第24話 失敗のケア
控室に向かい、マッサージ機能が付いているソファーに足を投げ出すようにして座る。
ところが、チームメイトの2人の姿が見えない。HPがゼロになると強制的にこの待合室に飛ばされてくるはずなのだが……。
「あー、生き返るぅ~」
VR空間で腰や肩をほぐすことは、体力回復の薬を使えば良いのであまり意味が無い。
現実世界の自分に対してもほとんど意味は無いのだが、精神的には随分と楽になるので、時間が空いた場合はよく活用しているのだ。
そんなことをしていると2人がおずおずとやって来た。
「あの……テルル中将さん。さっさと退場してしまって申し訳ありません……」
「私も、よそ見をしてはいけない場面でした……」
2人が続々と謝ってきた。
「いや、僕もこうして足を投げ出してリラックスしている。失礼して済まない。
クリーさんに関しては僕が勝ち筋を見つけるのに重要に役割を密かに担っていた。
チェリーさんは――次回から気を付けてくれたらいいよ。次からは敵を倒しても戦いが終わってから喜びを共有することにしてくれればね」
「分かりました……」
チェリーさんは特に恐縮していた。
しかし、ここで2対1だったならもっと楽に勝てていた可能性があるんだ! こっちは紙一重で危なかったんだ! 気を付けてくれ! など更に追い打ちをかけるように追及したところでチェリーさんならもう分かっていることだ。
そんな指摘はムードが悪くなるだけなので、僕は努めてにこやかにゆっくりと話した。
「は、はい……気を付けます。怒っておられないようなので安心しました」
「まぁ、結果としては勝ったわけ何で反省して次に臨んでくれればいいよ」
チェリーさんとクリーさんもマッサージソファーに座った。
「いよいよ次の試合が5階層に進むための決定戦ですね……」
数分が経過するとクリーさんは少し緊張しているようだ。
もう、いつ試合開始だと呼ばれてもおかしくはない。
「なぁに、いつも通りに力を出してくれればいいよ。2人とも実力はあるんだから大丈夫だよ」
「は、はぁ……」
ところがその“いつも通り”にやることと言うのが滅茶苦茶難しいと言える。
僕はあまりにも世界大会での場数を踏みまくっているからもう全く緊張しなくなってるけど(笑)。
それこそ最初は緊張したけど、それはもう遠い過去の出来事だ。
「失敗を恐れないことが大事だと思う。勿論無謀に突撃することは良くないけど、力を発揮せずに負けてしまうのが一番勿体無いからね。その都度全力でやってくれてそれで負けたなら仕方ないと思うからさ」
「なるほど……全力を尽くせるように全ての神経を集中させたいと思います」
「僕がいかにうまく立ち回ろうとも2人がいなければ絶対ここまで勝っていない自信を持っていいよ」
「どうしたらそこまでプレイングが上手くなるんでしょうか? 私達もテルル中将さんのようになりたいです」
チェリーさんが真剣なまなざしでこちらを覗き込んで来る。その表情は直視できないほど美しかった。
「僕は単にマニアなぐらいゲームをやりこんでいるに過ぎないからね。
ちょっとこの感覚は説明しにくいんだよな……『経験則に基づいてカンで動いている』というところが正直なところで、全てが相手次第だから『絶対勝てる法則性』みたいなものは無いんだよ。
敢えて言うならとにかく“相手が何を狙っているのか”そこをどの程度察知できるかが大事だと思う。
相手をしっかりと観察しておくことが大事だと思う」
トップ同士の対決ともなればコンマ1秒差で何とか勝つと言うことが多々あるし、絶望的な差を僅かな勝ち筋を繋いで逆転していくきっかけを掴むこともある。
そのコンマ1秒を制することができるかどうかの感覚の差の積み重ねがプロとアマの違いと言える。
「な、なるほど……私もそれなりには観察することは得意なので何とか頑張ってみます……」
しかし、僕のようなプロの判断や動きを要求するのは正直言って酷だろう。
ただ、プロであることを伝えるわけにはいかないのでフワッとしたことしか伝えられないが……。
「2人に言いたいのは無理に僕のようにやろうと思わない事も重要かなと思うね
それぞれプレイスタイルの特徴があるからね。
無理やり僕に合わせようとすると良さを消してしまうことになりかねないからね。
僕が何とか2人の良さを引き出させるように動くからさ」
「何だかそれではまたテルル中将さんの負担が多すぎるような気もしますけど……」
クリーさんはかなり恐縮しているようだ。
「まぁ、そこは任せてよ。一番の経験者が多くの役割を背負うのは当然だよ。
2人とも1回戦とか本当に力を出し切れていて良かったと思うよ。後は逆境の時にいかに踏ん張れるかだね」
有利な状況を逃さないことも大事だが、厳しい場面で勝ち筋を見つけて、手繰り寄せていくことも大事になる。
何がどう勝ち筋に繋がるのかを判断するのはアマチュアには難しいので僕がしっかりやるしかない。
「確かに劣勢の時はどうしたら良いのか分からなくなります……どうしたら良いでしょうか?」
チェリーさんが神妙な表情で質問してきた。
「そうだねぇ……とにかく2人としては僕を信じて耐えて欲しい。
とにかく、土俵を割らないようにすることが大事になるね。
極端な動きをしてしまうと逆に身の破滅を招くのでね。
勿論、有効そうな打開案が浮かんだらそれを実行してもらって構わないけどね
基本的には自分のHPをゼロにしないための行動をして欲しい」
普通の人間は劣勢の時に極端な動きをすると草食動物が肉食動物に捕食されてしまうように敢え無くやられてしまう。
しかし僕は、土俵を割りそうになった時に突然と言って良い程、打開案が降って沸いてくるのだから我ながら底力が恐ろしい……火事場の馬鹿力という言葉がピッタリ当てはまりそうだけど(笑)。
「なるほど……とりあえず数の差で負けないことが大事になりそうですものね。
それにしても、片手や片足を封じられてもあれだけの動きが出来ていたのは正直言って衝撃的でしたね」
チェリーさんが遠くを見て思い出しているような感じだ。
「まぁ、無我夢中に何とかしたいと思ってやっていたら何か結果が付いてきただけに過ぎないね。
アレの再現性はあまりないと思うよ
これまでの経験からくるカンが全てだと思うね」
プロプレイヤーだから縛りプレイはお手の物さとも言えない……。本当は今ここで余裕で再現できそうだ……。
「改めて凄さが分かりました。私達も状況判断を誤らないようにしたいと思います」
チェリーさんは唇を引き締めた。
「チームテルルの皆さんは第5階層進出決定戦が間もなく始まりますので、会場までお越しください」
コスモニューロンでそうアナウンスが聴こえた。
僕はリラックスモードからバッと立ち上がり一気に全神経が臨戦態勢に入った。
「よし、いよいよ決定戦だ。絶対に第5階層に行くぞ!」
「はい!」
僕が勢いよく競技場への入り口に向かうと2人も同じように僕に並んだ。
ここで絶対に勝ちたいと思った。




