第13話 上に立つ才覚
玲姉は僕の様子を少し心配したような眼になるが、それでも話を続けた。
「あと、輝君ならではの見過ごされ方というのもあるわ。
まずは輝君は反旗を翻しても容易には虻利家も消すことはできないということ。
理由としては虻頼さんや大王さんのお話を聞く限りだとどうにも輝君に自主的に虻利の事業に参画して欲しいからよ。
そうなると殺されたり、洗脳されたりする可能性というのは低いのではないかしら?」
確かに、玲姉の言う通りご隠居や大王の話を聞く限りにおいてはそうだ……だが……。
「だが、極端に悪い結果に転んだら全てを……全てを失うかもしれない。あまりにも相手が強大でリスクが大きすぎる」
虻利は地上のほぼすべてを掌握しているといっていい。
更に僕がテロリストに合流しようにもこれまでのやって来たことがやって来たことだし、僕の存在自体が何かの罠だと思い到底信用してもらえるとは思えない。
つまり今の地位を失ったら最後、どこにも居場所はないのだ。
「ところで、輝君は生きる意味って何だと思う?」
「な、なんだいきなり」
あまりに唐突で面食らった。
最近の玲姉の傾向からして、話題が急変するということは何か意図があるに違いない。直球で言ってこないで僕に考えさせる方法をずっと取っている。
玲姉が決めつけないで僕に答えを出させようとしているところが玲姉の頭の良さを感じる。
「別に、目標とかでも構わないわ」
「うーん、よく考えてみれば朝会社に行くときに美甘に話したことなんだけどね。
皆が幸せで生きる価値を見出せる社会、皆が安心する居場所を作っていきたいと思ってるね」
玲姉は柔らかく笑った。思わずこちらもホッとするような笑顔だ。
「そうなのね。私も似たような感じね。
生きる意味についてはいつも考えているんだけど。
誰かのためになりたい、できれば世界のためになりたいと考えているわ。
その大きな全体方針に合っているかどうかで意思決定をしているのよ」
「玲姉ほどあらゆる力を持っているなら如何様にも変えられそうな気がするね」
「でも、私では決して及ばないところがあるの。それは努力や実力では解決できるものではないわ」
「え……一体何なんだ」
“人類最強”とも言っていい玲姉にできないことなどありえない気がする。
「それは産まれた際の境遇よ。努力で解決できない領域というのは必ず存在するの。
インドの初代首相になったネルーは
『人生はトランプゲームに似ている。配られたカードは決定論を意味し、どう切るかはあなたの自由意志である』と言ったそうよ」
玲姉はなかなか面白い例えを使ってきた。
そうなると玲姉はトランプを切る方法もやり方も抜きん出て優れて良そうではあるが……。
「なるほどね。僕は更に加えてベットする掛け金も産まれた最初から決まっているとでも加えておこうかな」
「確かに、トランプのゲームに参加するためには元々の資本も必要よね」
「んで、その話と産まれた境遇の話の話だが。玲姉には産まれた境遇も相まって強くなった気もするけどね」
その点がプラスに働くことはあってもマイナスになる要素があるとは思えない。
「確かにその面もあるかもしれないけども、私が世界を変えようとしてもトップとしての役割を果たすことはできないの。
“付いてきてくれる人が少ない“とでも言うのかしらね。輝君には産まれてきた立場、そして周りの人が付いてくるそんな魅力があるわ」
確かに玲姉はどちらかというと反虻利側からの生まれなので虻利家の内部の人間は付いてきにくい。その点はなんとなく理解できた。
「つまりは僕にトップを引き受けろと……しかし、玲姉にカリスマが無いとは思わないけどね。単純な話、玲姉にないのなら僕にも無いだろうと思うけどね。
僕はトップに立てる能力が備わっているとは思わない。玲姉なら一人で何でもできるだろう?」
むしろ僕は何もできませーん!(笑)
「それが逆に問題なのよ。さすがの私の処理能力でも人手という意味で限界がある。
でも、他人に割り振ってしまうと私よりもできないから逆に苛立ちに近いものを覚えてしまうわ」
