第3話 信用スコアの監視社会
僕と景親はEAIの本部と支部の周辺にある周辺住民に訪問していくことにした。こういう時に虻利の威光というのはとんでもなく役に立つ。
普通ならばアポイントメントが無ければ、居留守をつかわれたり素気のない返事でドアを開けてもらうことすらかなり難しいのだろう。
だが、インターフォンを鳴らし虻利家のIDを取り出すと相手は急いで出てきてくれる。
今のインターフォンにはIDと信用スコアが分かるような機能が備わっており、カメラで相手の姿を確認するだけで身元をある程度判別することが出来る。
僕は特別なIDのために一般の過程に備え付けられているインターフォンの画面でも“普通ではない人”が来たということが分かる。さらに、虻利の名を出すだけで血相を変えてドアを開けてくれるのだ。
ここら辺は同じような一軒家が続いている。敷地の庭もそこそこ広く中間より上の層の人々が住んでいると思われる。
「は、はいっ!」
僕の隣の景親を見るとこのお宅の新村夫人は更に固まった。
「あの、お時間よろしいでしょうか?」
「え、ああ……その……」
とにかく質問しても、まともな答えが緊張して帰ってこない。どうにも生産性のない会話が続いていった。
これならば、週間の天気の話をしていたほうがよっぽど役に立つ。
「どうにも、面白くねぇ会話ばかりでしたな」
次の家でも同じような感じで生産性の無い問答が続いていった。もしかすると、景親の存在感があまりにも圧迫感があって相手が答えることすらままならないのかもしれない――
まぁ、僕も初見で景親を見た時は木刀を狂ったように振り回していたとはいえ正直言ってビビったもんな(笑)。
「僕が思うに、主婦の方々からすると景親が怖いのかもしれない」
「えっ……俺はにこやかに立っていたつもりだったんですが……」
いや、隣にいた僕からすると、笑っているように見えなくてめっちゃ怖かったぞ。
眉間にしわを寄せて威圧してるんじゃ……とか言いたくなったが、先ほどの撃沈した様子が思い起こされ、あまりにも気の毒だと思ったことを思い出したので、その言葉は飲み込んだ。
「……そうだな。一般人が襲ってくる可能性は低いから、少し離れたところから周囲を確認して欲しい」
我ながら上手い言葉が思いついたもんだった。玲姉や為継に話術でタダでやられているわけではない。
「なるほど、そもそも危険度が高い家でしたらデータ上の信用スコアでどうなっているか分かりますからな。周囲に不審者がいたら報告するのですな」
ただ、この住宅街にもそんなに信用スコアが低い人間がいるとは思えないがな。
人や家ごとに信用スコアというのが表示されており、カード会社のブラックリストに登録されているかなどの財産状況、政府からの危険度、職業、学歴、健康状況と様々なデータがスコア化して表示されている。
ちなみに各最高100点のスコアで、5種類の合計200点未満が“問題な人間、もしくは家庭”と言われているが、そんな人間がこういう住宅街に住めるとは思えない。だから安心して質問できるという訳だ。
島村さんのように今まで行動に移さず、突然凶行を決行したような人物でもない限り大丈夫だろう。ちなみに自慢にしか聞こえないだろうが僕の信用スコアは500点満点である(笑)。500点がカンストなのが残念だなぁ~(笑)。
普通の人間ではそう言ったスコアはプライバシーの問題上、自らIDを提示してもらわないと分からないが、僕のレベルだとそう言ったスコアも正確に把握することが出来る。
地域によっては「信用スコアが○○点未満の方はお断り」といった住宅街やお店なども存在している。
このように信用スコアによる階層社会化が進んでいる。これも、反虻利の団体からすると批判の的になっている。
ただ、このような管理社会が未然に犯罪を防止しているというのも事実の一つではある。
何事もプラスの面とマイナスの面があるのだから一概に言い切ることができないのが難しい世の中だ。
しかし、こういった信用スコアは便利な面もあるが監視社会の基盤を支えており、“通報”と言った形で他人のスコアを減らすこともできるので他人同士の監視を自主的に行ってくれてもいる。
やはり存在してはいけないシステムだと思う。
「そういうことだ。まぁ、景親がいるだけでヘンなことをしようとする奴も下手な動きはできないだろう」
虻利の威光があるというのはメリットではあるのだが、デメリットにもなりえるだろう。容易に真実を語ってくれるとは限らないからだ。そこで玲姉から出かける前に直伝のトーク力を見せよう。
これまでもチャンスがあったじゃないかって? ーーさ、さっきまでは景親の前にまともに相手が返答できない状況だったから(震)。
「こんにちは、虻利家の者ですが馬場さん。今、お時間よろしいでしょうか?」
インターフォンでそう言うと、向こうから慌ただしい音が聞こえてくる。
「はい、なんでしょうか?」
40代ぐらいの主婦が出てきた。余程急いで出てきたのか髪の毛もまばらだ。
「実は最近、この近くで不審な人物を目撃され、その人物が暴れまわったとの情報があるのですが、何か心当たりは無いですか?」
「い、いえ……」
それもそうだろう。“不審者“は景親のことなのだから実はこの問題は解決している。問題はここからだ。
「別に、責めているわけでは無いです。事実を教えて頂ければいいのです」
僕はこの時、笑顔であることに務めた。玲姉にアドバイスされたことはとにかく笑顔で対応することだった。
意識したことは無いが、僕の笑顔は結構人を安心させるらしい。逆に仏頂面の時は他人をかなり緊迫させるらしいので笑顔でいなさいととにかく言われた。
「この町内ではEAIの本部がありますよね? ここから数百メートルほどしか離れていないと思います。彼らの犯行の可能性もあると思いますが、どう思われますか?」
「EAIの方々はそんなことをする人たちでは無いですよ。確かにちょっと変わった人たちが多いようですけど、暴力的な行動をするんじゃなくてむしろ逆です」
「というと?」
「EAIの組織の人は地域のコミュニティの掃除にも参加していますし、町内会の役員をされている方もいます。地域に馴染んでいる方がほとんどですよ」
意外だった……特攻局が注目しているぐらいなんだからいかにも反社会的なのかと思いきや――いや、逆に安全っぽく馴染んでいるから検挙できないのか。
「あ、そうなんですか。貴重な情報をありがとうございます。何か他に困ったことがありましたらいつでも虻利家に言って下さい。ちょっとしたことでも皆さんのお役に立ちたいんです。連絡先はこちらです」
“虻利家は怖い組織“という固定概念を捨てさせるようにできる限り優しくしなさい“と玲姉に言われている。
これはかなり小さな活動ではあるのだが、地道な活動無くしてイメージを変えることはできない。虻利改革には絶対に必要だと言われ、確かにその通りだと思い僕はできるだけにこやかに優しく話した。現にこの馬場さんという主婦も当初の緊迫した表情からはかなり余裕を持って話をされている。
「ありがとうございます。必ず報告させていただきますね」
コスモニューロンのアドレスを交換し合い馬場宅を後にした。
そもそもの話として、信用スコアが高い地域に本部が置けると言うことは、代表者・関係者もそれなりのスコアの高さが窺える。余程こじつけないとスコアが高い人を急に逮捕できないから、特攻局が困っているのもあるのだろうな。




