第32話 経過時間のリスクとの天秤
「ヌゥッ! 何だこれ……全く取り出せそうな気配が無い」
先程から僕は永遠と雷攻撃を様々なパターンで繰り返すが、その場所の地面が抉れて行くだけで何も変化が無い……。
そもそも、夏の季節の時にそこに球らしき影はあったのか? と思う程に秋の季節では跡形もなく消えていた。
「確かにここにあったと思ったんですが……少なくとも秋の季節のテルル中将さんや私の攻撃では取り出せそうに無いですね……」
チェリーさんも先ほどから攻撃をしているが連携攻撃をやっても無駄だった。
「私の火属性でもダメでした。これは冬や春を待つほか無さそうですね……」
色々な攻撃を試みつつ、周りを警戒しなくてはいけないのは結構神経を使った。
特に自分が攻撃をしている時が一番あらゆる方向に注意を向けていた。
「もしかすると、他のチームが獲得した時を見計らって強襲――そう言ったことを考えても良いのかもしれない。あまりやりたくない方法ではあるけれども」
「確かにあまりやりたくありませんね。他のチームがやっていることを批判気味に私達はやって来ましたからね」
クリーさんはどちらかと言うと正々堂々と戦いたい“騎士道タイプ”のようだから特にそのように思うだろうな。
僕は勝つためなら不正行為以外の行動を“勝ち筋”のために簡単にやっちゃうけど(笑)。
「ただ、正々堂々と戦うことも大事だが時には勝つために必要なことでもある。
まぁ、やるだけのことはやって最後の選択肢だと思ってくれればいい」
「わ、分かりました。それが最終的に勝つためですからね……」
クリーさんは渋々と言う表情ながらも理解してくれたようだった。
「お、とか言っているうちに雪が降りだした。冬の局面になったようだな。また攻撃を開始しようじゃないか」
僕とチェリーさんが攻撃を加えたが何も変わらない。ところが、クリーさんが炎攻撃をすると、何も無かったところからポロリとクリーさんの足元に球が転がってきた。
「やりました! ついに2つ目獲得です!」
「クリーさんよくやった! クリーさんの正々堂々と戦いたいという想いが通じたのかもしれないな」
「はは、そうかもしれませんね。それにしても久しぶりに役割を持てて活躍したような気がしてとても嬉しいです」
「そう言えばこの第5階層ではイマイチ僕は活躍できてないな……銀髪の奴を撃退した時ですら倒しきれなかったからな」
僕は何だかんだで第4階層のような“分かりやすい戦闘”の時が一番活躍できるのである。
こうなるとチェリーさんを“戦闘狂”とか陰で思っていたが全く他人のことを言えないなと内心苦笑した。
「それ以上に今まで活躍されているんですから大丈夫ですよ。
私達も頼って貰えないと少し困るんですから。チームなんでね」
「そうだな……銀髪の男のように一匹狼だとあまりにも寂しいからな。
頼れるところは2人に任せるよ」
結局のところ最後はチーム内の所持品の合計ポイントで決まるのだから僕一人が何もしなくても極端な話良いと言えばいい。
ただ、何というかできそうなところを任せちゃうって言うのも何だかなぁと思っちゃうんだよね――あ、玲姉とかももしかするとこういう心境なのかもしれない。
でも、僕は玲姉のようにリアルでは活躍できない分、ゲーム内ぐらいは活躍してやろうという僻み根性のような気持ちがあるわけだが(笑)。
「これで2つですか……こうなるともう、他のチームが残り2つの球を持っている可能性が高そうですかね?」
クリーさんが懐に球を入れながら話をした。1人が持っているよりリスクは分散したほうが良いからな。
「先程の銀髪の男が“球をヨコセ!”とか言ってたし、アイツも多分持っていそうだな――
その前に襲ってきた忍者のような奴らもあのあたりに潜伏していたと言うことは既に持っている可能性は高い。
フィールドに眠っている球が多くて1つということは、これからは対人戦になりそうだ」
「フフッ、微妙に似ているけど外している感じのモノマネですね――それは良いとして、いよいよこの第5階層も終盤戦と言うことですか」