なるほどと、ある意味納得した。つまりは優秀すぎるがゆえにということか……。
他人が聞くと半分嫌味に聞こえるけどある種の悩みではあるよな。
コスモニューロンのツールを使えば複数の人数分こなせることも増えてくるだろうけど、玲姉は導入していなくても桁違いの処理能力を持っているからな。
「輝君は自分の弱点を明確に知っているからそれを他人に助けてもらおうという姿勢がある。
トップとしての優秀な人物は本人の能力というよりも、上手く他人に仕事を割り振れる人のことを言うのよ」
「お世辞がうまいね。玲姉は。まぁ、僕はただ他人に押し付けているだけとも言えるけど(笑)。」
「お世辞では無いわ。人にうまく仕事を割り振れるということは、それぞれの人の能力や適性を密かに見抜いているということになるからね。
また、働いている人に不満が出ていないということはその待遇や処遇についても不満が無いということよ」
さっきまで追及されていた気がするのに、ここまで褒められると顔が熱くなってくるのが分かる。
「色々わき道に逸れたからまとめると、人にはそれぞれ役割がある。
僕はトップに立つ素質があり、今がその分岐点ではないかと玲姉は言うわけだね?」
「そうね。そして付け加えるならここで島村さんを見捨てたら一生後悔する。輝君の理想とする目標は果てしなく遠くなっていく――私はそんな気がするのよ」
「ただ、僕がこの立場にいるのはただ血筋が優れていただけではない。
一応、虻利に対してeスポーツ5冠王者を言う形をもって宣伝してきたこともあるはずだ」
かつて誰にも必要とされていなかった悪夢のような状況はゲームとはいえ自分を立ち直らせた。
しかし、虻利家の組織にいるからこそそう言った大会に参加し、サポートもされているわけで、虻利家に反旗を翻すということはそれを失うことになる。
それを、容易に捨て去ることはやはりできなかった。
「確かにそうかもしれないわね。でも、これだけは覚えておいて。輝君は“自分の人生“をまだ生きていないの。
所詮は虻利の敷いたレールにいるだけよ。確かに今の輝君は自分で切り開いた軌道に乗っているように見えるかもしれない。
でも、自分の本意に反しているのならばそれは他人の軌道に乗せられているだけなのではないかしら?」
「……一晩考えさせてくれ」
正直な話、温室育ちと言っていい僕は“被害者の生の顔“というのを今日初めて知ったんだ。
これまでの裏の仕事はゲームのキャラを倒したりしていくようにサクサクと機械的、反射的に行ってきた。
その現実の形として圧し掛かってきたのが今日の事件と言って良かった。
島村さんの泣き叫びながら眠らされた姿が今も目に焼き付いている……あの後のことを考えデータを捏造するたびにそれが頭によぎるとしたら、その都度精神が蝕まれていくに違いない……。
「私は強制するつもりはないし輝君の自主的な判断に任せるわ。
私はあくまでも事実を伝えたまでよ。
ただ、一つだけ言っておくことがあるとするのなら――」
そこで玲姉は意味深に区切った。
「輝君が虻利に反旗を翻すのなら、私は全力で応援するわ。
こんな世界、理不尽にもほどがあるわ。たとえ虻利家が最終的には世界を良くしようという理念があったとしても、これは許されていいはずがないわ」
とにかく玲姉は強い。味方になってくれるなら心強いといえば心強い。
後は僕の決心次第ということか……。
「もしもそうなったら、あたしも協力するよ!」
まどかが力拳をしているがその細腕がどの程度戦力になるか分からんがな……。これを言うとまた喧嘩になるだろうからこの疲労感の時には言いたくない。
「2人ともありがとう。明日にも島村さんの処遇の方針が決まるかもしれない。すぐに決めようと思うよ」
そう言って僕は風呂に入りに行くことにした。
「お疲れ様。おやすみなさい」
後ろから優しい声がする。今回は2人は止めなかった。
大王も玲姉も僕の自主的な判断に任せるという……ある意味残酷だ。
これなら誰かが決めてくれた方が幾分楽だ。
こんなに人生にとっても大きな決断をそう易々と出せるものではない。
自主性に任せられるというのも辛いものだった。