第55話 次なる気配
真犯人の可能性は、正直なところ誰でもあり得る。獄門会と繋がりがあるかもしれない玲姉や島村さん。デバックをして僕を支援しているように見せかけながら実はデバックをしていなかった可能性がある為継。そして、僕の身近で行動していたハイスペックな建山さんと輝成。ここら辺が要注意人物と言える。
「いやぁ、本当に工藤君が無事で良かったよ。
正直なところ、肝が冷えたね。里山が思い切って飛び込んでくれて助かったよ」
せっかくなので工藤君や里山とも連絡先を交換した。この2人も無害そうにしているが、僕に付いて来れている時点で“真犯人”と言う可能性はある。
近日中には犯人は分からないかもしれないがね。
「虻輝様。これで安全にログアウトをできることになりました」
「ああ、そうなの。それじゃ試しにやってみるか。皆! ついにログアウトも大丈夫みたいだよ!」
と、ログアウトができるようになったと皆に告げたが他の4人も凍り付いたように誰もログアウトしようとしない。沈黙して張り付けたような笑顔を浮かべているだけだ。
意識が戻りませんでした――となったらお話にならないからな。
「あ、それじゃぁ僕が先にログアウトするよ。大丈夫そうならもう1回ログインするからね」
それが虻輝の最期の言葉となったのだった……とはなりたくないが、誰もログアウトする勇気が無いのだから仕方ない。
後はどうにでもなれ! と思いながらログアウトのボタンを震えを抑えながら思い切って押して――。
「――はっ! ここは!」
チューブのような管を外しながら僕はバッと飛び起きた。ゲームにダイブする前と同じ自分の部屋だ。ちょっとの間休憩をしに戻った時以来だ。ダッシュをしてトイレに行き、お菓子を食べたのが今や懐かしい。
「おお、虻輝様。ご無事に意識を取り戻されたのですな」
「丸山君が担当してくれたんだね。ありがとう。お陰で何とか大丈夫みたいだ」
虻利家の専任ドクターの丸山君がゲッソリとした表情でこちらを見つめている。恐らく休憩なしで取り組んでいてくれたのだろう。
体を動かして見ると節々が何となく動かしにくい感じはあるが、“ただの運動不足”程度のレベルだ。
足に地面をつけてみると――ヴァーチャル世界では感じられない“地面”といえるカーペットの感触を感じられた。
「小早川さんが尽力して下さったお陰ですよ」
為継は体力も無限にあるのだろうか? 飄々とした表情で僕を観察している。
「意識と元のお体が無事に接続されたようでとても良かったです。最悪の場合、意識だけが隔離されてしまった際の手配も進めていましたから」
何とも言えないことを為継が言ってきた。科学技術局ではリアルな体を移し替える実験も行われている。
それは非常に成功率が低い実験だが成功はしているらしい――最悪は今の体とは違う体に移る可能性もあったのかと思うとゾッとする。
手を開いたり閉じたり、足を伸ばしたり戻したりというこれまで“当たり前”だと思えたことができるのがとても嬉しかった。
「何だかんだで、この世界でこの体で動いていきたいものだよな。
そんなことを言って体が戻ったところでアレだが、一瞬だけまたヴァーチャリストの世界に戻ろうと思う。
実を言うと皆、体と無事に戻れるか不安で僕以外戻っていないんだ
もう大丈夫だと伝えないと」
「ほぅ、そうでしたか。輝成などがそのようなことで怖がるとは――まぁ、無理もありませんな。その点、虻輝様は勇気があられますな」
「まぁ、ここまで来たらあまり怖いモノはないね。それじゃ、また行ってくるわ」
どっちかって言うと玲姉が今どう思っているかの方が遥かに怖いわ……。
僕はそんなことを考えながら再びヴァーチャリストの世界にダイブした。
紫色の世界が出迎えるとみんなの表情には不安と希望が入り乱れていた。
「皆! 無事に元の世界に戻ることができた! 体も無事に動かせたから、多分もう大丈夫だよ!」
おぉ! と言うような歓声が上がる。皆のホッとしたような表情を見ると多少のモヤモヤしたモノは残るが、本当にここまで粘って解決まで辿り着けて良かったと思えた。
