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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第1章 歪んだ世界で生きる者
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第8話 食物連鎖の頂点

「次に少し話のスタンスが変わってくるのですが、まだ実現しきっていないことです。まずは宇宙への進出についてです」


 宇宙への進出は数多く問題を抱えていて、各太陽系への星への着陸の成功と失敗が半々というところで生活するに至っていない。


「なぜ宇宙進出がうまくいっていないのかと申しますと、地球上と大気中にある成分が大きく違うのです。地球では約8割が窒素、約2割が酸素なのはご存じだと思います。  

 それに対して木星の大気では水素9割、ヘリウム1割と全く主に構成しているものが全く違いますし、常時地球の大型台風レベルの突風が吹き荒れているという環境なのです。

 地球に一番近いとされる火星でも資源の調達が難しく先日のABJ9号の乗組員は全滅しました」

 

 ここでは電波が通じないようにしてあるのかCPUが外部に接続ができないので日本語の資料を大王が取り出した。一般常識的なデータは暗号化されていないらしい。


「なるほど、先ほどの飛行自動車と同じく状況が変わると全く違った結果になってしまったというわけか」


「そうなのです。そこで、使うのが宇宙での人体実験です」


「しかし、宇宙飛行士は貴重な人材なのではないのか?」

 大王はニヤリと笑う。僕の認識が誤りだとすぐに悟った。


「それは先入観に過ぎないです。今はAIで行き先を指定できますからね。

 見た目上は宇宙飛行士になる際にテストや適性テストなどを受けさせますが、実際のところは“出来レース”で乗組員全て囚人というのも珍しくありません。

 宇宙船の自動操縦技術も進歩しており、プロの乗組員がおらずとも無事に目的地まで到着します。

 被験者には目標を達成すれば免責すると言っているので意欲的に動いてくれます」


 そして、実際は生還率0%なのだから闇があまりにも深すぎる。

この件について僕は印象操作を受けていた側の1人だったと言える。もっとも全てを知っている人間なんて目の前にいる大王ぐらいなものだろう。


「な、なるほど僕の考えが浅かったな。しかし、全員囚人だと離反してしまうことや目的にそぐわない行動を起こさないのか?」


「当初はそのリスクもありましたが、現在ではその心配は全くありません。

 これはウチで働いている黒服もそうなのですが、洗脳プログラムによって自分と同格の相手に対しては疑心暗鬼に、我々上層部に対しては絶対の忠誠を誓わせるように年単位での洗脳を随時加えています。

 宇宙人の技術によって遠距離での脳への攻撃が可能になったことは遠距離での洗脳も可能にしていますので拘束する必要も減ってきました」


 ここが虻利の恐ろしいところで、もはや何気ない天気の会話のように洗脳についての話になっている。

 

 そうか……こういう実験を色々とやっているからこれまでの囚人が全ていなくなってしまうぐらいのペースで犠牲になっているんだ……。

 更に単なる人体実験の道具だけでなく、虻利に従順な下僕を作り出すためのプログラムも用意してある。ご隠居の所にいた黒服たちがそうだ。


「これまでの例の通り動物実験では得られるデータと人体実験で得られるデータの質が全く異なるのです。

 個体の大きさもそうですし同じ哺乳類で構成要素は98%以上同じとはいえ全く同じではないですからね」

「た、確かに」


「宇宙開発の分野においても1歩ずつ着実に成果は出ており10年後には移住計画が現実のものになっているかもしれません。もっとも、宇宙人の皆さんがもっと別の技術をくださったならすぐにでも宇宙進出できるかもしれませんが」


「ところで“宇宙人”は何で技術を小出しにするんだろうね? セコイのかな?」

 大王はフフッと笑った。もしかして“セコイ“というワードに笑ったのだろうか?


「“宇宙人“の方々はほとんど虻頼様にしかお話にならないので私も又聞きなのですが、彼らにとって人類はかなり”儚いモノ”ということらしいです」


「どういうこと?」

「私なりに言い換えさせてもらいますと、“人間は簡単に潰せる”ということでしょうな。“技術“次第では一瞬にして人間が滅んでしまうのでしょう。つまり彼らなりに我々について考えているということなのでしょう」


「なるほど。彼らとして見たら虻利家に“地球を託している“から容易には秘具で滅んで欲しくないということなんだろうな」


「ズバリそういうことです虻輝様。次の話が時間的に最後にしておきたいところですがよろしいですかな?」


「あ、最後の話は僕に決めさせて。最近、ど〇でもドアに似た製品を作ろうとして実験が失敗したという話を聞いたがそれについてはどうなんだ? 聞いた話だと人間がミンチになったって……」


