幼なじみがくれた18歳の誕生日プレゼントは記入済みの婚姻届けだった
どうしてこうなったのだろう。俺、村上駿の前には幼なじみである白井翼が座っている。そして今俺の手には翼から渡された記入済みの婚姻届が握られていた。
下校前、俺はリュックに教科書やノート詰めながら中学からの友人である中谷優と他愛のない会話をしていた。しばらくして優は黒板に目を向けたとき急に何か思い出したかのように話を振ってきた。
「そういえば駿って今日誕生日だったよなおめでとう」
「よく覚えていたな」
「さっきまで忘れてたけどな。黒板の日付見て思い出したわ。せっかくだし今日の帰りにどこかよらないか? 誕生日だし今日くらい受験勉強忘れて遊んだっていいだろ」
「嬉しいけど今日は先約があるんだよな」
「先約ってもしかして白井さんか?」
「ああ」
頷き肯定する。白井翼は幼稚園児の頃からの幼なじみである。家が隣同士なことから俺と翼が小さい時からお互いの家でよく遊んでいた。その頃から今まで翼とは友人として変わらぬ関係性を保ってきた。今では翼は運動神経抜群で勉強もそれなりにできそしてその明るい性格から男女問わず人気があるが俺からすれば翼は腐れ縁の男友達のようなものなのだった。
「やっぱそうか。まあ白井さんなら仕方ない」
「すまんな。翼に言えば優ならオッケーかもしれないけど?」
「馬に蹴られたくねえから遠慮しとくわ」
「何回も言ってるけど俺と翼はそう言う関係じゃないぞ」
「こっちも何度だって言ってるがお前はそう言ってもあっちはそうじゃないと思うんだがな」
「あっちだって単なる男友達としか思ってないだろ」
「うーん。白井さんのあの態度は違うと思うけどなぁ。まあいいわ。そのうち誕プレ代わりに飯奢るから食いたいもの考えとけよ」
「ありがとな」
「おーい駿」
呼ばれた方向に目を向けるとショートカットの美少女が教室のドアの前に立っていた。どうやら翼が一緒に帰るため迎えに来たようだった。
「噂をすれば白井さんか、行きなよ呼ばれてるぞ」
「ああ、じゃまたな」
「また来週な」
優に別れをつげリュックを背負い教室のドアの近くで待っていた翼の元に駆け寄る。
「じゃあ駿帰ろっか」
「おう」
そうして翼と2人で帰路についた。30分ほど歩くと家に着き、夕食を食べ終わり次第俺の家に集合する約束をして帰った。
「ただいま」
家に入ってみると違和感を感じた、人の気配がしない。両親は共働きだがこの時間であれば普段ならどちらかは帰ってきているはずと疑問に思っていたが茶の間にメモが残されていることに気づいた。メモには以下のように書き残されていた。
『駿へ 今日はお父さんと一緒に出掛けてきます。明日の夕ご飯までには帰ってきます。誕生日ケーキは冷蔵庫に入れているので翼ちゃんと一緒に食べてね。誕生日おめでとう。 母より』
両親とも日頃働いている分たまには羽を伸ばすのもいいと思っていたがよりによって息子の誕生日にそれを決行するとは思わなかった。というか行くなら先に言っておいてくれ。幸い夕食は予め用意されていて夕飯を食べ損ねることはなかった。食器を片付け終わるのと同時に「ピンポーン」とチャイムが鳴った。
玄関のドアを開けると小麦色に焼けた健康的な肌が特徴的な女子高生、翼が待っていた。
「ちょうどいいタイミングだ。入っていいぞ」
「ふふっそうでしょ。おじゃましまーす。」
翼をダイニングに通し、母のメモに書き残されていた件のバースデーケーキを冷蔵庫から取り出した。自分の誕生日を祝うケーキに自分でロウソクを挿していると少しだけ寂しさを覚えたが祝ってくれる人が目の前にいるだけ良しとしよう。そうして大きめのロウソク1本と小さめのロウソク8本に火を灯したところで翼が部屋の明かりを消しひとりでに歌い始めた。
「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー。ハッピバースデーディアしゅーん。ハッピバースデートゥーユー」
翼が歌い終わったのと同時にロウソクの火を吹き消した。一瞬部屋が真っ暗になるが翼が慣れた動作で部屋の照明をつけた。
「誕生日おめでとう駿」
