第1話 特攻局の戦術
2055年(恒平9年)11月5日金曜日
特攻局も地に落ちたものだな――と言おうとしたが流石にそれは失礼だと思った。
「特攻局も地に落ちたもんだよね~。お兄ちゃんなんかに頼むんだからさ~」
「ブフッ!」
僕が思ったことをまどかがこともなげに言い放ったもんだからお茶を吹き出してしまった……。
ゲームにダイブをしていたりしたので、感じることは少なかったが、気が付けば大分日が短くなり上着が無いと寒さを感じる日々になってきた。
しかし、そんな季節を感じるほど余裕を持っていた明朝にとんでもないところから万屋に対しての仕事要請があった。早速朝食後に会議を開くことにした。
「突然だけど皆、万屋へ特攻局から依頼があった」
昨日の夜の“嫌な予感“は早速的中してしまった……明朝に特攻局で建山さんの直属の部下に当たる仁科さんと言う人から連絡があったのだ。
建山さん直々では無かったとは言え“有無を言わさない”雰囲気は変わらなかった。
悪い予感ばかり当たるのだから二度と来てほしくないと思えるのだが……こればかりは本当に避けようがなかった。
「えっ……それは本当ですか? 特攻局から学校のサークル程度のレベルの私達に対して仕事だなんて冗談としか思えません」
島村さんは聞いた途端、露骨に嫌な顔をした。虻利家の権力維持に絶大な貢献をしている特攻局のことなど考えたくも無いだろう。自分も監視対象だったのだから尚更だ。
「まぁ、しかし麻薬所持の現行犯逮捕や景親の事件も解決したり、昨日は特攻局の幹部である建山さんと共闘したしな……。
こんな感じで、他のサークルとは一線を画す成果を挙げているから評価も上がってきたのだろうね。
なんやかんやで僕が運営を務めているって言うのはかなり大きな理由ではありそうだけど……」
「その特攻局の建山さんいうのは女の方なの?」
「そうだけど玲姉何か……」
そう言っている玲姉の顔、怖すぎるだろ……。
笑っている筈なのに笑っていないあの状態になっている。特に今日の玲姉の目はヤバく、目を合わせた瞬間血の気が引いた……。
「あまり見ず知らずの人と仲良くしないで欲しいわね」
「う、うん、分かった……」
これは関東で一番偉い人なんだから大丈夫だよとか言ってもきっと無駄だ。経験則上ここは素直にうなずいた方が平和的解決に向かうんだよな……。
「それで? 具体的にはどんな依頼なの?」
まどかは興味がありそうだった。好奇心旺盛なガキと言う感じのイメージから変わらない。
「それが反アンドロイド団体EAIに対する潜入捜査だそうだ」
「潜入捜査なら任して下せえ! 身を挺した活動なら俺がやりましょう!」
景親はヴァーチャリスト事件で僕を護衛できなかったことをかなり負い目を持っていたようだった。恐らくはここで挽回したいのだろう。
だが、景親はゲームは苦手らしく、コスモニューロンは連絡でしか使っていないらしい。知ったところで結局のところ地団駄を踏むしかないようだが……。
さて、ここで反アンドロイド団体とは一体何なのか? ここで少し解説しておこうと思う。
成果主義を掲げる虻利家に対して、何の才能も実力も無いと絶望し、無気力になる人々がいる。体が不自由な人に対しても、様々な補助器具やバーチャル空間での仕事、など様々なやり方がある。
しかし、やる気そのものが無い人々に対してはどうすることもできない。そのような人々を焚き付けているのが虻利家が反アンドロイド団体と呼んでいる団体だ。もっとも彼らは自分たちのことをAI排除団体を英語にしたEliminating Artificial Intelligenceを略してEAIと呼んでいる。
彼らEAIはAIが原因で仕事を奪い誰でもできる仕事が失われたせいだと主張する。そしてAIを前面に推し進めている虻利家を敵視しているのでは? と言う疑惑がある。
特攻局としては何かしらの捏造するにしても“それらしい根拠”が欲しいのだろう。
「いやぁ、この依頼には“条件”が必要で特攻局にはその条件を満たす人材というのが存在しないんだよ。僕も条件を満たしたいないし、景親もダメだろう」
そう言いながら僕は仲良し女子3人組を見据える。景親は一蹴されたので僕の眼の端で肩を落として机にバタリと突っ伏した。もう、気の毒になるぐらい撃沈している。
「え!? 私達がですか?」
「そう、この特攻局の出した条件というのが、“コスモニューロンを導入していないこと“というわけだ」
特攻局に所属するような機密保持をでき且つエリートというのはコスモニューロンを導入しなければとてもやっていけないだろうからな。
潜入捜査には全く向かないと言うことだ。
「なるほどね。反アンドロイド団体EAIに加入する条件がコスモニューロンを導入していないことなわけね? 機械を体の中に組み込んでいる人物が反アンドロイドに賛同しているはずがないというわけね。特攻局が依頼してきた理由というのが分かったわ」
「流石は玲姉。察しが早い。EAIは特にコスモニューロンを導入しているかどうかに対してはかなり敏感でそれが最大の加入要件みたいなんだよね」
玲姉が引き受けてくれたらたちどころに全ての問題が解決しそうなものだが――。
