第14話 栄光の残像
“これは夢だと分かるフワフワと宙に浮いているような第三者的な感覚“にいた。これは過去への回顧だ。
これはまだ“学校“にいた時だろう。
当時の僕はとにかくいつも一人で学校には友達がいない。
学校の外には一人友達がいたのでその子とは遊んでいたが、学校ではとにかく孤独で存在感がなかった。
ヘタにイジメられるよりかはマシなのかもしれないが……。
「先生、できました」
僕は何やら問題を解いたのを先生に提出した。
「はぁ……君は本当にダメなんだね。いくら名家の出とは言え流石に擁護できないよ」
先生はあからさまに大きなため息を大きくつく。
僕と先生以外は誰もいない教室で、早くこの状況を脱したくて必死になって居残りの課題を出したが、何度も合っていないと拒まれ続けた。
外からは僕のクラスメイトと思われる子供たちの声がキャーキャー聞こえる。
普段はスポーツができなくて、体育では病気でもないのに見学をしたいと思うほどだ。
しかし、今は無性にあの中に加わりたい気持ちが押し寄せてくるほどだった。
ただ、スクールカーストの中で最下位を争う僕が参加できるかは分からないけど……。
「何かしら能力があれば適性に合ったコースに入れられるんだけど……。
どうにもこれではね……。この学校では君に存在価値は見いだせないよ……」
「そ、そんな……」
僕は押し返されたプリントをグシャグシャになるぐらい握った。
どうしてこんな気持ちにならなくちゃいけないんだろう。
どうしてこんなに自分は頑張ってもできないんだろう……。
どうして父上はこんな難しいことばかりをやる学校に入れたんだろう……。
どうしてここには僕に優しくしてくれる人はいないんだろう……。
もっと言うのならどうして産まれてきてしまったんだろう。
そんな無限に“どうして”を繰り返し続け、存在を否定され続けて闇に気持ちが落ちていった。
あの当時は本当に自殺を考えて、服用すればすぐ死に至ることが出来る危険な薬品を手に取ったものだ。
でも結局その薬品を口にできなかった。ようは死ぬ勇気すらなかったのだ。
僕からすると自殺できている人はある程度覚悟が決まっていると言える。ある意味僕はその時ですら“適当にしか追い詰められていない“と言えた。
そんなことを考えていたら、外が騒がしい。ここは――どうやら、eスポーツの会場だ。
「さ、世界王者こちらへ」
赤絨毯が引かれた道が見える。
会場スタッフに促された方向を見ると、どうやら優勝後の表彰式のようだった。どうやら僕は何かしらの世界大会で優勝したらしい。
僕は息を整えて背筋を伸ばして会場に入ると万雷の拍手とともに迎え入れられる。
「第38回、格闘技ゲーム部門世界大会優勝者は、見事大会4連覇を果たしました虻利虻輝5冠王です!」
満員の観客が僕の名前を次々に呼んでいる。盛んにフラッシュがたかれて眩しいがこれも栄光の光だと思うと心地よい。
「キャー! 虻輝様!」
「虻輝! 虻輝!」
皆の歓声がいつまでも続くようだった。ようやく終わったところで僕のインタビューが始まる。
「それでは今日の優勝について一言お願いしますっ!」
「厳しい戦いの連続でしたが、皆の応援があったので苦しい局面も乗り切れました! また会場に来てください! 応援ありがとうございました!」
「うおおおおおおお!!!! 虻輝! 虻輝!」
再び地鳴りのような歓声が沸き起こる!
この地面から浮き上がるような心の底から湧き上がる高揚感。そうだ! これが自分が存在している価値。あるべき場所なんだ!
もう誰にも存在価値がないだなんて言わせない!
