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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第3章 電脳戦

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第41話 鏡に映る顔色

 20分後、小早川さんが苦虫を嚙み潰したように歪めながら入ってきました。

 もともと笑顔とはあまり縁が無さそうですけど、それにしても今まで見たことのない表情です……。


私達もすぐにあの人の部屋に向かいましたが、先ほどと状況は何も変わっていません。

 すぐにでも起き上ってきて何か下らないことを言ってきそうな雰囲気はあるんですけど……。


「お待たせしました。彼は虻利本家専属医療スタッフの丸山君と言います。

 彼に診断について全てを任せます。

私は科学技術局とのアクセスを行いVR空間での状況を確認しつつ最善の方法を考えます」


 小早川さんの紹介した白衣の20代後半ぐらいの男性が、一瞬動きを止めて頭をぺこりと下げました。

丸山さんはこの部屋に入ると一目散に医療器具とあの人とを繋いでいる作業を開始しています。


「輝君の身がどうなっているのか、VR空間では何が起こっているのか――そして今後どうなりそうなのかを教えて欲しいわね」


 玲子さんはこの2人が来るまでの間にあの人の様子を見守っていましたが全く変化はありませんでした。やはり、VR空間で何かしらの異変が起きたのだと言うことは間違いなさそうです。

 丸山さんは医療器具を操作し、動きを止めて私達の方に振り返りました。


「現状におきまして、虻輝様の健康状態については問題ありません。

 しかし、ゲームからのログアウトと言うのが出来ないという状態であります。

 そのために意識が回復しないと言うことが起きています

 ログアウトがいつできるのかどうかは分かりません……」


 丸山さんが診断結果を簡潔に述べました。


「……私たち3人は誰もコスモニューロンを使っていないので事情がよく分からないのだけど」


「簡単に皆さんに申し上げますと、コスモニューロンのシステムをハッキングをされたと言うことです。

 データにおける保管につきましてはブロックチェーンを基盤としたデジタルシステムが守っています。

 しかし、何者かによる高度なウイルスにより、コスモニューロンシステムそのものをハッキングされてしまい、一定の範囲内の接続者の意識が戻らなくなっていると言うことが世界で同時的な事象として今現在起きていると言うことです」


 玲子さんの質問に対して小早川さんがその後に静かに語りました。表情の険しさがさらに増していることから言葉以上に深刻な状況だと私は感じました。


「つまりは、現状では輝君は植物状態とあまり変わらなというところかしら?」


 玲子さんが、小早川さんと丸山さんがオブラートに包んでいて、私達が密かに思っていたことを呟きました。


「そ、そうですね……コスモニューロンのシステムのウイルスを除去できなければそう認識されても間違いないと思います。

 しかし、良い条件が重なれば体の健康状態に問題はありませんので何事も無く起き上ってくださることも考えられます」


「悪い条件が重なるとどうなるのかしら?」


「……あまり言いにくい事ではありますが、ウイルスの浸食状況次第では、除去したが上手くいった後も後遺症などが残る可能性もあります。

 最悪はウイルスを除去しても意識が戻らない可能性もあります」


 まどかちゃんが息をのむ音が聞こえてきました。

 これまで冷静だった玲子さんの表情も厳しいものになります。

 

