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悲しき縁 切り

無事に馬車を手に入れ、桃白とうはくを仲間に加えた甘香かんか熊星ゆうせい

小さな村に差し掛かり、先を急ごうと通過するつもりでしたが……。


どうぞお楽しみください。

「姫さん、もう少し行くと小さな村があるようだが、どうする?」

「まだ日も高いですし、もう少し進めますか?」

「あぁ。馬もまだ元気だしな。この客車なら野宿になっても大丈夫そうだし、進むか」


 御者台の桃白とうはくと、客車の御者台側の窓に顔を寄せた甘香かんかは、小声でそう決めました。

 甘香の向かい、客車の後ろ側で腕を組んで眠る熊星ゆうせいを起こさないようにです。


「しっかしあんななりしてるから、さぞかし豪快ないびきをかくかと思ったら、寝息も分からねぇくらい静かに寝るんだな。姫さん、旦那は何者なんで?」

「私も昨日出会ったばかりなのです」

「え? じゃあ旦那の事、何も知らねぇのか?」

「頼もしくて優しい方です」

「……まぁ、姫さんらしいか」

「?」


 首を傾げる甘香に、桃白は溜息を吐きました。


「……む」

「あ、熊星。ごめんなさい。うるさかったですか?」

「……姫、こちらに。桃白、速度を緩めてくれ。何か来る」

「え? 旦那、来るって何が? 寝ぼけてるのか?」


 桃白は、そう言いつつも手綱を引いて、速度を緩めました。

 すると、


「おーい! そこの馬車の人!」

「止まってくれー!」

「!? 何だありゃ!?」


 呼び声に驚く桃白の目に、村から人が大勢手を振りながら駆け寄って来るのが見えました。

 驚いた桃白が思わず馬を止めると、村人達が馬車を取り囲みます。


「あんた、東に向かってるよな? 都に立ち寄る用はないか?」

「……いやぁ、残念ながら都に行く用事はないんですよ。ですが、ご事情によってはあるじに掛け合ってみない事もないですが」


 桃白は村人の必死な様子を見て只事ではないと悟り、さらりと嘘を吐きました。


「この娘を都に連れて行ってほしいんだ! 連れて行ってくれるなら僅かだが礼も用意する! 頼む!」


 男の後ろから、小さな女の子が姿を見せました。

 黒い髪に黒い瞳、みすぼらしい服。

 桃白の最初の印象は、「陰気な子ども」でした。


「何故都に連れて行きたいのですか? こちらも先を急ぐ旅。余程の事情でなければ寄り道は避けたいのですが……」

「そ、それもそうだな。……この娘はきょう玄流げんる。今年で十になった」

「ほう。そんな小さな子が都に何の用で?」

「今年の官吏試験を受けさせてやりたいんだ!」


 桃白は目を丸くしました。


「この国の官吏の試験がどれ程難しいかは知っているでしょう。子どもの頃から勉学に打ち込んだ才ある若者でも、通るのは千人に一人という難関。それをこんな小さな女の子に……」

「この娘は天才なんだ! 一度見聞きしたものは絶対に忘れない! 試験に必須と言われる本は全て覚えている!」

「ほう……。では。風生何処かぜはいずこよりうまれ 遂着何処ついにいずこにつく

風不知処かぜのしらざるところ 人知如何ひといかにしてしるや 己生死処おのがうまれしすところ 自知不能みずからしることあたわずに 生処伝聞うまれしところはつたえきき 死処已語しするところかたられるのみ

「確かに賢い子のようですね……」


 玄流の答えに、桃白は内心舌を巻きました。

 さして有名でない詩の一節を投げかけただけで、悩む素振りもなくそらんじたのです。


(天才というのもあながち身贔屓じゃねぇな……。しかもこの扱い……。ならば利用価値もあるな)


 心の中でほくそ笑んだ桃白は、御者台を降りて客車へと向かいました。


「我が主、失礼致します」 


 うやうやしく扉に声をかけると、開けて中に乗り込みます。

 途端に恭しい態度が崩れます。


「いやー、びっくりしたぜ。旦那の言う通り、村人がわらわら出てきた」

「あの、どういったお話でしたか?」

「十になる娘を都まで連れて行ってほしいとよ。官吏の試験を受けさせたいそうだ」

「え、十の娘に……?」

「ちらっと話してみたけど、天才ってのはあながち嘘じゃなさそうだ。本人も至って大人しそうだし、連れて行ってやっても良いんじゃねぇかな」

「私は構いません。行く道ですし」

「……それがしも構いませぬ。ただ、心配りは必要になるかと」

「……お優しいね、旦那は」

「え?」


 熊星と桃白の会話に不穏なものを感じて、甘香の視線は二人の間を行き来します。


「姜玄流というその娘は、一度見聞きした事を忘れないのだそうだ。それを気味悪がって、試験を名目にってとこじゃねぇかな」

「某が感じた村人の気配も怯えに満ちていました。てっきり野盗に追われた者かと思いましたが、怯えの理由はその娘なのでしょう。村に残せば辛い思いをさせまする」

「そんな……!」

「馬鹿な連中だ。それだけの才、幾らでも使いようはあるってのによ」

「……とにかく、その娘を連れて行きましょう。官吏の試験を受けさせて、合格してもしなくても生計たつきの道が立つよう取り計いましょう」


 甘香の言葉に、熊星と桃白は頷きました。

 再び従者の仮面を被った桃白は、感に堪えないと言った顔で村人達の前に立ちます。


「嗚呼我が主の心広き事! 幼き姜殿が官吏を夢見て都に向かいたいと言うその志に、お急ぎの用を曲げて都に向かう事をお許し下さいました!」

「おぉ、有り難う御座います……!」

「ですがこれ以上主に気を遣わせるは不忠。姜殿の身の回りの物や食事の世話などは、私が一手に担いますので、必要な物は私にお預けください」

「は、はい……」

「しかしかような服では心優しい我が主は、自らのお着物をおくだし下さるやも知れませぬ。嗚呼しかしそんな事をさせる訳には!」

「あ、いや、これは身なりでさらわれてはならないと、わざとみすぼらしい物を着せているのでして……。す、すぐに着替えさせまする!」

「食べ物や水なども主に不自由させる訳には参りませんなぁ」

「も、勿論お礼とは別にご用意させて頂きます!」

「路銀などもまさか主に出させる訳にはいかないので」

「む、村の者で玄流の為にと集めた金がございますので、そちらも今お持ち致します!」


 こうして村人は、想定より遥かに多くの物を支払って玄流を送り出す事になりました。




「まぁ、可愛らしい子!」


 客車の扉が開き、玄流を見た甘香は嬉しそうな声を上げました。

 髪は整えられ、祭りや祝い事でまとう衣装に身を包んだ玄流は、それは可愛らしく見えました。


「こちらはやんごとなきお方。姫とお呼びなさい。こちらは熊星、私は金寿」

はつ桃白だ」

「……旦那」


 熊星にあっさり本名をばらされ、顔をしかめる桃白。


「こんな小さい子に偽名を使う事もあるまい。それに姫が間違わず使い分けられるとも思えん」

「熊星はまた私の事を馬鹿にして……」

「ち、違います! 某は姫の負担にならないようにと……!」

「……」


 三人の和やかなやり取りを、玄流は黙ったままじいっと見つめるのでした。

読了ありがとうございます。


完全記憶持ち少女登場。

詩のところは適当にでっち上げたので、『玄流げんるすげー!』で流してくださいお願いします。


次話『道阻むもの越え』

どうぞよろしくお願いいたします。

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