第10話 言いえぬ結末
ふぅ……ただ単に父上の話を聞きに来ただけなのに、大王からとんでもない人体実験を聞かされちゃったよ。
重い気持ちになりながら、帰ろうと思って父上の社長室を横切って飛行自動車が待つ駐車場に向かおうとした時だった。
「虻成様が危ない!」
警備隊2人が叫びながら父上の社長室に向かって一目散に向かっている。これはただ事ではない!
社長室の前に来ると急いで社長室のロックを解除しようとしている警備隊がコードキーを間違えて入力しているのを見てまた胸騒ぎがした。
もしかすると、何か悪いことが起きているのでは?
「ど、どうした! 何があった?」
「虻成様から緊急通信があり、今日一晩共にするはずだった女性に殺されかけているとのことです!」
以前大王が、“いつか美人局かハニートラップにでもかかるのではないですか”と皮肉交じりに父上に言っていたが、まさか本当にそんなことになってしまうとは……。
だが逆に少し安心したようにも思える。この人数で行けば大丈夫だろう。
「よし、僕も一緒に向かおう!」
「き、危険ですよ! あの虻成様が危ないぐらいなんですからかなりの腕前だと思いますが……!」
「後ろから見ているだけだ。安心しろ」
女で襲撃を企むなどきっと豚ゴリラ(雌)みたいな凶暴な存在に違いない(笑)。
しかも武器などはセキュリティで弾かれるだろうから素手で戦っているんだろうからよほどの腕力だ。
正直言って美人好きだった父上がいったいどんな女性趣味になってしまったのか一目ぐらい見ておきたいという興味本位で社長室に入ろうとしている(笑)。
ハッキリ言ってどんな奴か確認したら直ぐに退散しようと思っている(笑)。
「本当に、後ろで見ているだけにしてくださいよ!?」
そう言っている間にロック解除に成功した。まぁ、相手は一人みたいだし警備隊は8人もいる。流石に大丈夫だろう。
「――それを……自分の番になったら……大変惨めですね!」
部屋から女の子の声が聞こえた。そして、パッと目に入ったシーンは想像を遥かに超える衝撃だった。
まず父上が脇腹と右手が負傷しており反撃もままならない様子。
そして、驚いたのは父上と戦っていたのが豚ゴリラ(雌)ではなくスラリとした背の高いう女の子だった。それも、電気を纏った弓を構えて――たった今放たれた!
「止まれ!」
「ぐっ!」
警備隊の静止を聞かずに女の子は弓を放つ。父上は更に左肩に更に攻撃を受けたものの、何とか机の下に逃げ込むことに成功。いやぁ、これでお縄で解決――。
と思った瞬間だった。
「ぐわあああああ!」
目の前にいた警備隊が続々と倒れていく……一体何が起こったというんだ……。
「一発ずつと思ったら大間違いですよ――ってあら?」
弓を放つ女の子はそこで止まった。どうやら親指以外の4本の指から連続で速射されたらしい。
4連射を2回に分けて放たれたので綺麗に僕の前にいた8人が倒れたというわけだ。
「飛んで火にいる夏の虫とはこのことですね。あなた、虻輝という虻成の嫡男でしょう?」
まるで鋼すらも穿つかのような強烈な視線が体に突き刺さる。殺意に満ち溢れたその表情に、思わずその場に尻餅をついて座り込んだ。
無駄に冷静に分析している場合ではない。このままでは僕が殺される……。
「い、いったい何者だ?」
辛うじてその言葉だけが出せた。
知ったところでこの形勢が変わるわけでも無いがどうしてこうなっているのか知りたかった。
「そうですね……簡単に言えば復讐者です。虻成に親を殺されたねっ!」
復讐者――そうかテロリストか。これまで、僕的には文字やデータでしか存在していなかった存在が間近に迫ってきたのだ。
因果応報という言葉が頭に浮かんだ。そうか、これが今まで自分がしてきた報いということか……。
「あなたは弱そうですので先に虻成から片づけます」
そう言って父上が隠れている机に向かって一撃を放つ。机が真っ二つに割れて父上がヨロヨロと出てきた。
相手が強いか弱いかを瞬時で見極められ、優先順位を決められるのは一流の証だ。
こんな状況なのに体の力が抜けすぎたせいか酷く冷静でいられた。
「よもやこれほどとは……」
父上は憔悴しきっておりもはや観念したといった表情だ。
このままでは父上は殺され、僕もすぐさま殺されるだろう。
何かないかと思うと近くに父上の刀が無造作に転がっていた。これだ! こうなったら失敗するのは当たり前でご隠居の抜刀を見よう見まねでやるしかない!
「私の家族を返せえええええええ!」
とんでもない光が集まった電撃の弓だ。これが父上に直撃すれば命はない! 刀を持つと重いがやるしかない!
