第12話 見えない選択肢
「私がしたアドバイスは、お金に目が眩むような人々とは縁を切りなさいということよ。あまりにしつこいようなら連絡先を告げずに転居してしまった方がいいと言ったわ」
「す、凄い大胆な意見だね……」
まどかがそんなことを隣から言ってきた。
僕が真面目に議論し始めたからかホールドは気が付けば解除されていた。
「輝君はどう思った? 目を見開いているけど?」
玲姉なら僕の感想を聞かなくても分かるだろうに……。
「いやぁ、人間付き合いそのものを見直せというのは衝撃的な意見だな。なんかこう、もっと穏便に済む方法は存在しないの?」
「私が思うに、お金が入ったら突然態度が豹変するようなご親戚やご友人はこっちのお金が無くなったらすぐに霧のように消えて行ってしまう可能性が濃厚だからね。そういったお知り合いはここぞという時に役に立たないのよ」
玲姉は親戚に対して追放されるという酷い仕打ちを受けたから余程そういう発想になるのだろう。
「だが、どうしても関係を断ち切れないということもあると思うんだが?
例えば夫婦のパートナーだったり子供だったりね。
そういう人たちが豹変しちゃった場合はどうすればいいんだ?」
僕が素朴に思ったことを直ぐに口に出した。
「どうしても、周りの人々との関係を断ち切りたくないのならいっそのこと生活に必要な最低限の金額以外はすべて寄付してしまって皆にそれを伝えてしまうのよ。
そうすれば、寄付したことを“良いことをした”と評価してくれる人間だけが残るの。“勿体ない“とかいう人とはまた縁を切っていくべきだわ」
きっとさっきより僕は驚いた顔をしているだろう。それぐらい大胆な内容だった。
「す、凄い話になって来たね……」
こればかりはまどかの意見に100%同意だ。玲姉独自の考えではないかと思ってしまう。
「いやぁ、でもそれはあんまりじゃないかなぁ。さっきから、なんかいくらなんでも急展開過ぎるんじゃないかね?」
「いえ、私はそうは思わないわ。“宝くじ当選“というのが当たった人にとってそれだけ人生の影響を与えたということよ」
「でもさぁ、それほどのことが起きる・もしくは選択することになるとは買う時にはほとんどの人は思わないよな。基本的にはほとんどの人は命懸けとかでもないだろうし気楽に買うだろうからね」
「ええそうね。基本的には宝くじを買う人は“お金がたくさん手に入ったら幸せになれる”と思って買っているわ。でも実際はそうではないことの方が遥かに多いわけね」
「お金がたくさん手に入ってチャンスっぽく見えるけど実はピンチってことなんだね!?」
まどかが珍しく的を得たことを言っている。
「そうね。ピンチはチャンスとは言うけど、チャンスも実はピンチと表裏一体ということもあるのよ」
「へぇー、流石は玲姉ためになる話をしてくれる。しかし、この一件と僕のことと直接どう関わってくるんだ?」
「では質問です。今回のこの宝くじ当選者は一体何を見逃していたから私に相談してきたのかしら?」
何で僕の質問に対して質問で返してくるのかは不明だがこれをちゃんと答えないと命に危険が迫ることは間違いない。真剣に考えないと……。
「ん……宝くじに当たった後の選択肢について考えていなかったとか?」
「そうね……50点というところかしらね」
「えー、なんでさ」
こういう流れでヘタな答えをすると僕の命がヤバいのは分かっているからちゃんと聞いていたはずなのに……。
「一つは確かに宝くじに当選したことが、良い意味でも悪い意味でも人生の重大な岐路に立ったということを認識しきれなかったということね。
ただ今回この相談者は“現状維持する”若しくは“何もしない”という選択肢が見えなかったということが問題なわけね」
玲姉の言いたかったことが分かってきた。
「まさか……ここから僕の今の状況に繋がっていくのか」
「そうよ、輝君。あなたが島村さんの命運を握っているといっても過言ではないわ。
彼女が無事でいられるかどうかあなたの選択次第にかかっているの。
