第51話 丘での嫌な再会
見晴らしが良さそうな丘に向かおうとしたところ、まず街に出られるかが問題になった。
NPCがとにかく街の出入り口を塞ぐようにして集結しているのだ。その数はおよそ50体。
遊技場などの施設にはあまり来ないからどこにいるのかと思いきや、こんなところに大量に存在していたとは……。
「やはり奇襲をかけたほうが良いのでしょうか? 何かで注意を引き付けられればいいのですが……」
建山さんは強引にでも突破する気満々である。僕はどちらかと言うと戦わずに突破することを考えていたのでちょっと驚いた。
「僕も奇襲が良いと思います。このメンバーなら大丈夫じゃないですかね?」
工藤君も妙な自信を得たのか建山さんに同意した。輝成や里山も2人の意見に異論は無さそうだ。
ここで僕が反対の意見を述べる方が違和感あるという感じの空気になっている。
「それなら僕が注意を引き付けておこう。皆は裏から奇襲してくれ」
もうこうなったら僕が行くしかない。リスクをこの中で取るなら僕しかいない。
「注意を引き付ける方法としては臭いに反応している可能性があるので、これを使って下さい」
建山さんが何やら液体を詰めた瓶を渡してきた。
「これは?」
「この瓶を割ることによって血と同じような臭いを発します。ここにある血液製剤を活用して作ってみました」
確かに血の臭いめがけて殺到しているのを見ると非常に合理性のある判断と言える。
「ありがとう。必ずうまくやってみせるよ」
正直なところかなり有難かった。集団で何の道具も無く殺到されたら流石の僕でも危ないのではないか? と思っていたところだったから……。
「では、虻輝様。我々は奴らの後ろを突きます。用意ができ次第連絡をいたしますので、無理をし過ぎないようによろしくお願いします」
「ああ、分かった」
輝成がそう言うと4人は足早に立ち去った。NPCの背後を付ける場所に向かったのだろう。
僕は、施設の陰に隠れながら移動した。
すぐに飛び出せるような位置まで来ると、深呼吸をして街の入り口に無数に集まっているNPCを睨んだ。
奴らは1体1体は弱いが、ボス級が多いので
「虻輝様、我々4人全員準備完了しました。虻輝様の用意次第でいつでも動けます」
別れてから数分経つと輝成から連絡が入った。
「分かった。今から建山さんから貰った瓶を上手く活用して引き付ける」
連絡を終えると僕は走り出した! 建山さんから貰った瓶を投げて地面に中身をぶちまける――なるほど、確かに血のような臭いがする。
ものの30秒もするとバラバラの方向を見ていたNPCのボス達が一気にこちらを向いた。
「虻利流抜刀術!」
僕はその割れた瓶から離れるために走りながら斬りつける。すると、NPCのボス達が後ろから攻撃を受け始める! 仲間4人が攻撃を開始したのだ!
本来ならばNPCは攻撃を受けたものに対して攻撃、反撃や防御などの動作を行う筈なのだが、建山さんの狙い通り瓶に詰められた血のような臭いの方に反応しているのか猛然と瓶の欠片の方に向かっている!
「しめた! 狙い通りだ!」
50体ほどいたNPCの大軍は瞬く間のうちに僕が抜刀攻撃をしている側面と、仲間4人が攻撃する背面との猛攻によって数を減らしていった。
「皆無事か!?」
「虻輝さんも無事そうですね! 外に出ましょう!」
建山さんが満面の笑みで迎えてくれた。
「そうだね!」
今はNPCを殲滅することが目標なのではない。時間的な問題も潜んでいるかもしれないので、残りは放置して街から出ることを優先した。
街を見渡せるような丘の上に上ると、至る所から火災が発生していることや建物が倒壊したであろう噴煙が巻き上がっていることが分かった。
「思ったよりも酷い状況なんだな……僕たちがいた遊技場はかなりマシだったということか……」
「ええ、運がかなり良かったようですね」
「NPCはこのゲームに参加している人たちを根絶やしにしようとしているのでしょうかね?」
「さぁ……どうだろうね。そもそもの話として何のためにこのゲームを乗っ取ったのかが訳が分からないしね」
NPCに血を吸われた段階でリアルワールドにおいても植物人間になってしまう程の悪影響が出ていることから、その可能性も十分あり得た。
まぁ、今の僕達もリアルワールドで起き上ることができないからそれに近いモノはあるのだが……。
「この高さから街を見渡していっても特に何か大きく発見があるわけではありませんでしたね……」
建山さんが非常に残念そうにしている。――どちらかと言うと敵がいないことに落胆していそうだが。
「しかしこれだけの規模のゲームをハッキングするのですから何か目的があるとしか思えませんな。発覚すればそれこそ人生が終わりますから」
まぁ、実情は些細な軽犯罪でも人体実験の犠牲になっているが、そういう細かい実情までは一般人は知らないだろうからな……。
「正直なところ考えても仕方ないから、次の行動に移すこととしよう」
そう言って丘から次のめぼしい場所を探そうとマップを開いた瞬間だった。
「虻輝様! 今そちらに途轍もないスピードで何かが向かっています! 注意して下さい!」
為継から突然緊急連絡がきた。それと同時にビュンと言う風を切る音が鳴ったかと思うと僕右耳の辺りが切れて血が少し流れた上に、髪の毛が少し舞った。
「あ、危なかった……一体何が起こった?」
「悪運が強いようだな。流石は世界王者と言ったところか」
どこかで聞いたことがあるような声が僕の真後ろからした。
ゾッとしたような気分で振り返ると、見覚えのある人物が立っていた。この恐ろしいまでの殺気――。
「お、お前は! ――誰だっけ?」
仲間も含めて全員がズルりと倒れ掛かったのが分かった。
「オマエ……分からないのに分かったふりをするナ!」
里山は青筋を浮かべて半ギレ状態だ。
「虻輝さん、分からないのにその反応は逆に面白いですね」
建山さんはニコニコしている。実際に分かったような分からなかったような感じがしたのだから仕方ない。
「まぁ、あの時と姿が変わっているのだからわからなくても仕方がないな。あの時はシルクハットをかぶっていたからな――ピラミッドの第4階層で戦った男だよ!」
僕ハッとした。道理でどこかで見たことがある雰囲気だと思った。戦っていた時から殺気が他の人間と違い過ぎた。
「と言うかそもそも名前すら知らないが――ところでなんで襲撃してきたんだ? せっかくならこの状況を打開するために協力して欲しいんだが」
「クックックッ! 随分と御寝ぼけなんだな。それでも世界王者か? オマエを殺しに来たんだよぉ!」
そう言うと元シルクハットの男は刃を僕にサッと向けてきた。
僕は愕然としたが、この荒んだ現実世界を考えれば、今僕の後ろにいる協力してくれている4人みたいな善意の塊のような人間ばかりではない。
「だが、しかしここは協力して打開しないと――」
僕がそう言いかけると輝成がサッと前に出た。
「虻輝様。この男は話し合いで解決できるような人間では無さそうです。
以前の戦いを見て分かる通り、手段を択ばず相手を嬲り(なぶり)殺しにするような奴です。
ここは命の奪い合いは避けられないでしょう」
「折角、不正までして世界1位を取ろうとしたのに妨害してくるからよぉ! 全員消しちまいたくなってよぉ!」
狂気に満ちた笑いはまさに第4階層で戦った“元シルクハットの男”だ! それが確信に変わった時ある恐ろしいことが頭によぎった。
「もしかして――お前がこの事件を引き起こしたのか?」
僕は表情を引き締めた。




