながら口を開いた。“こんなに弱そう”は余計だろう……。ディスるタイミングはいつも絶妙だ。


「ちなみにこの間、影に囲まれて玲姉が来る直前もやろうとした時は失敗した。鉄パイプでやろうとしたのもあるけど……」


 確かに島村さんを倒したアレを自在にやれと言われても困る。完全にマグレとしか言いようがない。それこそ先ほどの話にあるように再現性が出せるまで練習あるのみなのだろう。


「なるべく成功率は100%に近づけたいですな。基本動作あるのみです。基本的には一撃必殺の剣術ではありますが、抜刀のみでの一発芸で終わらないところにも強さがあります。しかし、今日のところは抜刀術のみに特化した技を練習しましょう」


 そう言って爺は誰もいない方向を向いた。


「まずは、私が手本を見せましょう。とうっ!」


 爺が抜刀すると嵐のような旋風が巻き起こり50メートル先の壁にヒビを入れた。玲姉と爺がこの頑健なはずの地下空間を破壊し尽くしそうだ……。いや、地上の家も危ないな。ある日、床が抜け落ちるか家が傾いてしまうかもしれない(笑)。


「す、すげぇ……」


「玲子さんも凄いですが村山さんもとんでもないですね」


 皆次々と驚きの声を口にしている。


「とまあこんな感じです。では継承者候補の虻輝様やってみて下さい」


 いつの間にか僕は継承者候補になってしまったのだろうか……まぁ、なるようになるしかない。


「ようし! 行くぞ! とうっ!」


 カンカラカラン……と虚しい音が鳴り響く。木刀を包んでいた鞘だけが吹き飛んでいった。


「ククッ……! お兄ちゃん。新しい競技でも始めたの……プフッ!」


 まどかが大爆笑しているだけでなく烏丸も口元を押さえて大爆笑を必死にこらえている。このまどか、景親、烏丸を爆笑軍団と暫定的に名付けたほどである(笑)。


「これは前途多難ね……ネタになる分まだ良いけれども」


「いや、ネタになれば何でもいいんですかね!?」


 よく分からない理論が玲姉にはあった。そして恐ろしいことに玲姉のよく分からない意見・理論がウチの“文化”にも直結する。それだけ圧倒的な存在なのだ。


「……あの、しっかりと左手……いや、左利きの虻輝様は右手を鞘に添えて頂かないと」


「よし、こうか。とうぅ……!?」


 今度はぬ、抜けない!?


「今度は剣身が上に向き過ぎよ」


「抜刀で一撃で決めるためには少し斜めにするのも良いですな。私は普通に構えていますけど、抜きにくい方が問題ですからな」


 玲姉と爺は内心はどう思っているか知らないけど、他の爆笑をやっとの思いで堪えている他の連中とは違い、冷静に対応している。

 例外として島村さんは無表情で淡々と自分のことをこなしている。もはや僕のことは眼中にないだけなのかもしれないが……。


「もう1回やろう、とうっ!」


 スポッっという情けない音共に今度は木刀が吹き飛んでいった。幸い飛んで行った方には誰もおらず木刀が虚しくフリスビーのように滑空していった……。


「くふっ!」「ガハハハハッ!」


 特に景親なんて床が抜けそうなぐらいバンバンと叩いている……アイツいつか見てろよ。


「今度は持つときの握りが甘いのね。もっと強く持って」


 そこで僕は手にある異変が起きていることに気づく。


「あのぉ……勢いよく抜刀しまくったせいか手の皮がむけてきたんですが……」


「えぇ……もう?」


 流石に玲姉が呆れた表情になってきた。僕もこんなことを言いたくはないんだ。でも事実は手の皮が捲れて先ほどよりも赤くなっている……。


 僕の手はこんな過激なことに使うためにあるのではなくゲームのコントローラーを握るためにこれまであったのだから……。


「ふむ、これは仕方ないですな。少しテーピングをして、それで再開しましょう」


 最近はテーピング一つとってもかなり進化してきており、手へのフィット感が凄くテーピングをしている感じが無い。


「ちょっと予想以上に輝君がアレなのが困るわね……面白いからいいけどね」


 いや、玲姉がそう言うから爆笑軍団が容赦なく笑っているんでしょうが……。そう言っている玲姉本人はあまり表情を変えずに真剣に指導しているのがシュールではあるけど(笑)。


「さぁ輝君、手を貸してみて?」


 玲姉がこの地下に付属されている救護室から救急箱を持ってきてくれた。まぁ、こうして一時的ではあるけど玲姉の長いまつ毛を見ながら優しくテーピングしてもらえるのなら、訓練をするのも悪い気はしないとすら思ってしまうんだからホント美人の影響力は改めてすごいなと思える。


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