第38話 ログアウトのやり方
僕たちの6時間が終了した。もう、誰かに襲撃されることは無い。神経を張り巡らす必要が無くなった瞬間、ようやくホッと一息を付けた。
「さて、いよいよランキング発表か。僕たちがラストの方だったんだな」
人があまりいない時間帯だと場合によっては、自分たちの制限時間が経過しても10分やそこら待つことがあるが今日はすぐに順位が分かりそうだ。
「ど、ドキドキしますね……」
「まぁ、やるだけのことはやったんだし。順位は特に気にならないかな。
本当に2人ともありがとう。とても楽しかったよ。
これまでこのゲームをやっていて最高のチームだった」
「そんな風に言っていただけるだなんて光栄ですね。
私たちなんて最後の競技場でようやく活躍できたぐらいなんですから」
カジノの惨状を思い起こすと傷口を抉られたような気持ちになったが努めて笑顔でい続けようと思った……。
「お、いよいよ出るみたいだぞ」
それぞれの電子モニターに順位が発表されていく。僕たちはいきなりトップ10のところが表示される! 10位以内は決定だ!
10位から1チームずつ日めくりカレンダーのように表示されていく。
息を余計に吸い込んでいるのが分かる。
「――ッ!」
そして、“チームテルル”の隣に1位という数字がゴールデンな色でデカデカと浮かび上がる!
「あ、順位が出ましたね――っ! 1位じゃないですか! 優勝ですよ!」
「おおおおおおお! やったぁぁぁぁぁ!」
第三者から見たら“直前まで順位気にしない”とか言ってた奴どこ行ったとツッコみが飛んできそうなぐらい飛び上がって僕は喜ぶ。
「ほ、本当なんですね。初参加なのに……信じられないぐらい嬉しいです!」
チェリーさんは感無量という感じだ。
「いやぁ、チェリーさんはとても初心者とは思えない働きだったよ。
史上最高のルーキーだと思うね。そうだ。第4階層ぐらいの時に花火を見られるアプリがあるという話をしたことがあったね? 折角だから今教えてあげるよ」
僕はそう言いながらアプリを教えてあげた。巨大花火が打ち上がっている映像が僕の所にも映る。
「うわぁ~! 本当に凄いです小さい花火がいっぱい……」
チェリーさんはうっとりしながら花火を眺めている。
「それは拡大縮小が可能だから拡大すればもっと派手見られるよ。クリーさんもどうぞ」
「おぉ……これが本当に凄いですね……煙などを吸わなくていい分健康にも良さそうです」
クリーさんも拍手をしながら感動しているようだった。
「“煙たい感じが良い”という話もあるので、敢えて煙を感じるようにも設定できるらしいが、基本的にはそのままのモードで楽しむのがベストだね。
賞金は予定通り3分の1ずつにしよう」
賞金1000万円がリーダーである僕の所に振り込まれてきたので、333万円ずつに振り分けて2人に送った。
「恐縮です……本当に色々とありがとうございます。連絡先を匿名のまま交換するにはどうしたら良いんでしょうか?」
「VR端末でここの項目を交換するんだよ」
僕は自分の画面を提示してチェリーさんに教えてあげた。
「なるほど。ありがとうございます。必ず連絡しますね!」
時間を見ると19時10分前になろうとしている。夕飯に遅れることは僕の死を意味する。
「2人とも本当にありがとう。
これでチーム解散をするのは残念だけど、また次のゲームで会おう!
ゲームに関してのアドバイスならいつでも受け付けるからね
ちょっと時間が無いんでこれで失礼させてもらうよ」
この何とも別れるときは凄くいつも切ない気持ちになる。
これまで色々なダンジョンや苦難を一緒に乗り越え、歴代でもトップと断言していいチームだっただけあって尚更そう思う。
中にはこの瞬間なら身分を明かしてもいいルールなので普通にリアルで交流し始める人たちも存在するようだ。
だが、僕の場合は有名人なので、身分を明かした時の“眼つきが変わる”と言った状態が嫌なのだ。媚びてきたり逆に萎縮したりする可能性が高いので今までの付き合いが出来なくなる。
そのために匿名状態でやり取りをしたい。幸いにもこの2人も同じような考えのように感じた。
「はい、ありがとうございました!」
こうして僕はログアウトをして元の世界に戻る――つもりだった。
僕のスキルがあれば、ゲームをしながらであってもご飯を食べると言った器用なことは可能なのだが、いかんせん玲姉が激怒する……。味わって食べないと僕の関節があらぬ方向に曲げられゲームどころでは無くなる……。
「あれ……おかしいな……」
しかし、ログアウトがどうしてもできない。本来そのやり方は簡単だ。コスモニューロンでログアウトのコマンドを入力するだけである。
今はどうにもコマンドを入力してもエラーが発生して全く上手くいかない。
VR空間に異常事態が起きた際の緊急脱出の方法を試みても、リアルワールドに戻るどころか何も反応しないのだから明らかに異常だ。
「うーん、ゲーム運営側の問題かなぁ。困るなぁ。もう5分前なのに」
玲姉もご隠居並みに時間に厳しいのでマジで僕の生命の危機だ。自然と汗が出てきた。
「……あれ、おかしいですね? ログアウトできません」
「私もです。何かのシステムエラーでしょうか?」
チェリーさんとクリーさんもログアウトできないとなると何か問題が発生したのだろう。
「今だから言うけど、最初のダンジョンの時からNPCが普段とは違った動きをしていたり、ピラミッドの時も通常では考えられないようなバグが発生していたんだ。
これは、もしかするとテロリストなどからゲームのサーバーそのものにハッキングされたのかもしれないな……」
「えっ……その場合はどうなるんですか?」
「最悪は、一生寝たきりかもしれない」
「そ、そんな……」
「まぁ、心配しないで。短期の障害ならこれまでも何度も発生したし、体験してきた。
そんなことが起きたのはこのVRシステムが構築された初期の段階でしかない。
今回の一件もきっとすぐに解決するはずだよ」
と言って自分で自分を納得させたいところなのだが、どうにも運営側からも連絡がない。
さっきから必死に問い合わせてみているが返信が返ってくる様子もない……。
更には、ゲーム外へコスモニューロンで通信することも出来ない状況になっておりSOSを発信することもままならない状態だ。
どれか一つでもできるのならば打開策はあるのだが、ここまで八方塞がりになっているのは明らかに異常な状況と言えた。
時間は刻一刻と19時に向かって進んでいっている。玲姉が雷を落としている姿が瞼の裏に映って来たので、自然と血の気が引いていくのが分かった。
先程の優勝の嬉しさは遥か彼方に飛んで行った。
「ん……あれ、おかしいな……」
何とか打開する方法はないかと色々試しているうちに、視界が歪んだ。
自分のVR端末が操作がきかなくなり、目の前の映像が乱れ、眩暈がして、か、体の言うことがき、効かない……。
ハッと気が付くと涎が垂れていた。
涎を拭いて起き上ると、横ではチェリーさんとクリーさんも僕が体験し事と同じことが起きたような感じで崩れるようにして倒れ込んでいた。
「ふ、2人とも大丈夫? あ……れ……?」
僕の思い違いなのだろうか? どうにも2人の服装が先ほどまでと異なるような気がする。一体全体どうしたというのか……。
“チェリーさん”の様子を見守っていると振り向いてその顔を見た時、あまりにもギョッとしたので思わずその場で飛び上がってしまった!