モノマネをしたつもりは無かったがチェリーさんはすかさずそう指摘してきた。
「そうなるな。ここでのポイントは2つ持っていると言うのが情報アドバンテージになりそうだということだ。
他のチームからしてみるとまだフィールドに眠っているかもしれないと思って行動しなくてはいけないからな」
「なるほど……相手の行動は複数の選択肢があるのに対して、こちらは動くことが決まっていますから、かなりのメリットになりますね」
「そうそう。だから僕たちは相手を探すことを優先すればいいし、見つければ倒すことに全力を注げば良いんだよ
ただ、これだけ広いステージだ。劣勢になればすぐに退却していくだろうし、残り2つとは言え簡単に揃えられるとは思わないほうが良いかもしれないな」
「ですが、相手としても時間が無くなっていくというのは同じだと思うので戦ってくる可能性も高いのでは?」
「クリーさんの言うことはもっともだが、答えが世間的に決まっていないことと言うのは、その人の性格にもよるだろうな。
そもそも、敗退してしまえば時間をかけた意味が無くなっていく。攻撃してきたり退却してきたりの繰り返しになってくるかもしれない。
特に、ここに勝ち上がってきた忍者の部隊はそういう傾向が強くある」
相手の性格や特徴を把握することはとても大事になる。一般的には確率が低い事でも、“その人に限って言えば当然のように選択する”と言うことが起こり得るからだ。
「――何だかゲーム理論の囚人のジレンマや心理学の一貫性の法則みたいな話になっていますね。
損切りが出来ない状況だとそういう思考になってしまうのでしょうね」
僕は全く言っている内容が分からなかったのでチェリーさんが言うことをすかさず調べて、概略だけを速攻で理解した(笑)。
ちなみに囚人のジレンマとはお互いに利益を最大化を目指した結果、合せた利益は協力し合った時より得られないという状態である。
一貫性の法則は今の状況に応用させるならば、これまでの投資した時間などから引くに引けない状況に陥ってしまい一貫して同じ状況をやり続けることがあるということだろう。
「そうそう、だから最初にこの第5階層に来た時に損切が大事になると初めに僕は言ったわけだね」
しれっと、最初から知っているというような顔をして僕は語る。この手の技術は玲姉や為継などとハイレベルな会話をしているうちに身に付いてしまった技術だ(笑)。
「そうなると、相手が“勝てそうかも”と演出をすることが大事かもしれないわけですね?」
「クリーさん! それは作戦として有効かもしれないな。ただ、リスクも勿論あるから注意していかないとな。もしもやるなら僕が囮になるからね」
“フリ”作戦は僕の十八番の一つなっているので、当然のように発想の一つとして浮かんでいたがここはクリーさんを褒めたほうが良いだろう。
なにより、騎士道精神があるクリーさんが自ら提案してきたのだから余程僕の思想に感化されつつあるのは間違いない(笑)。
そして僕が、いつも通り演技をするのだ(笑)
「テルル中将さんの演技は第3階層の氷の道の時に見ましたが、本当にやられたように見えましたからね……」
「ですよね。もうちょっとご自身を大切にして欲しいと思いますけどね」
「ただ、チェリーさん。第4階層で獲得したアイテムがあるからどんな攻撃を受けたとしても生存保証があるというのが大きいね。
思い切ったことができるから」
「確かにそうでしたね。リアルでそう言うことやられたらヒヤヒヤするでしょうけどゲームですからね」
そう、リアルではこういう仕様が無い。だから僕はリアル社会ではショボい動きしかできないのである……。
「よし、この第5階層もあとひと踏ん張りだ! 他のチームを倒すぞ!」
「はい!」
この長かったピラミッドのダンジョンもいよいよ終盤戦に入った感じがした。
実は第5階層に入った時点でかなりの終盤戦だったけど、どうにもそうは感じなかったんだよね。
どうなるのか分からない状況から一気に展望が見えて気が楽になったのもあるけどね(笑)。