あなたが何もしなければ島村さんは確実に私の口からはとても言えない状況になってしまうわ」
確かに、そもそも父上が性行為を迫るためにあの場所に島村さんを呼んだのだから性奴隷などになったところで誰もその状況を疑うことをしないだろう。
「だ、だけど大王は足の治療もしてくれるみたいだし、玲姉の考えすぎじゃないかなぁ~」
それでも僅かな可能性にすがりたかった。
「それは無いわね。足の治療をしてくれるからって精神までもが無事とは限らないわね。その話の流れだと、男性の性処理特化の存在にされてもおかしくは無いわ」
一蹴された。確かに大王は僕に対しての性処理要員として考えている節はあったが、
それも今のままの精神状態でいる保証は確かに無かった。
むしろ、虻利のやっている事情を知っていながらそのまま放置しておく可能性が低いというのは僕が一番よく知っている。ただ単に現実を見ないようにしていただけなのだ。
「それならどうしたら彼女は無事のまま過ごせるだろうか……」
流石に精神改変されたり殺されたりしたら気の毒すぎるだろ……そもそも虻利に対して復讐をする気持ちが起きたのも虻利側の自業自得なんだし。
「それは、お兄ちゃんが庇ったんだから最後まで面倒見るしかないんじゃないの?」
まどかが無駄に笑顔でそんなことを言ってきた。僕にはその笑顔が悪魔の笑みに見えるよ……。
「め、面倒を見るって具体的にはどうしたらいいんだ?」
「これを機に輝君の方針を決めるべきよ。朝も言ったけど、“本当に輝君がやりたいこと”をやるべきね」
「僕の本当にやりたいことって何なんだ……」
僕は頭を抱えた。そんなことを言われても困る。今朝玲姉から言われて頭の片隅で今日一日考え続けていたが、結局何も結論は出なかった……。
「流石に輝君だけで結論を出させるのは酷のようだから……この際ハッキリさせたほうがいいわね。輝君はあなたの“裏の仕事”についてはどう考える?」
「そりゃ、問題しか感じないでしょ。
罪人を人体実験を行って良いかすら本来ならば怪しい問題なのに、その“罪人“ですらも最近は捏造のでっち上げなんだからさ」
「そうよね。それで、輝君は実際に悲劇的な形で虻利本社に乗り込んできた女の子を見てどう思った?」
「……やったことは看過できないし、許されることではない。――でも、そうせざるを得ない状況を作ったのは虻利の自業自得だと思う」
「それならこの問題の根本原因はどこにあると思う?」
「そうだね……虻利が“宇宙人”から世界を任されていてなんでもやっていいという傲慢さを捨てることだろうね」
「虻利の問題を改善できるし、女の子を救える……そんな素晴らしい方法があるとしたらどうする? しかもそれは輝君にしかできないことよ」
流石に察しの悪い僕でも何を言わんとしているか分かった。
「ま、まさか虻利に対して反旗を翻せというのか? 若しくは虻利を改革すれば全てを得ることができる……と?」
「それができないのなら島村さんを見捨てる……つまり先ほどの最悪の結果の状態になってもいいと輝君が判断したということよ」
「そんな……」
しかし、そんなことは本当は僕自身も分かっていたはずだ。
でも、それを見て見ぬふりをして玲姉が話題をするまで一人で勝手に安心していた。
何とも欺瞞に満ちて自己満足に浸っていたのだろう……。
これまでだってあの島村さんのような境遇の人を数多く闇に葬ってきた……でも実際にその立場の人を目の前にして価値観が変わった。
彼女は本当に心の底から悔しがり悲しんでいたんだ。虻利のやっていたこと、僕のやっていたことのおぞましさをリアルにその存在として感じた。
それを見ても本当に見捨ててしまっていいのだろうか?
「お兄ちゃん……あたしは、お兄ちゃんが今のままでいいとは思わないよ。お兄ちゃん凄く苦しそうに最近過ごしているんだもん……」
今朝見た悪夢もその延長線上なのだろう。夢だけでなく一瞬とはいえ、夢と現実の境目が無くなり、現実でも血まみれになっているなんて相当異常な事態なのは間違いない。僕は今朝のことを思い出すと気持ち悪くなってきた……。