第10話 偽投降
ダンジョンに潜った際に想定していた中で最悪に近いことが目の前で起きようとしている。
3人の屈強な男に囲まれチェリーさんの武器が転がっている。
3人組はチェリーさんを捕えているのはラガー帽の男。
クリーさんと同じぐらいの身長の筋肉質の男が大きな鎌を持っていてコイツが一番強そうだ。
その後ろでタバコをふかしている男が恐らくはリーダーだろう。
恐らくは後ろから囲まれ武器を吹き飛ばされたのだろう。
「お前たちの中で一番良い武器を渡してもらおうか!」
タバコをふかしている男が大声で叫んだ。めっちゃヤニ臭そうである
「離してください! でなければ実力行使をしますよ!」
チェリーさんは何か体術をかけそうな感じの雰囲気になった。眼つきもいつもより鋭くなる。
しかし、それは相手の狙い通りになってしまう。
「チェリーさん! やめるんだ! 認められた武器以外の体術で攻撃したら失格になってしまう!」
僕の声に応じて間一髪でチェリーさんの動きがピタリと止まる。
このゲームの規定では武器による正当な方法以外で他人にダメージを与えることは失格になってしまう。
これは、武器による比重を高めても元の基礎能力による劣後をなるべく少なくしたいという運営の思惑だろう。
それに対して、相手はルール違反行為である武器を奪ったのではなくあくまでも弾いて飛ばし、チェリーさんの体を確保しただけなのでまだギリギリのところでルールの範囲内だ。
つまりここで攻撃をしても正当防衛としても認められないことになる。
しかも告発をしたチームが優先的に告発された側の武器などを貰えるというシステムがあるので、それを元々狙って悪用して稼ぐハンターみたいな奴らなのだ。
初心者をチームに入れたほうがポイントが上がる制度上このゲームの一つの注意事項の一つとなっている。
しかし、初心者はこの事象について理解していない。
まさしく自由度の高いゲームにありがちな“制度の穴”を突いたゲリラ的な戦術なのだ。
「テルル中将さん……いかがしましょうか?」
僕は背伸びをしてクリーさんの耳に小声で話し始めた。
「クリーさん。冷静に考えて欲しいんだが、チェリーさんを確保している奴も攻撃は出来ない。
ここはアイツをダウンさせることを最優先する。実は2対2の状況に近いんだ」
「な、なるほど」
冷静さを欠かなければその程度の戦術なのである。
ただ、初心者は色々と知識が足りないので一瞬で破滅的行動を取ってしまう。
僕もこれまで2回ぐらい被害を受けた。
チェリーさんは並の初心者では無いので辛うじて僕の言葉を聞いてくれたと言って良い。
「僕が合図を出したら攻撃して欲しい。とりあえずは油断させるから」
「分かりました」
「オイオイ! 相談なげぇんじゃねぇか!」
鎌を持った大きな男が挑発してきた。
「いやいや、参りましたよ。見事にチェリーさんを捕らえられてしまいお手上げですよ。
どうすれば解放してもらえるでしょうか?」
僕は手を挙げながらニコニコと最高の笑顔を浮かべながらそう話した。武器は腰に忍ばせてある。
「そこのデケェ女の武器がランク7で中々良さそうじゃねぇか。
その武器との交換でどうだ?」
やはりそう来るよな。
「クリーさん。交換に応じてくれるね?」
「ええ、チェリーさんには替えられませんから」
クリーさんが前に進み出て武器を交換しようとした時、相手の雰囲気が緩んだ。
それを見逃すはずもなかった。
「喰らえっ! クリーさん!」
僕はすかさずチェリーさんを捕らえているラガー帽の男を攻撃した。
平凡な武器ではあったが、虻利流のような抜刀スピードだけでHPの半分を吹き飛ばした。
「何ィ!」
クリーさんも同時に筋肉質の男を攻撃して難敵かと思われたが一気にHPをゼロにした。
「よくも私を捕らえてくれましたね!」
自由になったチェリーさんは即座にラガー帽の男を風属性の攻撃でダウンさせた。
「ち、チクショー!」
あっという間に2人倒せてしまった。僕のハッタリ笑顔作戦が大成功した。
「く、くそ! 3対1じゃやってられねぇ!」
リーダーの男は煙幕弾を投げて目くらましをした。
「ああ! 逃げられてしまいます!」
チェリーさんが追いかけようとしたが、僕は肩を掴んだ。
「深追いは止めておこう。何か罠があるかも分からないし」