「父上ぇぇぇぇぇぇ!!!!! 間に合ええええええええ!」
僕はなるようになれと思い思い切って刀を引き抜いた。
引き抜いた衝撃で前にバランスが崩れたが横の低い放物線が復讐者の女の子の足に直撃した。
「あうっ!」
右足のアキレス腱と左の腿辺りから血飛沫が飛び散った。特に右のアキレス腱はかなり傷が深く一部は骨が見えているほどだ……。“復讐者”と言っていた彼女は倒れた。
しかし、コンマ一秒でも遅れていれば父上に電撃の弓は直撃しただろう。
弓は天井に向けて放たれ、大きな黒い跡ができ、一部ではひび割れが起きている。
この部屋は相当頑丈に出来ているはずだから余程の威力だったことが窺える。
「な、なんだ虻輝。やればできるじゃないか……」
「ハハハ……マグレですよ。父上も無事で何よりです」
「まぁ、手は感覚が無くなるほどの悲惨な状況だし、全然無事ではないが。
お互いに生きているだけでも良かった……」
怪我の状況は心配だが、警備隊の増援なども見えており、何とか大きな局面は乗り切った感じがあった。
「いやいや、危なかったですなぁ」
気が付けば後ろから大王が現れた。更に大王率いるロボット警護部隊と医療ロボットが周りにいる。
「た、助かった……」
僕は力が抜けてその場で崩れた。これで父上は大丈夫だろう。
「……この傷でしたら至急措置をすれば大丈夫でしょう。これに懲りたら女遊びは控えることですな」
大王は医療ロボに乗せられた父上に向かってそう皮肉を述べた。
「ふ、不覚だった。全治はどれぐらいかね?」
大王は手元の機器を見ながら口髭を触り少し考えた。
「そうですね……手の傷が一番深いですな。
元の感触に戻るまで2か月ぐらいでしょうかね。
多少不便だと思われますが、サポート用具を使えば日常生活に戻るまでならそう時間はかからないでしょう」
父上が大丈夫そうでよかった。しかし、電撃弓の復讐者は警護ロボットに捕まりながら叫んでいた。
「あと少し! あと少しだったのに! 最後の油断が……お母さんっ!」
唇を嚙み締めすぎて血が出ている……彼女の言動を聞いて胸を締め付けられたように苦しくなった。
「うるさいですな……」
大王が睡眠薬と思われる注射をして彼女は力尽きた。
「さ、そのテロリストをどういう実験に使いましょうか……」
その大王の声を聴いた瞬間、僕は先ほど聞いた数々の人体実験の話が一気に頭に蘇った。
彼女がその犠牲になってしまうのはあまりにも不憫に思えた。
「ま、待ってくれ! なんとか命だけは助けてくれないだろうか!」
少し大王が彼女を見回し、思索してから納得したような表情に変わった。
「なるほど、なかなか素晴らしい体つきですからな。胸元も服の上からわかるほどです豊満ですし、下半身も鍛えられている……それについても検討しておきましょう。虻頼様にもお聞きしておきましょう。ささ、虻輝様も簡易検査してください」
何かとんでもない勘違いをしていそうな納得の仕方だが、とりあえずは助かったのだろうか?
大王に言われて初めて彼女をまじまじと見たが、さっきは鬼に見えた顔は力が抜け美しい。
体つきも大王が言う通り全体的には筋肉質でありながら、女性らしく柔らかそうなところはしっかりと標準以上はありとても魅力的に見える。なるほど父上が好みそうな体格だった。
そんなことを考えている間に僕も簡単に赤外線で検査を受けた。
「外的には擦り傷がある程度。塗り薬と絆創膏で大丈夫です。内的にも問題はなさそうです」
「ふぅ……とりあえず何とかなってよかった。警備部隊についてはどうなんだ?」
「簡単に検査したところ、どうやら命に別状はないようです。テロリストも足の状態は全治2か月前後ですが命に別状はないようです」
警備隊も直撃していたようだが連射をしていたからかそれほど威力は高くなかったわけだ。彼女も処遇次第で大丈夫そうだ。
「そ、そのテロリストの名前って言うのはなんて言うんだ?」
流石にテロリストと僕の中でもそう思い続けるのは気の毒だ。
「お待ちを……コスモニューロンに登録していないので少々手間取りましたが、名前は島村知美。住所は東京都文京区のマンションですな」
「島村さんと言うんだ……」
「ふむ、相当彼女に興味がありそうですな。処遇について決まりましたらまた追ってご連絡します。とりあえずは今日のところは足の治療をしておいて独房に入れておきます」
まぁ、虻利家現当主に対して殺人未遂を犯したのだ。その程度でとりあえず済んでい
るのは奇跡といっても過言ではないだろう。大王の謎の勘違いが特別な処置を呼んでいる。
「大王、いろいろとありがとう。またよろしく」
「ええ、また後日ご連絡します」
今日は色々なことがあった疲れがどっと押し寄せてくるのが分かった。
大王からの人体実験のことや今のテロ事件で頭がパニックになりかかっている。
後で玲姉達に今日のことを話をしてみることにするか……。