「大体の推定で構わないけど、輝君が戻るまで、どれぐらいの期間がかかりそうなのかしら?」


「出来るだけ善処をしますが、今日中に戻る可能性は限りなく低いと思います。

 システムのバックアップや身体的な影響も考慮すると最低でも3日ぐらいは必要かと……」


 “最低でも”と言うことから実際のところはそれ以上かかることが想定されます。

 私達の間に更に重苦しい空気が圧し掛かってきました……。


「ご心配なさらず。科学技術局の威信にかけてこの問題は打破してみせます。

 主犯を一刻も早く逮捕するための捜査を行うと共に、サーバーのウィルスを早急に除去します。

 今回の一件で一番権威を傷つけられているのは我々ですので。

 勿論、虻輝様も以前と同じような状態に戻っていただきます」


 皆の不安を切り裂くように小早川さんが珍しく語気を強め、目を光らせながらそう言いました。


「システムが問題があるのでしたら、コスモニューロンのシステムを脳から取り除くといったことで意識は回復しないのでしょうか?」


 私は素朴に疑問に思ったのでそう聞いてみました。


「確かに、本人がコスモニューロンに接続していない状況ですとその方法も可能になります。

 しかしながら現在のログインしている状態でコスモニューロンのシステムを取り除いてしまいますと、

 サーバーに意識が閉じ込められてしまうリスクが出てしまいます。

 しかもその可能性は50%を超えるぐらいと非常に高い確率です」


 小早川さんはそこで一呼吸をおきました。


「なぜこのようなことが起きてしまいますと、意識をコスモニューロン下に置いているためにそこで取り残されてしまうのです。

 手っ取り早くやってしまうにはその方法も取れますがあまりにもリスクがあり過ぎるのです。

 ここは時間がかかりますがウイルスを取り除いた後にログアウトしてもらうのが一番虻輝様の体と意識を保つのに必要なのです」


 小早川さんと丸山さんは話しながらも必死に手を動かして様々な操作をしています。私たちはもしかしたら邪魔なのかもしれません……。


「そうでしたか……中々上手くいかないものなんですね……」


 私たち3人はそもそもどういう状況でデジタル世界と彼らが繋がっているのか見当もつかないので初歩的な質問をするしか無いのです……玲子さんはもしかすると聞かなくても分かっているのかもしれませんが、実体験でなさったことは無いので感覚的な話は推測するしか無いでしょう。


「……ここはこの2人に任せましょう。

 何か特別なことが起きたら私達に報告して欲しいわ」


「わ、分かりました」


 玲子さんは返事を聞くとニッコリと笑い、バッと身を翻して部屋の外に出て行きました。

 それを見て私とまどかちゃんも後ろ髪を引かれる思いはしましたが、部屋を出ました。

 私もここにいる意味があまり感じないと思っていたので丁度良いと思いました。


「お、お姉ちゃん。本当に大丈夫なの?」


 まどかちゃんが部屋を出た後すぐに玲子さんに詰め寄りました。


「正直なところ、私達があの場所にいても出来ることは少ないわ。

 足手まといや私達の存在が無言のプレッシャーにならないためにもここは一時離れるべきよ。

それぞれの役目・役割を果たすべきだと思うから――私たちの役割はいつも通りの生活をして無事に輝君が戻ってくることを信じることね

 輝君が戻ってきても私たちがボロボロならお話にならないからね」


 玲子さんは笑顔で落ち着いた声でそう言いました。本当は誰よりも心配しているでしょうに……あの2人を信頼しても良いと判断されたのでしょう。

 私達がパニックにならずに他の人に迷惑をかけないほうが賢明な判断と言えるでしょう。


 しかし、まどかちゃんは暗い顔をして相変わらず俯いていました。

 玲子さんはそれを見て優しくまどかちゃんの肩に手を置いてそっと上を向かせました。


「輝君が無事に戻ってくることを信じましょう?

 内部の問題ならきっと輝君が何とかするに違いないわ。

 普段は頼りなくて、ダメダメでゲームしかできない子だけど、

 いざという時はとっても頼りになるんだから」


「そ、そうだねお兄ちゃんならきっと……。と、知美ちゃん。あたしの相手をしてくれる!?」


 まどかちゃんは、無理やりにでも笑顔を作ると今度は私の下に小走りで来ながらそう言いました。


「はい、良いですよ!」


 まどかちゃんと私は最近よく組み手をします。まどかちゃんの方が力が強いので何とか私が技術で凌ごうとしていますが……とにかく、気を紛らわすためには体を動かすのはとても良いように思いました。


「私も何もできないストレス解消のためにちょっと本気でやろうかしら。

 何か壊せるものとか無い?」


「確かこの間、地下競技場の倉庫を見た際にまだレプリカ品があったような……」


「全て壊しちゃいましょう。最近ストレスが溜まることも多かったからね~」


 玲子さんは指のストレッチをしながらそう言いました。

 破壊されてしまう物がかなり気の毒ですが仕方ないですよね……。


「その前にご飯食べよ~。お兄ちゃんの分はどこかに保存しておこ?」

 

 今日中に起き上ってくる見込みが無いようなので、あの人がいない状況は想像以上に長くなってしまうかもしれません。

 

 玲子さんやまどかちゃんは気丈に振る舞っておられますが、顔色はとても悪くこちらも心配です……。

 私もそうは思いながらも廊下の大きな鏡で青白い表情で立っているのが映っているのを見るとそう大差は無いのだなと感じました……。


 昼頃に帰って来たばかりなのにとんでもないことになってきました……。

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