第53話 自爆脅迫
油断は本当に禁物だが相手が分かってしまえば、解決したも同然と言える。
崎家の一連の動きに関して多少の違和感を感じなくも無いが、一刻も早くこの局面を打開するための動きが出来ることは間違い無かった。
為継のハッキングは抜群の力を示している。あの後の攻勢が全くないというほど静かだ。更に崎家の動きは完全に把握しているので2時間ほど休んだ後、すぐさま向かうことにした。
「ようやくこのゲームから脱出できるかもしれないんだな。油断は本当に出来ないが、展望は見えてきた」
「どうやって攻め込みましょうか? 相手も攻めてくることを前提に罠とかを仕掛けている可能性があると思うんですけど……」
僕が楽観的なことを言うと工藤君がすかさずそんなことを言ってきた。
「しかし、サイバー防御においても絞ることで極力介入を防いでいるわけですから、私たちの入れる場所も限られている可能性があります」
「それはありそうだな。崎家は為継が最初に示した位置から全く動いていない。
つまりここで迎撃することにかなり自信があると言うことだ」
ある種の不気味さがあった。だが、為継にこの会話をしながら裏で調査をさせても別段特別な攻略方法は分からないと言うことだった。
「ここは正攻法で攻めるしかないな。体力もある程度戻ったことだし、ここは相手の術中に嵌まるようで嫌だが行くしかない」
ここにいる誰もがリアルでの生活がある。時間が惜しいのはあった。
まだ2日目だが、これ以上長引けばリアルの体が動かないことにより、リハビリ生活になってしまうかもしれないからだ。
僅かな日数でも全く動かなければ筋力は大幅に低下してしまう――と暇な時間に調べてさっき知った(笑)。これは玲姉に怒られるよりある意味恐ろしい……。
「でも大丈夫ですよ。こっちには世界王者がいますからね」
建山さんが笑顔でそんなことを言ってきた。気軽にそんなことを言わないで欲しいモノである。
正直、リアルの体と半々の状態になってから筋肉痛が本当に酷く、かなり無理やり動いている感じだ。
本来の動きにはこれでもかなり程遠いのだがとにかくやるしかない。
僕たちは崎家の待つコントロールセンターのような場所に辿り着いた。
ここまでほとんど何も妨害が無く来ることができてしまったというのは、これまでの経緯を思い起こすと逆に不気味さを感じた。
周囲の全面の紫色の壁に恐る恐る触れてみると、電磁波みたいな痺れを少し感じた。
こうした場所から突如として攻撃が飛んでくる可能性もあることから身構えた。
床は歩ける場所が限られており、その中央に崎家が待ち受けていた。
「ようやく来たか。待ちぼうけたぞ」
崎家は妙に落ち着いている。一体何を狙っている?
「無駄な抵抗を辞めて投降するんだ。今投降すれば、多少刑も軽減されるかもしれないぞ」
罪に問われるだけで現実は大王に“治験”されてしまうので手遅れだし、崎家の性格的にここで投降するようには思えないが“形だけ”だ。
というのも、敵に至る道が1本道なので出方を窺いながら隙を見つけ出そうとしている。
「虻輝さん、ここは僕が行きましょう! 先陣を飾って見せます! たああああ!!!!!」
工藤君は何か吹っ切れたのか――そう言うと恐れを知らずにササッとと道を突っ走っていく。
「待つんだ! もうちょっと様子を見てから!」
と言ったところで、もう遅かった。工藤君は実にあっさりと崎家に捕まってしまった……。
「も、申し訳ありません私が近くにいながら……」
輝成がそう謝ったが正直なところあまりにも唐突だったので、驚いている間にもう行ってしまったと言った方が正確だろう。
「ハハハハ! 馬鹿な奴め! せめて強い方から来ればよかったものの」
崎家は何を考えているのか工藤君をロープで羽交い絞めにすると工藤君の頭に銃を突きつけた。
「な、何のつもりだ……」
「お前達や外からハッキングしてきている奴らに要求する! このヴァーチャリストの世界をこの俺専用にしろ! 要求を受け容れないのならばこのガキを殺すぞ!」
そう絶叫しながら崎家はバッと上着を脱ぎ棄てる。驚くべきことに爆弾が体中に巻き付けられている! やっていることが最早正気とは思えない!
「この体は、このゲーム全体と繋がっている! つまり俺が起爆することでこの世界語と吹き飛ぶぞ! そうすればお前らも一緒に木っ端微塵だ! ハッハッハッ!」
この紫色の壁はそう言うことだったのか……。
「崎家の対応は私に任せて、小早川さんと連絡してください」
建山さんがそう囁いてきた。あ、ありがたい……」
「為継、状況は把握しているか?」
「ええ、そちらのやりとりは聴こえています」
「あ、ああ……どうすればいい?」
「私の分析によりますと、崎家と紫色の壁を繋ぐ肉眼では見えないコードのようなものが存在するようです。そのコードを斬ることができれば、ヴァーチャリストの世界ごと道連れにされることは無くなります」
「だ、だがそれだと工藤君はかなり危なくないか? 身柄は確保されている以上、崎家が世界を破壊することに失敗した場合、人質を間違いなく無事では無いと思うのだが……」
為継ならば何かいい作戦があるのではないかと正直期待した。
「残念ながら、基本的には人質は救えないと思っておいたほうがよろしいでしょう」
「そ、そんな……」
「絶望なさらないで下さい。むしろこれは、その世界から脱出するための最善の方法なのです。崎家さえ止めることができれば問題なく意識が戻るでしょう」
どこかで聞いたことがあるようなセリフだ――大王が『人類の進化のために必要な犠牲』と言っていたことに近いとすぐに気が付いた。
もう誰も周りにいる皆を犠牲にしたくないと思ったのに、またしてもこのような状況になってしまうとは……。
「……最終的には虻輝様のご決断次第です。より良い選択とそれに伴う結果をお待ちしております」
あまりにも僕の返信が遅いので為継はそう小さく呟いて連絡を切ってきた。
僕は視界を彷徨わせてようやく、捕まっている工藤君の顔を見た。その表情は思ったよりも恐怖で怯えているという雰囲気ではなかった。
むしろ僕の方が真っ青になっていることだろう。
何か奇跡的なことが起きて工藤君が助かる方法は無いものだろうか……。




