第9話 復讐の約束
虻輝と大王が会談を行っているほとんど同じ時刻に虻利ホールディングス本社ビルに向かう一人の女性の姿があった。
彼女の名は島村知美18歳。人目を惹く顔立ちで背も高く、唇を噛み締めており鋭い視線を四方に飛ばしていた。
彼女はある一つの重大な決意をもって一歩を踏み出そうとていた。ここからは彼女の視点でしばらく見てみようと思う。
「すぅーはぁー」
これで何度目の深呼吸でしょうか。
私はこれまで数多くの的を弓で打ち抜いてきたと思いますが、いまだにこんなにも緊張をしたことはありませんでした。
「大丈夫。きっとできる。これが最期なんだ。むしろ仕留め損ねたほうが私の命が何の意味もないものになってしまうから……」
私は自己暗示をかけ体の震えを何とか止めようとしますが右手を中心に震えが止まりません……どうしてここまで緊張しているのかというと、何を隠そう私はこれから虻利ホールディングスの代表取締役社長である虻利虻成を殺しに行くのです。
標的は世間では“影の総理大臣“とまで呼ばれる大人物です。成功しても失敗しても死は免れないでしょう。まさに一世一代の大勝負と言えます。
私の家は武道の家で剣や弓を教える道場でした。
門下生は時代とともに減っていき決して裕福な生活ではなかったですが、両親と私と弟で何気ない毎日を幸せに過ごしていました。
そんなある日、突然私たちの小さな幸せは終わりました。
今から10年前の2045年3月27日、あの日は生涯忘れることはないでしょう。
虻利が土地を強制的に買収しに来たのです。虻成と私の父は同級生で虻成自らの説得でした。
しかし、父は『道場には200年近い歴史がありみすみす場所を動くことはどうしてもならない』といくらお金を積んでも拒み続けたのです。
どうしても説得ができないと虻成は悟ったのか周りに引き連れていた黒服が突然襲い掛かってきました。
父は黒服数人を斬り伏せましたが虻成の抜刀術で父は重傷を負い、母は還らぬ人となりました……。
母を失った父の悲しみの咆哮は今でも耳に残っています……その日から父は復讐の鬼になり狂ったように木刀を振り回す日々を過ごしていました。
ところが5月に入ると家に戻らなくなりました。私と弟はそれぞれ別の施設に預けられ家族は文字通りバラバラに崩壊しました。
「お父さん、お母さん……たっちゃん……」
会社のエントランスに入る前に、胸のペンダントを開けてみんなで写った最後の写真を見つめます。
この日は何気なく写真を撮ったけど、まさかこの3日後にあんなことになるなんて……
皆の笑顔を見ると自然に闘志に火がつき体に力が湧いてきました。もう迷いません! 必ずお母さんの仇、そして幸せな家庭を壊した罪を償ってもらいます!
「本日はどのようなご用件で?」
「虻成社長から直々に呼ばれております。これが招待状です」
気が付けば体の震えは止まっていました。受付カウンターにその招待状を出します。豪華な便箋と紙でありこれだけで万単位の値段がしそうなものだと思います。
「なるほど、失礼します」
受付の人は招待状についていた認証ホログラムを受付が読み取っているようです。
本来ならばこんな招待状を手に入れることはできません。しかし私は手に入れることに成功しました。それも偽装などではなく正式なものです。
何故このような招待状を手に入れられたと思いますか?
