第12話 虻利流のレジェンド
「さて、今日もお疲れ様~。また、明日もお互い頑張っていこうね」
報告会が終わった後お互いの健闘を称え合って解散――。
「ということで、今日も訓練やっていくわよ~」
することは出来なかった……。玲姉に腕を掴まれて地下訓練場に引きずられていく……。
「ちょっ! 僕は2日間ベットにいた上に今日はもう1日中歩き回ってボロボロなんだけど……」
「そう言う日だからこそ、訓練になるんじゃない~。怪我をしない程度にやる時こそ効果的なんだから~」
抗議も虚しく、あっという間に地下訓練場にキャリーバックを持っていくかのように楽々と強制輸送される。そして、訓練場に到着すると競技場の床にひょいっと投げ出された。
「虻輝様、大丈夫です! 為継から筋肉痛を軽減させる注射を貰ってきました!
景親が満面の笑みで注射針を取り出す。僕的には全然大丈夫じゃない上に、それは本当に体的にも大丈夫なのだろうか……。
というか、それよりも後ろから付いてきていたのなら助けて欲しかった……。
「ご心配なさらず! 俺も何回か注射してもらいましたが、もう打った瞬間から爽快感が違いますって! 虻輝様も是非!」
景親が1歩近づくと僕は2歩下がった……。やはりかなり危ないクスリなのではなかろうか……。
「そう言うのにあんまり頼らないほうが良いとは思うけど、こういう時は仕方ないわよねぇ~。ほら、グダグダしていると時間がもったいないわ~」
景親からサッとスリのように玲姉が注射針を受け取ると、僕の腕を掴みあっという間に注射をした。
「ギィヤァァァァ! ――って、あれ全然痛くないや? 玲姉は注射を打つのも上手かったとは……」
叫び声は腕を握られた時点でもう勝手に痛みを感じてたが実際は蚊に刺されるより衝撃は無かった(笑)。
「意外と強く腕を握ったほうが痛みはないものよ。それでどう筋肉の状態は?」
「あ、思ったよりも全然状態が良い!」
その場で飛び跳ねたり屈伸したりしたが、先ほどまであった全身の筋肉痛はほぐれていく。
「この薬については私も知っているけど、軽い神経毒を薄めてビタミンと混ぜたものみたいね。私はそもそも20年ぐらい筋肉痛になった覚えが無いから使ったこと無いのだけれども」
「毒を使っていたのか……毒を以て毒を制す感じか……」
しかし、流石は玲姉、筋肉痛にもならないとは……。
「そうなのよ。だからあんまり使わない方が良いわけ。神経の痛みを感じなくしているだけだから、体に負担が無くなっているわけでは無いのよ。噂によると使い過ぎて中毒みたいになっちゃっている方も多いとか……」
「私の聞いた話では、これより効果が強いモノだとドーピングになってしまうという話もありますね」
島村さんは流石に弓道で大学に入っただけあってこの手の話題には詳しそうだった。
しかし、中毒性もあるとなると科学技術の進歩も考えものである……。
「やっぱり、しっかり鍛えて筋肉痛になりにくい体になるしか無いんだよっ! こんな注射なんかに頼ってるとおかしくなっちゃうよ!」
まどかがパシパシっと僕を叩いた。反撃してやりたいが――玲姉が間近にいるので訓練直前に先程のような攻撃を喰らってたら身が持たない。
「それで、今日はどういうことをやるの?」
玲姉がニッコリと笑う。あぁ、このタイプの笑いは僕をいたぶって楽しもうとするときの笑いだ……。
「では、本日から特別講師にお越しいただくことになりました~。よろしくお願いします~」
完全に食後から30分ぐらい経ってからの恒例行事と化しているこの訓練だが、前々から言われていた特別講師”が来ることは完全に記憶から忘却されていた(笑)。
僕たちが先に来ていて、“特別講師“はまだ来ていなかった。玲姉の呼びかけに答えてカツカツとその人物の靴の音が静かに鳴り響く。い、いったい誰なんだ……。
「これは、虻輝様。お久しぶりでございます」
僕は目を見開いた。白髪の頭で、目を細めている好々爺という雰囲気があるが……背筋をシュンと伸ばし見る人から見れば普通のお爺さんではないことが分かるオーラを身にまとっている。
「じ、爺ではないか!?」
「ええ、そうでございます。虻輝様お久しぶりです。最近色々と揉め事に巻き込まれているようですが、心身を鍛え直すことであらゆる困難を突破できると思います」
僕が“爺”と呼ぶこの人物の本名は村山則明。虻利流の奥義を虻利虻頼、虻成と二代続けて免許皆伝を与える師範代である。
現在の年齢は85歳だがとてもそうは見えないほど肌艶は良い。
16歳で虻利流を見よう見まねでマスターしてしまい、虻利家直系以外での唯一の虻利流取得者となっている。またあらゆる剣術をマスターしていると言われており、刃物を持たせればなんでも一流という逸話まで存在している。
僕もご隠居に言われて爺から学んだわけだが――灼熱の夏場に細胞が全て破壊し尽くされ気分になるほどの過酷な訓練だったので速攻で逃亡した(笑)。
とにかく“超人伝説”の数は枚挙に暇は無い――玲姉もこの若さで爺に匹敵するだけの伝説があるわけだが……。
「誰なんですかい。この爺さんは?」
思わずギョッとして振り返ると相変わらず初対面の人に対しては清々しいほどに失礼な景親である(笑)。
「えぇ……村山さんって“あの”村山さんなんですか!?」
烏丸が驚愕の表情を浮かべている。ニタニタ顔ではないこれはかなりレアな表情で思わずコスモニューロンの隠しカメラで写真を撮ったほどだ(笑)。