「毎年ありがとな」
「私の誕生日も祝ってもらってるしお互いさまでしょ」
「そんなもんか」
そんな話をしながら俺と翼は小さめのホールケーキを2人で分けあった。
「ケーキも食べたしちょっと駿の部屋に行かない?」
バースデーケーキを食べその後食器を洗い終えると翼がそのように提案してきた。高校生になってからも翼は俺の部屋に遊びや勉強等の理由で入り浸っており、翼を部屋に入れることに抵抗はなかった。
「少し散らかってるけど文句言うなよ」
「オッケー」
部屋にきたがどうもおかしい。具体的に言うと翼の様子がいつもと何か違う。落ち着きがないというか目が泳いでいるというか、何故か今日は緊張しているらしい。今まで数えるのも馬鹿らしいくらい俺の部屋を訪れているのに今更なんだというのか。考えても埒が明かないと判断し、本人に直接に聞いてみることにした。
「どうしたなんかあったのか?」
翼は意表を突かれ少し驚いた顔をした後、意を決したかのように口を開いた。
「まだ誕生日プレゼント渡してなかったからさ。渡そうと思って」
どうやら翼が緊張していた原因は俺への誕生日プレゼントらしい。10年以上プレゼントを貰っているが翼がこれまで渡すときに緊張している姿を見たことがない。翼は何をくれる気なのだろうか。そうこう考えていると翼は持ってきていたバックから半透明のクリアファイルを出し、更にそこから1枚の紙を取り出し俺に渡してきた。
「誕生日おめでとう駿」
「ああ、ありがとう翼」
プレゼントが1枚の紙だったことに驚きながらも翼から受け取る。そうして翼から貰ったプレゼントの紙に目を通すとそこには決して小さくない文字で婚姻届と書かれていた。
「なんだこれ」
なぜ翼は婚姻届をプレゼントしてきたのか。なぜその婚姻届が既に半分以上記入済みなのか。翼は本気で俺と結婚するつもりなのか。様々な疑問が頭の中を飛び交う中、ようやく出た言葉は何とも情けないものだった。
「何って婚姻届だけどそれにも書いてあるでしょ」
翼が何を当たり前の聞いているのかという目でこちらを見てくる。そうなのだがそういうことじゃない。
「なんで婚姻届がプレゼントなのかを聞いてるんだよ」
「なんでって駿プロポーズしてくれたじゃん。プロポーズされたら次は結婚でしょ?」
プロポーズってなんの話と聞こうとする直前、頭の中で閃きがあった。それは俺と翼が5歳の頃の話だ。
翼にはじめて会ったとき当時の俺は一目惚れし、その場でいきなり「好きです。結婚してください」と告白したのだった。確か「まだ結婚出来る年じゃないから友達ならいいよ」と言われ人生初の告白は玉砕した覚えがある。その後は翼の言葉通り友人となり今まで過ごしてきた。翼からその話を振られることもなくそのプロポーズについて思い出す機会がなく今ではほとんど忘れてしまっていた。
「もしかしてプロポーズって初めてあった時のか?」
「駿やっぱり覚えてくれてたんだね」
「思い出したよ。でもあの時俺フラれたはずだっただろ」
「違う。あの時は結婚できない年だったからダメってだけでフってないよ」
そんな複雑な意図当時5歳の少年に汲み取れるかと思ったが口には出さなかった。
「それがそうだとしても高校生同士の結婚なんか親が認めないだろ」
詳しくは知らないが確か未成年が結婚するには親の許可が必要であるといつかドラマでやっていた気がする。
「それはもう解決済みだよ。その他って書いてあるとこ見てみて」
言われた通り婚姻届のその他と書いてある欄を見てみる。そこには俺と翼の両親が俺たちの結婚に同意する旨と署名、更には印鑑まで押されていた。どうやら俺たちの親も婚姻の件に1枚噛んでいるようだ。知らぬ間にどんどん外堀が埋められている。
「駿と私の両親はオッケーだって。流石に子供は大学出てからにしてって言われたけど」
俺の両親も翼の両親も頭の中はお花畑で構成されているようだ。
「気が早すぎる。というかなんでうちの両親は息子の意見も聞かずに了承してるんだ。それにいつから翼は俺と結婚したいなんて思ってた」
