第2話 情報収集任務
「では僕はこれで……」
ふぅ、これで仕事を振ったところで僕は平和にゲームをしよう。今日こそは次の世界大会の準備を――。
「ちょっと輝君待ちなさい。まさか、輝君自身はサボるんじゃぁないでしょうね?」
肩がビクリと自然に反応すると共に突然目の前に壁が出来たように自然と体の筋肉が硬直した。逃げても無駄な上に痛い思いをするだけだから体が自然に止まったのだ。
「え……これって僕の出る幕があるのか? そもそも、コスモニューロンを導入してる人ってどうしようもなくないか?」
やむを得ずに振り返って玲姉に向き合った。もう半ば諦めだ。
玲姉はチッチッチッと人差し指を横に振る。その仕草すら美しく思えるのはズルいと思う……。
「輝君は外部からの情報収集という役割を与えます」
僕は盛大にため息を吐いた。今回こそは何もしなくて良いと思ったものだが、一瞬で打ち砕かれたのだった。
「“与えます”って、玲姉はこの万屋という組織で僕より上だったんだ……一応僕は代表と言う立場なんだけど……」
「最高顧問よ。そもそも輝君の保護者なんだから問題ないでしょう?」
「はぃ……」
いや、いつ就任したんだよ――なんて言おうものなら鉄拳が飛んできて強制的にこの場で就任することだろう。ただでさえ筋力が昨日・一昨日で低下しているのに一撃が飛んで来たらもう立ち直れないので何も言い返す言葉は無かった。
どの道こういう感じになると、理論が通じないとなれば物理でゴリ押ししてくるだろうから争うだけ無駄なのだ。最近の出来事で特にそれを悟った。島村さんも今回は抵抗が少なかったのも僕がボコボコにされているのを見て同じように悟ったからだろう……。
「それで、なんで外部から情報収集をする必要があるのさ? 潜入捜査が本来の命じられている任務なんだからサァ。そんなことをする必要ないんじゃないの?」
「輝君は分かっていないわね~。社会人は上から命じられたことだけをやるようでは本当の一流とは言えないのよ。頼んできている側が何を困っているのかを本質的に見極めて汲み取り、それにのっとったことをやるのが理想的ね」
「ほぉ~~」
流石に経営者としても一流なだけのことはある。こうやって社員教育をしているから、玲姉が社長に就任しているBUD社も急成長しているのだろう。
「お兄ちゃんも経営者なんじゃないの? なぁに納得しちゃってんだよ~」
まどかがニヤニヤしながらどついてきた。
「まぁ、僕は副社長と言っても血筋で就任しているだけだからね(笑)。実力で成り上がったわけじゃないからそういうことを全く知らない(笑)」
大体僕に部下みたいな人がいないからな――敢えて言うなら為継や景親みたいな何だか知らないが気が付けば一緒にやっている奴らだし。しかも、本人たちがとても優秀だから僕が教育することもないし(笑)。むしろ学ぶことばかりだし(笑)。
「今回のことで特攻局がやって欲しい本質は“潜入捜査“ではなく”EAIがどういう組織なのか?” ということ。そうなると内部の評価だけでは足りないわ。
外からの客観的な評価も必要なのよ。内部評価・自己評価だけでは目標としている活動そのものは分かっても他者からの視点という意味では歪んで見えてしまうからね。
ということは、その周辺に住んでいる人たちがEAIに対してどのように思い、考えているのかを把握する必要があるわけね」
「はぁ……そうなんですか」
おい、為継。分かりやすく解説してくれ――と隣にいたら思わず言いたくなったが、隣にいるのは残念ながら同じように目を丸くしている景親と、同程度の知能しか無さそうなまどかだけである。とても生産性のある回答は望めなかった。
「イマイチ、ピンと来ていないようだけど……例えば輝君は自己評価はどんな感じ?」
「そうだなぁ、圧倒的なイケメンで金持ち! そしてプロゲーマーとして絶大な強さと支持を持っている! ――って、どうした皆!」
景親以外の周りの皆が全員、物理的に少し下がっていった。
「ちなみに私から見た評価は、家からほとんど出ずに怠惰な暮らしをして、私が面倒を見てないと、何でも安易な方向に流れようとする。あらゆる地位は虻利家が提供しているのに乗っかっているに過ぎない――こんなところかしら?」
「ちょっと! それって、事実ではあるかもしれないけど、あまりにも悪いところしか取り上げていないんだが!?」
「あたしから見てもそんな印象~!」
「私も玲子さんの評価のほうが納得できます」
まどかと島村さんからも容赦なくそんな言葉が浴びせられた。この三者連合の連携は今日も絶好調で僕を的確に叩きのめす方法を知っている――本当に昨日心配していたのと同一人物たちなのか!?
「心配しないでください虻輝様! 俺は虻輝様が言っているようなイメージだと思うようにしますから!」
「……それって今は思っていないということだろ?」
「えっ……まぁ……」
景親の発言も僕を擁護してくれようとしているのだろうが、あまりにも率直過ぎてそれはそれでメンタルにクルものがある……。
「という訳で、自分の評価と他人の評価というのは大きく異なるわけ。ここまで違うというのもなかなかないと思うけどね~。これは組織に関しても言えていることなのよ」
もう、下手に反応するとさらに傷に塩を振りかけられるので、反応しないほうがメンタルの上では安定する(笑)。
「ああなるほど。自分たちが“こういう存在“だと思っているのと、実際に他人から見られている評価が違うということか」
「そういうことよ。だから輝君の行う仕事というのは意味がある活動なのよ」
「なるほどね」
玲姉がこうやって社員に対して“分からせている”ということが疑似的に分かって違った意味で良かった――僕の仕事がおかげさまで増えてしまったのは全く嬉しくなかったが。
「あの、俺も虻輝様と一緒に活動していいでしょうか? 一応虻輝様のボディーガードとしていますので」
景親は先日玲姉にフルボッコにされたこともあってか玲姉に対してはもはや畏怖の念を持っている感じがする……。
「そうね。輝君を1人にするとこの間みたいにあっという間に拉致されちゃうからね~」
「ちょっ! 知らない景親にまでそんなこと伝えなくても!」
「なるほど。それだけ虻輝様は有名人なのですな」
「フフッ、それがわざわざ危険なそうなマフィアの取引みたいなところに首を突っ込んでそれで拉致されたのよ~」
「ほぉ……流石は虻輝様、身を挺して悪を裁こうとしていたのですな!」
景親は相変わらず僕に対して好意的だ。
しかし、あの事件の実情は、陰から僕がコソコソ見ていて決定的な場面を特攻局に通報しようとしていたところを惨めに拉致されて、玲姉達に助け出されたというみっともない事件だった……。これ以上景親の中にある僕のイメージ像が崩壊しないように言わないでおくけど(笑)。(第2章40話)
「それにしても嬉しいなっ! 知美ちゃんと2人で活動できるだなんて!」
まどかはそんなことを言っていた。本当にいつも素直に感情をぶつけている奴だ。
「私もまどかちゃんと一緒に過ごしてみたかったんで嬉しいです」
島村さんは相変わらず僕には見せない笑顔を玲姉やまどかには見せる。相変わらず、理不尽に玲姉から仕事をさせられるのはどうすることもできないが――何か懐かしい日々が戻って来たなと思った。
こうして、ヴァーチャリスト事件から一息つく暇も無いままに僕たちの新しい活動が始まった。