「では、失礼しますね。休暇の取りすぎで部下から叱責されてしまいますから
いずれはリアルの世界でも改めてお礼差し上げますね」
建山さんが真っ先にログアウトしていった。かなり忙しそうな身だからな……。
“お礼”が何となく怖いような気がするのは僕の考え過ぎだろうか……。
「私も仕事に戻らなくては――休んだ感じがしませんがね。虻輝様、またお会いしましょう」
輝成もそう言ってログアウトしていった。様子からすると問題無さそうだった。リアルでもゲームでも頼りになって信頼できるなと思えた。
「虻輝さん。また連絡しますね」
「また戦いたいモノダナ」
工藤君や里山もそう言ってログアウトしていった。これで大丈夫だろう。何だか肩の荷が下りたような気がしてその場に崩れながら僕もログアウトした。
「フヒィ……皆も無事にログアウトできてそうかね?」
リアルの世界に戻ると真っ先に為継に聞いた。
「ええ、大丈夫のようです。虻輝様と同様、多少の運動不足のような筋肉の減少がみられる程度です」
それはそれで問題とは思うが、その程度ならばすぐに日常生活に戻るだろう。
僕も肩の荷が1トンぐらい降りた気持ちになり再びログアウトした。
「ふぅ……とりあえずこの事件も一件落着と言うところかな?」
「何やら解せない表情をされていますが、犯人も逮捕されたのですから問題ありません」
「うん……」
為継はそう断言するが、僕の“カン”は相変わらず“違和感”を残したままだ。
為継の表情を見ても何かを隠しているかどうかは全く分からない。僕とは知能の差がありすぎて隠していたとしても暴くことは難しいだろう。
「お兄ちゃん! 意識が戻ったんだってッ!」
部屋のドアの中央部分がへこみながら目の前まで吹き飛んできた。
頑丈だったはずの扉がおでこを掠めて危うかった――また、違った意味で命の危険を感じた……。
「あ、ああ。なんとかな」
「ふえぇぇぇん! 良かったよぉ!!!!!」
まどかが僕の膝に泣きついてきた……。
「ちょっと心配かけちゃったみたいだな。迷惑をかけた」
僕がまどかの頭を撫でると、今度は上半身に柔らかい衝撃が訪れた。
「ホントよ。全くこれだからゲームは困るわね――今回はゲームの要素とはあまり関係なかったみたいだけどね。本当に良かったわ――」
玲姉はそう言いながら僕を抱きしめた。どうやらちょっと泣いているみたいだ。
「こ、これは泣いているわけではないわ。さっきまで飲んでいた紅茶よ……」
玲姉、流石にそれは苦しすぎる言い訳だろ……と言いたくなったがそれだけ心配していてくれたのだ。
島村さんも2人から少し離れたところに立っているが、少しホッとしたような表情をしている。
以前の僕ならばここまで心配されなかったのかもしれない。“自業自得じゃない?”とか言われていそうで……。全く何も成し遂げていないが、少しでも立ち返れて本当に良かったと思える瞬間である。
それと同時に先ほどまで、“真犯人“の1人として玲姉を疑ってしまっていた僕が本当に情けなく思える。
いくら相手の思考を読めて、圧倒的な知能を持っているとはいえ流石にコスモニューロンにアクセスできないわけだし――何よりこんなにも心配していてくれていた。
わざわざ僕たちを危険な目に合わせるメリットがあまり感じられなかった。
玲姉はどちらかと言うとリアルの僕に対して鍛えて欲しい感じだし……。
「明日からは平穏無事に過ごしていきたいものだね。ボーっと大学の授業を受けて、そこそこ訓練して1日を終えたいものだよ。
“普通の1日”がどれだけ貴重なのか分かったね」
と言いつつも何だかとても嫌な予感がしたのは言うまでもない。警笛のようなものが脳裏に鳴り響いた。
最近の傾向から言って“何か明日からもある”と思わせるモノがあったからだ。
玲姉やまどかもそれを察してなのか微妙な笑顔を浮かべている。やめろ……2人がそう言う顔をすると余計にこの予感が当たりかねないんだ……。
玲姉の作ってくれたホカホカのご飯を食べ、他愛もない会話をしているこの時間が本当に貴重だった。
色々なことに感謝し、噛み締めてご飯を食べて力尽きたようにして沈み込むように眠った。




