道阻むもの越え
都に官吏の試験を受けに行く少女・玄流を加え、一行は都へと進みます。
その行手を阻むものとは……?
どうぞお楽しみください。
「おっと別れ道か。旦那、ちょっと来てくれ」
「分かった」
桃白が馬を止め、御者台から降りました。
客車を降りた熊星と共に、二つの道を見比べます。
「旦那、どっちに行く? 地図で見る限り、どちらも都には向かうようだが……」
「うむ、距離はこっちの方が明らかに短いな」
「しかし山の中を突っ切るようだ。勾配が厳しかったり馬車が通れない程荒れてたりすると、引き返す羽目になるぜ」
「確かにな」
「かと言ってこっちの長い道も平坦と決まった訳じゃないんだけどな……」
「むう……」
しばし悩む二人。
「あ、玄流に聞いてみるか。地元だし、何せ一度見聞きしたら忘れないっていうんだから、何か知っているんじゃないか?」
「そうだな」
二人は客車へと戻りました。
「玄流、この先の道、右と左のどっちに行けば良い?」
「……」
熊星の問いに、玄流は黙ったまま答えません。
「旦那は怖いんだよ。俺に任せな」
言うなり桃白が、声を明るいものに変えました。
「玄流ちゃん、この先道が分かれているんけど、どっちが馬車で行くのに適しているかな?」
「左」
それは短い道の方でした。
「右と左でどう違うのかな?」
「右は山の外側を回る道。平坦だけど道は狭い。馬車のすれ違いで、何度も崖下に落ちる事故が起きている」
「ほー、成程」
「左はそんな右を使わないで済むように、山を切り開いて作った道。だから広いし、坂もそんなに急じゃない」
「よし、なら左だな」
「玄流ちゃん凄い!」
甘香が玄流の頭を撫でます。
玄流の表情は変わらず、しかし振り払う事もなく、撫でられるがままになっていました。
「では左で行こう。桃白、頼む」
「あぁ。この分なら都には随分早く着けそうだ」
そうして馬車は進みます。
まもなく日も暮れようというところに差し掛かり、
「うわっと!?」
突然馬車が止まりました。
「どうした桃白」
客車から飛び出す熊星。
甘香と玄流もそれに続きます。
「こいつは……。参ったな……」
桃白の視線の先には、道を塞ぐ倒木がありました。
大の大人でも二人で手が回るかどうかという巨木でした。
「……こいつは引き返すしかねぇか……」
「……仕方、ありませんね……」
「……ごめんなさい」
桃白と甘香の言葉に、玄流が青ざめた顔で震え始めました。
「ごめんなさい、ごめんなさい、私が余計な事を言いました、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「玄流ちゃん!? どうしたの!?」
「……! あの村の連中、今までこいつに何を言ってきたんだよ……!」
過去の恐怖に囚われた様子の玄流に、苦虫を噛み潰したような色が、桃白の顔に浮かびます。
「ごめんなさい、ごめんなさい、もう余計な事は言いません、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「玄流ちゃん!」
頭を抱えて小さく丸まった玄流を、甘香が覆い被さるように抱き締めました。
「大丈夫、大丈夫です……。こんなの、天がした事です。玄流ちゃんは何も悪くないです」
「!」
「大丈夫、大丈夫……」
「だい、じょう、ぶ……?」
「えぇ、あなたをいじめる人はここにはいないわ」
「ひめ、さま……」
そんな二人を見た桃白が、苛立ちを紛らわすように頭を乱暴に掻き、謝るのを止めた玄流の前に腰を落とします。
「玄流。お前の力が必要だ。手ぇ貸せ」
「私の、力……?」
「そうだ。お前の覚えてる事全部使って、ここからさっきの右の道に出れる方法を考える。知ってる事全部教えろ」
「で、でも、私なんか、皆から、余計な事喋る、役立たずって……」
「お前が何を言われてきたかなんざ俺は知らねぇ! 知る気もねぇ!」
「!?」
冷静沈着な桃白の激しい語気に、玄流がびくりと身を震わせました。
「大事なのは、今ここからどうやれば都に早く着けるかだ! その為にはお前の力が要る! お前の覚えてる事を俺が全部生かしてやる! だからこの山の知ってる事全部教えろ!」
「桃白、そんな言い方……」
「ここから一番早く右の道に出れる道は、少し戻ったところにある大きな杉の木の間」
「玄流ちゃん……?」
驚く甘香をよそに、玄流は溢れるように言葉を続けます。
「ただその道は村に戻る方向に馬車の向きが変わる。狭い道で切り返すのは難しい」
「……成程」
「もう少し戻った所の松の木をぐるっと回る道は、少し道は荒れてるけど都の方に向かう形で道に乗れる」
「分かった」
「……でも」
玄流の言葉が力を失います。
「もしかして、その道も、また何かあって、通れないかも……。そうしたら、皆に、迷惑をかける……」
「そんなのお前のせいじゃないだろ」
「!」
「気にすんな。お前の力は知った事を忘れないだけだ。俺の舌みたいに人の考えや行動を変えるものじゃねぇ」
「……」
「村で何か言われたのかもしれねぇが、お前の言葉に嘘は無いんだろ? だったらそいつは事実を言われて怒る、脛に傷持つ馬鹿だって事だ」
「私、悪くない、の……?」
怯えるように聞く玄流の問いを、桃白は鼻で笑います。
「村の連中からしたら都合は悪いんだろうな。けど、
もうそこから追い出されたんだ。気にする意味がねぇよ」
「……うん、ありがとう……」
初めて見せた玄流の笑顔に、桃白も頬を緩めます。
「さ、旦那! 迂回路に向かっ」
瞬間、鞭のような破裂音が響きました。
驚き音の方を向いた三人は、目を見開いて固まりました。
無理もありません。
道を塞いでいた倒木が、真っ二つに斬られていたのですから。
「だ、旦那!? 一体何を……!?」
「ん? 邪魔だから斬った」
「斬ったって、どうやって……?」
「刀で」
「はぁ!?」
桃白は何が起きたのか、理解できませんでした。
刀で巨木を一振りで斬る。
それは人の業とは思えませんでした。
「こ、こんな巨木を、刀で斬ったって言うのか!?」
「だいぶ枯れてたから斬りやすかったぞ。もう少し細かくするか」
言うと熊星は刀を構え、大上段から振り下ろします。
弾かれるか折れるか、せいぜい食い込む程度の筈の刀は、破裂音と共に巨木を断ちました。
二度、三度と振り下ろすと、巨木は押して転がせるくらいの大きさになりました。
「これで良し」
「……」
呆然とする桃白の肩越しに、熊星は甘香に声をかけます。
「姫、木は片付きましたが日も暮れて参りました。幸い薪も手に入りましたので、今夜はここで休むのはいかがでしょう?」
「は、はい、そ、そのように……」
「では用意致します!」
立ち尽くす三人をよそに、熊星はてきぱきと野営の準備を進めるのでした。
読了ありがとうございます。
まぁ紙でも指の皮切れたりするし、多少はね?
次話『されど行手覆う まだ見えぬ霞』
どうぞお楽しみください。