「正式なものと確認しました。こちらの一度きりのパスコードのメモです。これを社長室で入力してください。コードを間違うと入れませんのでご注意ください」
「分かりました」
それは、私が事実上の“娼婦”として虻成に“買われた”からです。
虻成は極度の女好きのようです。私のルートの情報では毎年虻利開催の20歳以下のミスコンテストでの優勝者が虻成に“買われる”というものでした。
最初聞いたときはかなり眉唾物だと思ったのですが、虻成本人が特別審査員として入っているという情報を手に入れてこれに賭けてみる価値はあると感じました。
私は特別容姿に自信があったわけでは無かったですし、人前で目立つことは好きではなかったです。
でも、私は持って生まれた身長は女性にしてはかなり高く170センチあり、小学生高学年ぐらいからお恥ずかしいことに非常に目立つ存在だったのです。
私は皆から見られる恥じらいよりも優勝者になれる僅かな可能性と、私の虻成に復讐したいという執念が行動を実行に起こす引き金になりました。
そして私は奇跡的に優勝者になり、こうして本日“呼ばれた”わけです。
きっと虻成は身長が高い女性が好きなのでしょう。周りにいたコンテストの最終候補者の女性たちより私が綺麗とは思えなかったからです。しかし、参加者のうちで170センチに到達していたのは私だけだったと思いますからね。
「では、持ち物検査とセキュリティコードをお願いします」
セキュリティコードは数字とアルファベットを組み合わせた20桁、それを3回も別々に違ったものを入力しなければならないようです。あまりこういう入力に慣れていないので早くに来て正解でした。何度も確認してから開錠していきます。
「よく来てくれた」
“お久しぶりですね“という言葉と直ちに飛び掛かりたくなる気持ちをグッと堪えた。今その時ではない。5メートルほど前にいる人物は10年前の記憶より多少老けてはいるようですが、間違えなく虻成本人……ようやくこの日がやって来ました。
「お初にお目にかかります。島村知美でございます。本日はご招待いただきありがとうございます」
怒りと憎しみを爆発させまいと今できる最大限の笑顔とゆっくりと丁寧に話しました。
心臓の極度に高鳴りが起きてもおかしくは無いです。
ですが、家族みんなが力を貸してくれているのか、先ほどから冷静です。
「まぁそこに腰掛けたまえ」
「いえ、結構です。それよりも、もっと落ち着いたところでお話ししたいです」
「ほぅ、分かっているではないか」
虻成は私の体を舐め回すように視線を動かしました――吐き気が出そうですが今は笑顔を保つことに全力を尽くします。
「まずはディナーで楽しんでから虻利きっての最高ホテルにでも行こうではないか」
感情を押し殺すので精一杯です。唇を噛み締めすぎて変な顔にならないように注意しないと……。
「ホテルは、あの虻利迎賓ホテルだ。最低価格でも1泊300万円。今日はあそこの更に特別スイートルームを――」
虻成が私から背を向き窓の外にあるホテルを指差した瞬間でした。
今しかないっ! と私の頭に閃光が走りました。ここまで少なからず緊張していたが極限まで張り詰めている状態になり逆に頭の中がクリアになるような感じがあります。
そして弓を弾くポーズをとります。本来ならば荷物検査で危険物は弾かれ何も武器の類は持ってこられないようです。
しかし、私には空気中にある電圧を弓に換えるための訓練をこの瞬間のためにやって来たのです!
「何っ!」
しかし、虻成は流石に剣術の達人、強力な電圧の弓が飛んできたのを直ぐに察知し振り向き様に交わす態勢に入りました。ですが、脇腹に命中しました。
「ぐっ……き、貴様ぁ」
虻成はすかさず近くに立てかけてある刀を抜き去ろうとしました。
しかし、私はそこを見逃すつもりはありません。
「させませんっ!」
2撃目の電圧の弓は虻成の右手甲を貫き、虻成の手は空を切り抜刀を未然に阻止しました。刀は弾かれ私の元まで転がってきました……良かった。
ここで抜刀されてしまえば一撃で私は殺されかねません。あの日のお母さんみたいに……。
「ば、馬鹿な……その年でここまでの技術とは……な、何者だ……」
「私は鳥山知彦の娘。あなたが潰した道場の娘です。お母さんの仇取らせてもらいますっ!」
虻成の顔がハッと何かに気づいた表情になりました。
「そ、そうか……あの時の……。あ、あれは違ったんだ、つい鳥山君と喧嘩になってカッとなってしまったんだ。
君のお母さんは本当に殺すつもりはなかったんだ! 君たち家族がまた暮らせるように保障しよう。だから許して――」
私はある意味がっかりしました。これほど権力を持っている人間でも追い詰められれば無残にも命乞いをするのだと……。
「この場面で命乞いと言い訳ですか。私のような若い女の子で快楽を貪ろうとしていた人の言うことなんて聞けません。
お母さんも“許して”と言ったのにあなたは一撃で斬り伏せました! それ以外でも数多くの人を命乞いで斬り伏せてきたでしょうね!
それを……自分の番になったら……大変惨めですね!」
今は1秒が惜しいです。ロクでもない人間だと改めて分かったところで終わらせます。警備の人間がいつ来るとも分かりませんから。
私は3撃目の電圧の弓を構えます。これで終わりです!
「止まれっ!」
後ろから声がします。もう警備隊でも来たんですか!? 早く仕留めなきゃいけません! 直ぐさま3撃目を放ちます!