「村山さんは。第三次世界大戦でのイスラエル戦線で1人で10万の敵を倒したといわれ、世界から畏れられているわ」
「いやいや、玲子さん。10万人は誇張しすぎですぞ。ほんの5万人ほどでした。それにもう20年も昔のこと。今の老いぼれではあまり役には立ちますまい」
それでもヤバすぎることには何も変わらない(笑)。そしてそれが荒唐無稽に思えないところが爺の凄みと言える。
「ひぃー! それは失礼致しました!」
景親が土下座をしている。僕から始まる初対面の人を誰なんだコイツと下に見て、偉い人だと気づいて謝るのはもう既に様式美というか恒例行事化している(笑)。
「もう、老いぼれですから皆から忘れられていっても仕方ないですからな」
「い、いえ、私の認識不足でした――!」
景親は額を擦りつけるようにしている。爺が肩をポンポンと叩いてようやく顔を上げた。
「輝君。隙を見て何を逃げようとしているのかしらぁ?」
僕が1歩1歩皆から離れていっているのは当然察知されていた。
バレた瞬間バッと逃げ出した。
が……。
「さて、虻輝様。ようやく私から教わる気になっていただき大変嬉しく思いますぞ」
爺が突然現れて、どこからともなく取り出したロープで僕の体を捕らえた。
セリフとやっている行動が全く違い過ぎる……。完全に強制執行である。
僕はかつてこの爺の指導に耐えきれずに逃亡し、弟の虻景に全てを押し付けたという経緯がある……。
夢の中ですらも反復横跳び世界選手権を開催したがる玲姉と、
細胞を破壊し尽くされた気分になったほどの恐怖の剣術指導をする爺が組んだ閻魔とサタンがタックを組んだ地獄以上の世界が誕生するのではないか? と思えるほどである……。
「ちょっ! 玲姉! 僕は爺から剣術を習うだなんて言ってないんだけど!?」
色々と想像していたら左手の震えが始まった……止めようと右手を添えるが右手も震えているので震えが増幅しただけだった。
「それじゃぁ、選択させてあげるわ~。反復横跳びで弓の雨を浴びながら飛ぶか、それとも村山さんから習うか……」
もはや死ねと言っているようなものである……。
「ひぃぃぃぃ! た、為継。い、今からウチまで来てくれるか!? また玲姉が僕をシゴキ殺そうとしているぅぅぅぅぅ!?」
コスモニューロンで思わず為継に連絡を取り始めていた。
「ハハハ! 相変わらず反応が面白いお方ですな。玲子さんからなるべく優しく一つ一つ教えていくようにと言われております」
爺が快活に笑うがどうにも信じられない。体の震えは一向に止まらない。
「ほ、本当か!? 前なんて1日10時間とかあり得ないぐらいシゴかれて体が1日で擦り切れたんだが……」
あー思い出しただけで、震えの上に体に痛みが走ってきた……。これが拒否反応か……。
「今から楽しみね……輝君の悲鳴で奏でられるハーモニーが……」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」
「ふふふ、嘘よ。本当に反応が面白いわよね。今回のプロジェクトでは1日長くて休憩時間を含めて2時間とかにしようと思っているわ。村山さんもそれで良いわよね?」
それにしても悲鳴をハーモニーにするとか悪役みたいなこと言うなよ……。
「ええ、それで構いません。効率よく短い時間で学習していきましょう。本当は1日16時間ぐらいやっていただきたいのですがな」
爺も不穏なことを後につけてはいるが否定していない。やはりこの方針は一貫しているのか? 未だに少し信じられないが僕も剣術を学ぶことは吝かではない。やはり、虻利の者としてはその伝統を引き継ぐのが相応しいように思えるからだ。
「く、くそ……玲姉にまたオモチャにされてしまったというのか……。為継今の話は無かったことにしてくれ。全く玲姉の冗談には寿命が縮むからやめてくれよぉ~」
玲姉に弄ばれるのも慣れているようで慣れていないそんな感じの際どいラインを玲姉が突いてくるから困る。お陰で心労でいつか倒れそうだよ(笑)。
「玲子さんからお聞きしたところによりますと、呼吸法については大体良いとか。やはり虻利家の男子たるもの虻利流は刀の家系。刀を自在に操ってもらわなければ困りますな」
きっと爺にはご隠居の残像が残っているのだろう。僕のようなインドア派を直ぐにそのレベルまで行けると思ってもらっては大変困るものではあるのだが……。
「は……はぁ……。ですがね、僕は刀みたいな重いものをバンバン振り回せないんですよ。というかどちらかというと僕の方が刀に対して振り回されるというかそういう感じでして(笑)」
「ふむ、とりあえずは軽めの木刀でも良いでしょう。とにかく、嫌いになられるのが一番困りますからな」
うーむ、これがあの爺とは思えない発言だよな。玲姉がどういう説得の仕方をしたか分からないが、いきなり狂気のレベルで追い込まれて足腰も立たなくさせられた昔と違って今回は本当にじっくりとやるみたいだった。
「さぁ、まずは呼吸法を行いながら素振りを行ってもらうわ。構えについては村山さんお願いします」
僕が構えるとすかさず爺が姿勢と構えをピシッと強制される。
「この構えで振ってください」
「は、はい……」
だが10回もしているうちに飽きてきた。あー、何でこんな地味な作業を何回も繰り返さなくちゃいけないんだろ? ゲームみたいにいきなり必殺技を打てないのかねぇ……。