「申し訳ないけれども、私は仕事の用事があって日中そんなに空けておくことができないの。もっとも、私は結構虻利側の企業として顔が売れているから、そもそもそういう団体の仲間に入れてもらえるかが怪しいけれどもね」
ですよね~(笑)。
確かに相手の敵視の範囲というのがイマイチ分からんが、一般的な知名度の高さは玲姉もかなりのものがあるからな。
実際の玲姉の考え方はかなり反虻利に近いものはあるのだが、EAIからみたらそんなことは分からないだろうし、有名イコール虻利に取り入っていると思われても仕方ないだろう。真っ先にスパイだと思われなかねなかった。
「と、いうことで2人に頼みたいんだ。大丈夫か?」
「うん! あたしは平気!」
「ただ、まどかちゃんは学校はそんなに休んで大丈夫なの? ただでさえテストの点数が怪しいのに……」
「あ……」
まどかが固まると玲姉が不気味な笑顔になった。スッとまどかの両肩に手を置いた。
「大丈夫よ~私が冬休みになったらタップリと補習してあげるわ~。頭から煙が出るぐらいにね~」
「アワワワワ……」
まどかが泡を吹きそうなぐらいに顔が青くなってフラフラしている。自業自得だ――なお、僕も勉学の上では他人のことが言えない模様(笑)。
まどかは勉学の問題はあるが、とりあえずは良さそうだ。だが、問題はさっきからずっと表情が冴えない島村さんだ。話題が振られないようにいるのかいないのか分からないような気配になっている。
「……やっぱり、特攻局の仕事というのは積極的にはできないか?」
「私の家族は特攻局の人々に常々監視対象にあっていました。私もかなりのストレスを感じて生活をしていたのを覚えています」
特攻局も監視対象になっていると思われないようにするのが仕事のはずなのだが……経験の浅い人物が担当についたのかもしれない。それもある意味不幸だと言える。
ただ、コスモニューロンの監視にはあらゆるシステムを使えば容易にできるが、利用していない人々の監視というのは案外難しいものはある。特攻局が人員や時間を大きく割いているのは実はそういう非コスモニューロンの人々なのだ。
「知美ちゃん、私も色々と思うところはあるわ。でも、虻利家に対して目を付けられることほどデメリットは無いのよ。ここは力をつけるまでは下手に出て相手からの危険度を下げておくことが重要なのよ。こういった決断をしていくことが大人としての判断になっていくのよ」
島村さんはいわゆる本音と建前みたいな状況に陥っているという訳なんだろうな。
玲姉みたいにうまいこと生き抜ければいいんだがな……玲姉も虻利家・特攻局が目をつけていないとは思えないのがそれを逆手に取り、表向きだけは旗振り役をやっていながらいつでも牙を剥けるように日々機会を窺っているのだ。
ただ、今の状況では特攻局も易々とは手出しできない。玲姉はその点上手いこと“虻利家の成果主義重視“を上手く活かしている。
「……そうですね。我儘を通すのは子供のすることですね。
――分かりました。引き受けます。
ですが、魂まで売り渡すわけではありませんからね」
島村さんは今回は玲姉の説得にあっさり応じた。彼女自身にも何か変化があるのかもしれない。しかし、僕を睨んでくるのは勘弁してほしい……。
「島村さん。ありがとう。早速特攻局に連絡するよ」
「待ってください。まだ聞きたいことがあります。まず、潜入捜査とはいっても内容や期限はどうなっているんですか? そしてその間の学校や大学の出席についてはどうなるのでしょうか?」
とにかく島村さんは真面目で僕が思いもつかないことを心配してくる。僕はそんなこと頭の片隅にもよぎらず大学を休めてラッキー! とか思っちゃうけどさ……。
「ふむ、島村さんの心配はもっともだよね。担当者に連絡してみるよ」
全く考えていなかったとか言うとまた軽蔑の視線を送られてしまう。僕は島村さんの責めてくる突き刺すような視線は好きではない。
直ぐに、特攻局担当者仁科さんに連絡して質問をした。島村さんの懸念点を洗い出しながら、10分ほどのやり取りを行った。
「えっとね。大学の単位については特攻局から直接大学に話をつけて出席扱いにするうえで、その分の点数も考慮されるということだった。
潜入捜査についてはプロとしての内容を求めているのではなく、相手がどういう考え方をして虻利家に対してどう思っているのか、どんな人たちが集まっているのか、そういう客観的なデータを知りたいんだそうだ。
EAIは一体何を考えているのかのデータすらまともに存在しないらしいからね。期限は次の日曜日までで1日は休んで良いそうだ」
島村さんはどうやらホッとしたようだった。島村さんは大学について重視しているようだ。僕は大学なんて卒業できりゃ何でもいいかなとか思っちゃうけどね(笑)。
「分かりました。そういった条件でしたら私も玲子さんに雇われている身の上引き受けないわけにはいきません」
「いやぁ、良かったありがとう」
僕が知っているEAIの情報というのも正直って“印象”として流れている情報に過ぎない。特攻局ももしかしたら僕と同程度のレベルかもしれない。EAIに潜入捜査をしようとしているのもわからなくも無かった。