「次回大会も頑張ってください! 応援してます!」
大会後にファンに握手をしてサインを書いた。利き腕の左腕が気怠くなってきたし、さっきまで極限の緊張感にいたが疲労が吹き飛ぶほどハイになっていた。
「こんな瞬間がずっと続けばいいのに……」
悪いことや憂鬱な事、自分が犯している罪など様々なことを忘れて気分良く過ごしたい。
ああ、分かった……こういう気分でずっと居たいから薬物に染まる人々が存在するんだ。
僕はまだ周りに恵まれているからそうなっていないだけで、いつそうなってもおかしくなかったんだ……。
2055年(恒平9年)10月25日月曜日
「はっ!」
いつものベッドの上にいる。悪い夢についてはほとんど覚えていなかったが、直前まで見た夢は覚えていた……eスポーツ大会優勝後みたいな感じだった。
時刻は5時30分……昨日死んだように眠りについてために疲労感はあまり残っていなかった。
「あの栄光を捨てろというのか……」
虻利を裏切ればもう二度とあの世界大会の場所に立つことはできないだろう。虻利が出資している世界大会は数多い。
もう、国内のeスポーツの表舞台に立つことすら許されないかもしれない。でも……。
「それだと、あの島村さんがっ! 一体どうすればいいんだ……」
「捨てるもの」と「得るもの」それぞれの選択のその両方が僕にとってはあまりにも大きすぎた。
eスポーツ王者になるための日夜の訓練と積み重ね。
チームメイトとの連携などこれまで栄光を掴み取るために行ってきた道のりは、他の人と比べて短かったかもしれないけど消して平坦なものではなかった。
その後、僕が圧倒的な力で勝ち始めるようになり、あまりに世界大会で優勝を続けるものだから今度は不正が疑われた。
ほとんど全裸での検査や脳に埋め込んだチップに改造が施されていないか調査までもが行われ、傷ついたということもあった。
「それで、当たり前だけど不正が発見できず、それで優勝した時は最高の気分だったな」
その時のことを思い出すと少し笑みが零れた。だが、今あの場に立つことができるのだろうか? 今はこの1年やって来た咎から耐えられそうにない……。
「でも、やっと手に入れた居場所なんだ」
降って沸いたような居場所ではなく自分で築きあげ、積み上げてきた結果なのだ……易々と失いたくない。
ただ、そのストレスを忘れるために薬物に頼ると言ったことはしたくない……体験したことはないが、自分が自分でなくなってしまうような印象があるんだよな。
「ただ、家での立場はないんだよな……」
居場所と言えばもう一つ家での居場所は最悪レベルになっている。玲姉からはこの話題になるたびに諭され、まどかからは罵倒され、烏丸からは遠回しで嫌味を言われる……。
かと言ってコミュ障に限りなく近い僕としてはeスポーツの同じチームのメンバーと一緒に暮らすこともあまり現実的ではないし、一人暮らしをするにしても、あまりにも生活力がないので結局のところ誰かに頼りきりになるに決まっているのだ……。
「もう、どちらとも決められないな……」
理想とすれば、双方の考えの頂点にいると言ってもいい玲姉と大王の2人に議論してもらうのがいいのかもしれない。
でも、2人は共に本能的になのか知らないがお互いを嫌っている。特に大王は議論の場に立つとは思えない。
「ピッ」
その時通知音が来た。大王からのメッセージだった。ちなみに僕への着信はかなりの量来るのだが、基本的にはAIが返信してくれる。重要度が高い物だけが返信対象となる。
『虻輝様、朝早くから失礼いたします。突然ですが、本日朝9時に『特別拘留所』に来ていただけないでしょうか?
昨日の事件を起こした暗殺未遂事件を起こした島村知美氏について相談があります。現地で虻輝様のお話を伺えればと思います。
ちなみに私は時間の都合上、生憎ですが参上することができませんので、私は通信での参加となります。
具体的な事は代理の者を派遣することになることをご了承いただければと思います』
ああ、何でこんなタイミングで下手な悪夢より恐ろしいメールが舞い込んで来るんだよ。もういっそ引き籠りになりたくなった……。