気恥ずかしくて聞いていなかったがそれが1番の疑問だ。最初の告白のときはともかくそれからは俺は特に翼を異性として意識することなく友人としての関係性を保ってきたつもりだ。そしてその認識は翼も変わらないものだと今日の今日まで思っていた。
「いつって最初に駿がプロポーズしてくれたあのときからずっと」
どうやら今までの俺の認識は間違っていたらしい。翼は幼い頃からずっと俺を異性として意識しながらも
友達としての距離感で過ごしてきたというのか。
「俺と付き合いたいとか思わなかったのか」
「当然思ったけど友達としての立ち位置も魅力的でさ。2人で馬鹿騒ぎするのも好きだったし、結婚するまでは友人ポジションでもいいかなって」
友人から妻ってポジションの変動大きすぎだろ。
「それならこのままだっていいじゃないか。それに悪いが今は俺お前を異性として……」
意識してないと言うとしたが言葉が続かなかった。口はいつの間にか目の前まで近づいていた翼の口で塞がれていた。
キスされていると気づきとっさに俺は翼を突き飛ばした。キャっと声をあげ翼がベットに倒れる。その目には普段の翼には見られない艶めかしさを感じた。
「これで異性として見てくれる?」
「翼、お前……」
あまりの衝撃で頭が働かず言葉が上手く紡げない。
「駿、ファーストキスだよね。少なくても私はそう」
「なんでこんなこと……」
「こうでもしないと駿は私を女の子として見てくれないでしょ」
なんてことはないかのように翼は答える。表情に出さないようにしているが、確かにさっきのキスで俺の頭の中では急速に翼を異性として認識し始めている。
「それに我慢ももう限界だったし」
「我慢?」
自由奔放な翼に我慢という言葉はあまり似合わない。そんな翼が今まで何を我慢していたというのだろうか。
「そう。駿が欲しいのを我慢できなくなっちゃった」
そう口にした翼の目は最初の緊張はどこにいったのか獲物を狩る捕食者のものだった。このままでは翼にこの場で確実に食われる。男としての直感が俺にそう嫌というほど伝えてくる。今にして思えばわざわざ今日両親が出掛けているのも翼と両親が事前に示し合わせたものなら納得がいく。この場に1人で残った時点でこの事態は決まっていたのだ。
「おい。子供はまだ早いんじゃなかったのか」
「もちろん。そこもちゃんと準備してるよ」
翼はそう言うと顔を少し赤らめながらバックから小さな箱型のパッケージを取り出した。箱の中央に小数点以下まで記された数字がプリントしてある。あまり知識がないので確定出来ないがおそらく避妊具の類だろう。翼は本気で今日のうちに既成事実をつくり俺に後戻りさせなくするつもりだ。しかも恐ろしいことにその計画は俺の両親が既に知っていて了解している。これは完全に四面楚歌だ。
「なんつーもん用意してんだ」
「顔赤くしちゃって可愛い。高校生なら持ってても変じゃないでしょ。これは駿のお母さんから貰ったものだけど」
「何やってんだ母さん」
息子の性事情に介入するのは止めてくれ。頭の中の母さんにクレームを入れるが当然反応はない。
「親もいいっていってるし結婚しようよ駿」
翼の容姿は客観的に見ても可愛い。性格も明るいし普段から遊ぶ仲だから趣味が合わないということもないだろう。そのうえお互いの両親も結婚を了承している。あれ、断る理由が見つからない。
「そんな受動的な理由で結婚できるか」
何とか絞り出した理由はなんとも心もとないものだった。
「えーいいじゃん。結婚しようよ私の事嫌いじゃないでしょ駿」
「確かに好きか嫌いかなら好きだけど」
しかしその好きは今のところラブじゃなくてライクだ。ただそれは翼も分かっているようで納得のいかなそうな表情をしていた。
「好きなら今はいいや」
翼はそういうとまた俺の方にじりじりと近づいてきた。反射的に少しずつ距離をとる。だが部屋の大きさは有限のため俺は翼に部屋の壁まで追い詰められた。そして俺の唇は再び翼によって奪われた。
「今日はキス出来たからいいけど卒業式までには絶対結婚してみせるから」
それだけ言うと翼は部屋から出て行った。どうやら今日のところは満足してくれたらしい。今日で翼との友人としての関係は終わりを告げた。そしてまた新しい関係が始まるということを手にしている婚姻届から感じた。