「あぁ、虻輝様には真実をお伝えしますが、それは本当ですよ」

 誤魔化すとかではなくサラリと言われた……逆に拍子抜けするほどである。


「そういう実験って結構頻繁に行われるらしいけどそれについては?」


「それも本当です。結構、隠密行動・隠蔽しているつもりなのですが、内部密告者がいるかもわかりません。意外と情報が外に洩れますので必ず見つけないと――それはそうと、いわゆるワープや空間移動というのは難しいんですよ。タイムトラベルも同じように厳しいです」


 情報が洩れているかもというときの表情が一瞬かなり怖く冷汗が出るほどだった。

「ど、どういうことが課題なの?」

「まず、ワープについて解説させてもらいますと、現時点での研究では一旦A点で体を電子レベルまで粒子化させてそれを電子の波に乗せてB点に移動します。

そしてB点で再現化させるということを想定しています。ところがB点に移動した際に体の再現化が上手くいかないのです」


「へ、へぇ、移動までは出来ているんだ」

 これまでの流れだと移動してミンチ状態なのだから冷汗が止まらない。


「ええ、体の再現化が難しいのが第一段階の壁。

 第二の壁は人間の構成物質を考えると水分などはB点での物質を利用することも考えていますがその時の問題です。

 虻輝様は“テセウスの船”という話をご存知ですか?」


「うーん、臼って言うからには餅つきの時に使う奴のこと? 手製の臼がたくさん積んである船だ!」


「……テセウスというのはギリシャ神話の英雄のことです。そのテセウスがクレタ島からアテネに帰還した際の船のことです」

 ドヤ顔で叫んだのに全く違った……。


「あ、人名だったんだ……それでその英雄の船がどうしたの?」

「テセウスの船はその時代の後も保存されていたのですが徐々に壊れていき、その都度新しい部品に置き換えられていきました。

そして、それを構成するパーツが全て置き換えられたとき、テセウスが載っていた時の船と現在の船は「同じ船」だと言えるのか否か、という同一性をテーマに扱った思考実験のことを言います」


「ああ、なるほど空間移動して別の構成物質で同じ人間を作った場合同じ人間であるか否か倫理的な問題になるわけね」

「そういうことです。そして次なる壁は再現されたB点の人間はA点の人間の記憶を受け継いでいるのか? という点です。

 体をそのまま同じ物質を利用して再現化に成功したとしてもその記憶まで引き継いでいる保証は全くありません。

 もしかしたら記憶喪失の人間が誕生するだけかもしれないので」


「確かに、移動に成功したのは良いが何も覚えていなかったら何も意味がないな」

移動したのは良いが記憶喪失になっていたら怖すぎてゾッとした。地球上で移動する分には飛行自動車でも最高時速は300キロにまで到達するので十分なスピードがある。


「そうなんです。現在飛行自動車の技術なので移動スピードはさらに加速していますが、瞬間移動の技術が成功すれば過酷な環境の星の進出にも大きく繋がるために皆がかなり注目しています。