煙幕弾は自分も攻撃が出来ないが逃げるのには最適だからなぁ……あんまり劣勢になることや負けることや劣勢になることを想定していないから僕は買わないけど。
「アイテムは最低限しか回収できませんでしたが、チェリーさんが無事で良かったです」
クリーさんは爽やかに笑った。9000ゴールド回収は正直大きい。有料鑑定費用を回収できたのだから。
「申し訳ありません……私が不甲斐ないばかりに……」
チェリーさんはそれに対して大きく項垂れている。
「初心者だと操作するのすら大変だろうから、よくやっていると思うよ。
特に僕の声を聞いて敵に素手で手出しをしなかったのが一番良かったね」
「ルールでそんなことがあることも知りませんでした。
確かに注意事項にそう言うことも書いてあることを今確認しました……
先程NPCと対人との戦いの違いについて説明されようとしていたのはこのことだったんですね……」
「まぁ、普通は最初からルールの穴を突こうとしない限り、どんなことがルール違反になるとか確認してからゲーム開始する人もあまりいないからね(笑)。
基本的な社会秩序とおなじようなことを守れば大丈夫だと思う人がほとんどだから。
あ、HPがよく見ると半分ぐらいになっているから回復薬使ってよ」
チェリーさんに回復薬を渡した。チェリーさんは両手で恭しく受け取った。
「色々とありがとうございます。次の機会には必ず挽回してみせます……」
チェリーさんは責任感が強いのだろう。物凄く決意に満ちた目だ。
「ま、まぁ気負わなくていいから。初心者さんだから多少のミスは僕たちがカバーするし、
そもそも最後のポイント計算の際に絶大な貢献をするからね? 速攻で退場するとかしない限り気にしなくていいんだよ」
「そうですよ。テルル中将さんの言う通りです。結構初心者の方には難しいゲームなんですから」
「……」
それではダメなんですよ……というチェリーさんの心の声が痛いほど聞こえてきた。
個人だったら自分がダメになるだけだからある程度諦めがつくが、
チームの足を引っ張っているという感覚が許せないのだろう。
「まぁ、このダンジョンはそこまでレベルが高いわけでは無いから、
もうちょっと練習しようか?」
時間をここで取ってしまうのは正直痛いが、今のモチベーションの状態のチェリーさんは危険だ。
いざという時に、無謀に突っ込んでしまったりして決定的に足を引っ張ってしまう可能性がある。
気負い過ぎる状態より自信を付けさせることが大事だと僕は思う。
「ただ、雑魚モンスターを漠然と狩っていたさっきのような動きは生産性を感じないだろうから、
今度は連携が取れるような動きをしようか。
この先で予測されるモンスターに応じて動きを考えていこう」
チェリーさんは俯きがちだったがパッと顔を上げた。
「はい!」
「それじゃ、予想される5つのタイプのモンスターのデータを早速送るね」
僕は世間が公開しているデータをまとめて2人に送った。
「こ、これは……」
クリーさんも絶句している。無理もない開始から何分何秒にどういう行動をするか、
ボスの弱点はどうなのか事細かに記してある。
現実的には余程のゲームマニアでもない限り手に取ろうとすら思わない
「絵もついてるし見やすい方だと思うけど……」
ちょっと2人とも引いている雰囲気だったので、フォローしたつもりだった――慰めにしかならないと思うけど……。
「いえ、少しでもお役に立ちたいのでこれぐらいはやって見せます!」
チェリーさんは燃えていた。炎のエフェクトが出ていない筈なのに見えるほどに。
「このゲームには訓練モードがある。このダンジョン内でも開ける優れものだ。
今言ったような5つのタイプのボスと戦うことができる上に、隔離空間で行うために先ほどのような対人との戦いを避けることも出来るんだ」
「その機能ってそう言う風に活用するんですね……今まで漠然と戦っていましたよ」
クリーさんも必死に読み込みながら何とか覚えようとしている感じだった。
「まぁ、僕は早期にコツを掴んだんでこのシミュレーターを活用したことは無いけど、
無謀に突っ込むよりかは意味があると思うんでね。
あと、このシミュレーターはこのゲームに参加していなくても出来るからお友達と試してみるのも良いかもしれないね」
「なるほど! 早速始めましょう!」
チェリーさんの意気込みは凄いものがある。これを良い方向に活かしていきたいなと思った。




