第26話 僅かな勝ち筋
何とかロープの女を倒すことは出来たが、劣勢であることには変わりない。
むしろ、ここから相手の油断が減る可能性が大いにあるのでこれからが本番と言える。
「チッ……小僧。相当なテクニックのようだな……。
おい! カイン! こっちに参戦しろ! あの2人は俺が始末する!」
カインと呼ばれたステッキを持った男がチェリーさんとクリーさんに割いている炎を一部引いてこちら側に火炎の渦を回してきた!
「アチチッ!」
ちょっと足元に浴びたので思わず飛び退いたが、これは本当の火のように熱そうだ。あの2人はよくぞ耐えているなと本当に感心したほどだ。
「色々と遊びは終わりだ。まずはお前ら死ね!」
僕が後退しているのを見ると、シルクハットの男が一気にナイフを取り出した。
それらのナイフはチェリーさんとクリーさんを切裂いた……。
「後は頼みましたよ……」
「絶対に勝つって信じてますから……」
「2人とも……」
2人の声は小さかったが確かに僕には届いた。耐えてくれていたからこそステッキの男がこちらに注意が及ばなかったんだ。1対3にならなかっただけで2人は大きな貢献をしてくれた。
敢えて、2人がナイフで八つ裂きになっていく姿を目を見開いて見つめ、心に刻んだ。
こうして、僕1人対ステッキの男とシルクハットの男の対決となった。
厄介な遠距離スキルを持つ2人だ。どうにかして打開方法を考えていかないと……。
「もうそろそろ決着と行こうじゃねぇか。おい、遠距離でシバクぞ。近づけたらこっちがやられる。さっきのように同士討ちにならないようにも気を付けろ」
「はいよ。任せな」
流石に本気になればコイツらは上手い。絶妙にお互いの攻撃の死角や攻撃間隔を埋めつつ、こちらを近づけないような感じで連携してくる。
こっちも必死になって何とか交わしているが、徐々にHPは失われていく……。
「よし、捕らえた!」
ついに僕のつま先の辺りをナイフが貫くとすかさず、上半身の袖の辺りも封じられた。
「今度は近づかずにいたぶってやるよ」
シルクハットの男は生粋のサディストなのかとにかく相手の体を痛めつけることが好きのようだ。だが、それが僅かながらの勝ち筋を生むのだ。
ナイフは僕の皮膚を徐々に切り刻む様にして迫って来る。更に下からは炎が押し寄せてきており、並のメンタルの持ち主なら、降参してしまい兼ねないほどの痛みや熱が全身に浴びせられる。
「ハハハ! どうしたどうした! もう口もきけないほど追い詰められちまったか!?」
確かに現実的にはかなり厳しい。だが、チェリーさんとクリーさんのためにも最後まで諦められない!
と、思っていたら、これはどうしたことか何故か知らないが自分の足元のフィールドに“歪み“のような影とも言える空間を見つけた。
相手がアイテムを使用した気配もなく、僕も使っていないので、本来ならばあり得ないが、この“バグ”がもしかすれば窮地を脱してくれるかもしれない!
「何も反応が無くなっちまったし、そろそろ終わりにすっか。俺が決めて良いか?」
「どうぞ」
わざと目を瞑って意識が無いふりをしていても2人はもう勝ちを確信している雰囲気を感じた。この勝ち筋に賭ける!
「行くぜ! 千本ナイフ乱舞!」
ナイフが来る直前に空間の歪みに一気に服を破って入り込む! これがどこに繋がっているか知らないが、これが最後の勝ち筋だ。失格になってしまってもある意味やむを得ないと言えた。
「な、何ッ! どこへ消えた!? まだ俺たちの勝ちになっていないというのに……」
僕はもう既にナイフの呪縛を事実上解いており、いつでも動けるような体勢に密かにしておいた。
HPがゼロになると強制的に離脱させられるが、僕が最後の1人なので勝利のコールが出ないと言うことはまだ勝っていないのである。相手もそれを知っているので非常に焦っているのだ。
「ここだッ! 虻利流抜刀術!」
僕の足元にあったフィールドの歪みはどういうわけか、都合よくシルクハットの男の真後ろにありがたいことにワープさせてくれていた。
「グアッ……!」
シルクハットの男は致命傷を負いながらもまだHPが残っていた。かなりしぶとい! 何かしらダメージを軽減するタイプのアイテムか、消費することで離脱することを堪えられるアイテムを持っているのかもしれない。
「くそぅ!」
ステッキの男が攻撃してくるのを察知するとすかさず空間の歪みに入り直し、攻撃を回避した!
「小癪な! ワームホールか何かを使ったか!?」
シルクハットの男が驚愕の叫びをあげる。そんなアイテムは使っていないのだが、都合よくこちらの良いように物事が運ばれていた。
違法行為をすればすぐに懲罰されてもおかしくは無いので、これは“フィールドの仕様“に近いバグだと言えた。仮に運営に追及されたとしてもそう答えれば大丈夫のように思えた。
「雷撃一閃!」
元の場所に戻るとステッキを持つ男を遠距離の雷攻撃で攻撃した。ステッキを持つ男は動揺していたのか回避することに失敗した。頭に直撃したこともあってHPがゼロになる!
「あ、後は頼んだ……」
「チッ……やるじぇねぇか。ここまで追い詰められるとは正直思わなかったぜ。
お前、プロだな? ――俺も実はプロだからよ。こんなにトリッキーに動ける奴がそこら辺に転がっていちゃ困るぜ」
「さぁ、どうかな。しかし、ここで決着をつけ次の階層を進むのに相応しい相手だとお互い思わないか?」
相手もプロプレイヤーだったか……動きは雑ではあったが確かにそれに相応しいだけのスキルの精度の高さを感じた。もしかしたら今までどこかの大会で僕が戦ったことがある相手だったかもしれない。
しかし、身分を明かしてしまう内容を離すのは軽薄と言わざるを得ないがね……。
「おぅ! お互い小細工なしで力同士で決めようじゃねぇか!」
どういう風の吹き回しか分からないが、正面で衝突することを決めたようだった。
「良いだろう……最後の力を全て見せてやる」
僕は刀を鞘に戻す。再び抜刀の構えを取った。その時、チェリーさんとクリーさんの顔が浮かんだ。
2人は今も僕が勝つことを信じている。だから、あの火の中でも耐えていられたのだ。絶対にここで負けられない!
「行くぞ! 虻利流抜刀術!」
僕が先に駆け出した。跳躍しながら一気に距離を詰める!
「地裂千本ナイフ!」
地面が割れてナイフがそこからも殺到してくる上に正面からも来る。これは避けきれる数ではない――こうなれば、思い切って踏み込むしかない!
僕は抜刀しきって正面の無数のナイフを弾いた後、崩れる地面の足場とナイフを敢えて思い切り踏み込んで後に2撃目を打ち込む構えをした。
「ラストテンペスト!」
激痛を両足が襲ったが、どうにか技を出し切ることができた。これで決まってくれ!
「なッ! 二段構えだとッ!」
こちらも更に何本かナイフを喰らいながらも何とかHPが耐えきった。それに対して、シルクハットの男はラストテンペストをまともに喰らった。
「ちくしょう……折角だからこのまま第5階層までクリアしろよ……」
「ああ、やれるだけのことはやって見せる」
なぜか知らないが最後は友情に近いモノが芽生えていた……。散々、僕や仲間をいたぶっておきながら何とも勝手な気持ちの変化である――悪い気はしなかったけどね。