 ですが、実情のところは今挙げた様々な問題があり宇宙進出より進歩が見込まれていません」


「へぇ、そうだったとは知らなかったな」

 まぁ自分の分野以外は詳しくないのは当たり前か。研究者でも、大王のように包括的に知っている者は少ないだろう。


「時間移動に関しては、“実現”はしています。ただし、不完全な形ですが」

「また、体の再構成に失敗しているとか?」

 こんな言葉が平然と出てくるようになった自分が怖いわ……。


「それに近いです。更に、時間移動ができているのは精神体のみでしてそれも一方通行に過ぎません。

 こちら側から別の時間軸に言った人間は精神体での通信は出来ていますが意識は戻りませんし、どちらの世界での物理的な影響力行使もできていません。

 これも空間転移の応用版なので、空間転移が成功できれば実現は可能だとは思うのですがね」 

 いずれにせよ、人体実験に使われた人間が悲劇的な結末を辿っているのは間違いない。


「なるほど、今実現できていない宇宙開発、空間転移、時間移動。これら3つの技術の中心には空間移動が関わっているということか」

「そうですな。宇宙人が“セコイ“のもあって、我々は自力で何とかする前提でやっています。他力本願では情けないので」


 こういう現時点での条件を使ってでの探求心の高さが『現代のダヴィンチ』という二つ名があるほどまでの発明家になれたのだろう。


「具体的に空間転移の実験だとどれぐらい犠牲者が出たの?」

「最初は10キロ先の目標地点まで飛ばすことが出来ずに、途中地点でバラバラの状態で発見されました。

勿論、表向きは猟奇的殺人事件の未解決事件として処理していますがね。

理論的には大丈夫だと思ったので10キロから挑戦してみたのですが今にして思うと少し無謀でした」


「へ、へぇ……」

 す、少しなのね……。しかし、理論が整っているといきなり大胆なことをするんだなぁ。


「外部での事故だと隠蔽が面倒なので研究室内で30センチのところから始めましたね。目標の場所に指定して飛ばせるようになるまでの実験は50回ぐらいかかりました。

 そこからさらに実験を127回重ねていますが未だに体の再現性が実現化されていません。

 理論上ではとうの昔に再現化していてもおかしくは無いのですがね」

 

 その実験での被験者がどのようになったのかはもう聞くまでも無いだろう……特に移動実験の生還者は0なのだから……皆さんご冥福をお祈りします。


「し、しかし流石にやりすぎではないだろうか? 

いくら遠距離の洗脳が可能とはいえさすがに一般市民にも気づかれている可能性も高い。反虻利のテロ活動が活発化しているのもそのためだと思う」


 洗脳や人体実験など様々な水面下での弾圧は続いていて表面化が防がれているのは凄いところだと思うが……。


「虻輝様、犠牲がいくら出ようとも恐れることはありません。

弱肉強食の食物連鎖のこの世は犠牲なしには成り立っていないのです。

体が大きければ大きい動物ほどより多くの物を食べなければならないのです」

 大王が一気に僕に迫ってきた僕はその気迫の前に仰け反りつつある……。


「た、確かに。僕だって肉を食べている」

「そうです。もっと言えばこの世に生を受ける際にも精子の中で1つだけしか卵子に出会うことが出来ず他の精子数億個は既に淘汰されているのです。

 我々は生物学上既に意識せずとも何億何兆という生物の犠牲の上に成り立っています。

 つまりは、より大きな功績を残すためにはより大きな犠牲を払わなければ新世界に辿り着くことはできないのですよ!」

 

 聞くところによると既に通常の犯罪における死刑囚は全て人体実験で死亡したらしい。だから僕が偽装してまで“犯罪者”を量産しているのだ。

「で、でも……。本来は失う必要がない命じゃないか……」


「こうは考えてもみませんか? 本来ならば生産性が低い人間を究極的な我々の目標のために犠牲になる。

 それで世界が劇的に改善するならばよいではありませんか。

 そもそも資本主義社会そのものが労働者から搾取し資本家が潤うシステムなのです。

 長い目で見ればこの構造と何ら変わりはありません」


「し、しかし玲姉は『弱い存在から切り捨てていったときに、最後には自分一人ぼっちになる究極の優生思想だと思う』と言っていたんだがそれについてはどう思う?」


 確かに大王の言う世界秩序や法則は理屈としてはあっているのかもしれない。

しかし、命の重みに大小があって果たしていいのだろうか? 仮に大小があったとしても、それが何の罪も犯していない人を“危険分子“に仕立て上げての結果である……。


「大丈夫です。この私ならば最後の一人になる前に犠牲に見合った成功を必ずや成し遂げて見せます。

 虻輝様のような方が良心の呵責に押しつぶされるようなことはあってはいけません。 必ずやSFや漫画で皆さんが思い描いたような理想的な結果でお応えして見せます。安心してこの私に全て委ねてください」


「あ、ああ……」

 大王は僕の肩をガッ! と掴み正面から僕を覗き込みながら言ってきたので反論のしようがなかった。


「そして、私たちは何も強制や洗脳で虻輝様に職務をこなして欲しくないのです。

洗脳で事実上のロボットにしてしまうことはとうの昔にできてしまいますからね。

しかし、我々としては自主的に誠意をもってこなして欲しいのです」


「な、なるほどね」

 とりあえずは頷いてみたものの僕は一体どうしたらいいのかいよいよわからなくなった。

玲姉の言う『本当にやりたいことや、良いことをしているのか?』という問いと、

大王の言う『世界の発展のために粛々と人体実験の被検体を生産する』という2つの考え・行動は両立しえない。


 どちらも正当性があると思ったし、自分の考えを特に持っていなかった弱い僕としてはどちらにも心の底から頷くことができなかった……重い気持ちで帰路につくしかなかった。

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