第47話 NPCに取り込まれてしまうリスク
道中、ドラゴンを1体倒しただけで、思ったよりも何事も無く遊技場に戻ってくることができた。銀髪の男が先ほどの場所で出血をしていたためなのかもしれない。
建山さんの応急措置がかなり適切で遊技場にあった医療器具もあって見た目上は一部が赤くなっているだけでほとんど大丈夫に見える。
「ふぅ……ようやく一息付けるな」
この事件が起きて最初に入った時は、この元カジノ遊技場は寂れた廃墟と言う感じがしたが、今や数少ない敵のいない場所ともなるとなぜだか安心感すらも湧き上がってきたのだから不思議な感覚だった。
「アア、先ほどは危なかったがタスカッタ」
こうして落ち着いて話をしてみると彼の何となく独特なイントネーションに聞き覚えがあった。しかも銀髪ときたものだ――あのピラミッドの第5階層にて1人で戦っていたあの男に違いなかった。
「君はあれか。ピラミッドで戦ったあの銀髪の男か? あの時はチームメンバーが1人しかいなかったのにかなり善戦されて脱帽したよ」
「……ホォ。あの時のアバターと今と変わらないと見るとお前は“本人”のヨウダナ。
オレも相当自信があったが世界王者相手じゃ流石にキビシカッタ」
「今後は私たちのチームに協力してこの局面を打開して欲しいと思うのですが、
助太刀してくれますか? NPCの大軍などを見るに1人でも多くの仲間が必要なのです。
あなたの腕ならば相当戦力として期待できると思うのですが」
建山さんが真摯な声で銀髪の男は語りかけている。心理学も心得ているのだろう、巧みに声色を使い分けている感じがする。
「フゥン。イイダロウ。お前達なら足を引っ張ることも無いだろうしナ。俺の名前は里山ダ」
こうしてそれぞれの自己紹介をしていった。
建山さんの自己紹介の時に工藤君がギョッとした表情をしていた。無理もない。見た目上は綺麗な若い女性にしか見えないのだから。
工藤君は高校1年生で電子工学系統の高校に通っているという。
里山はまだそこまで名前が売れていないがプロゲーマーということのようだった。最高成績は日本大会ベスト8とそこそこの成績だが、ほとんどが前回大会優勝か世界ランク1位によるシードで日本予選すら免除されているのが僕だからな……。
「里山は何かこの一件について情報を持っていないか?
「ウーン、俺も工藤以上の情報は持ち合わせていないな。とにかく鎌を振るいまくるのに専念してたからナ」
戦力として期待は出来そうだが、あまり観察力や知識などは無さそうだった。まぁ、僕もタダのゲームオタクなので人のことは全く言えないが(笑)。
知識については建山さんや為継に聞いた方が遥かに良いだろう。
「里山もプロファイルを開示してくれないか? 為継に連絡して最高装備にしてもらうから」
里山からプロファイルを送ってもらうと為継と連絡を取り始めた。
「為継、今大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。先程の調査の件ですね?」
実は皆と会話をしながら為継にNPCに取り込まれた工藤君の仲間がリアルではどうなっているのかについて調査を頼んでいたのだ。
「それもあるが新しく協力者を得ることも出来た。里山と言うのだがコイツの装備も強化して欲しい」
「承知しました。ところでNPCに取り込まれた人間についてなのですが――」
そこで為継が敢えて区切って来たので僕は頬を強張らせた。これはかなり言いにくい事なのだろう。
「実を申しますと、彼らは今現在脳死状態です」
「え……何だって? それって具体的にどれぐらい悪いんだ?」
“脳死”とか言うと僕は“考えずに判断してしまう”と言った意味で捉えがちなんだよな……。
「簡単に申し上げますと、ほとんどリアルの世界では生きているとは言えません。
もはや死んでいる状態に近く、臓器移植ができる要件が脳死状態なのです
勿論今後の研究次第ではその状況から脱却することも可能でしょうが、現時点においては打開策は見つかっていません」
「な、なんだと……」
顔から血の気が引いていくのが分かった。つまり、これまではゲームでの死亡は単純にゲーム内だけの出来事だったが、今はリアルでも死んでいるのに等しいことになる。
「ですが、虻輝様でしたらご無事で御帰還されることを我々一同は信じています。何せ世界王者ですからな」
「あ、ああ……」
随分と気楽に言ってくれるな……と言い返したくもなったが、為継としても今できる精一杯のことをやってくれているのだ。
「虻輝様のおっしゃりたいことは分かります。無責任なことを言ってくれるなと思われているのでしょう?
ですが、私は信じているのです。虻輝様ならきっと何とかしてくれると」
流石為継。僕の心の中を覗いているかのように的確に見抜いてくる。
「そんなに信頼されても困るがな……まぁ、やれるだけのことはやってみるよ
必ずみんなの前に生きて戻ってくると約束するよ
ここで死んでたら玲姉が地獄まで追ってきて殴ってきそうだからさ」
玲姉ならガチでやりかねないところが本当に恐ろしい……。
「ええ。お待ちしております。そして全力でバックアップさせてもらいますので、何か知りたい情報などがあったら心置きなくお申し付けください」
「ああ、分かった」
これが信頼の証かと思うとどうにも重く感じた。
為継との連絡が終わると里山の姿が変わっていた。里山は見るからに豪華な洋風な服装になったためにとても喜んでいたが、僕はそれを上の空で聞いていた。
「虻輝様、どうなさいました? 顔が青白いですよ?」
「あ、ああ……実はな」
他の3人に聴こえないようにダイレクトメッセージで輝成にNPCに取り込まれてしまうと脳死状態になってしまうことを説明した。
「なんと……そのような深刻な状況なのですか……」
「だが、この事実に関してはちょっと工藤君には言えないことだな。
この場でメンタルが壊れてもらっても困るから」
「はい、分かりました。建山さんには伝えますか?」
「建山さんは相当メンタルも強そうだし、むしろ百戦錬磨と言う感じの雰囲気すらあるからな……」
「ははは、それもそうですな」
建山さんに伝えたが、少し驚いた様子もあったがやはり冷静な対応だった。
「大丈夫ですよ虻輝さんなら必ずこの状況を打開してくれますから」
一体何を根拠に建山さんが言っているのか分からない。
正直なところこれまで僕は“負けても別に死ぬわけじゃないから大丈夫”という思いで思い切って踏み込むことができたに過ぎない。
しかし、これでこれまでのゲームとは違いまさしく“命の奪い合い”と言う状況に陥ったのだ。
更に言うなら何をクリアすれば自分の意識を回復できるのか、皆を助けることができるのかも分からないのだ。
暗中模索の中リスクばかりが残るというかつてない状況に追い込まれたと言ってよかった。




