その願いが行く道照らす灯となる
熊星の身体を案じ、詐欺師に旅の馬車を求めようとする甘香。
馬車は手に入るのか? そしてその代償は?
どうぞお楽しみください。
三人が着いた先は、この町一番の金持ちの家でした。
寿栄は門番に何かを握らせ、耳打ちをすると、三人はあっさり中に通されました。
しばらくして家の主人が現れました。
「何だこんな朝から火急の用とは! 儂に得になる話と聞いたが、嘘だったら承知せんぞ!」
「誰が貴方様程の徳の高い方を騙すような真似をするでしょうか! この町で貴方様のお優しさと心の広さを知らない者はおりますまい!」
寿栄の、まるで会えた事が嬉しくて堪らないといった様子に、主人の険が崩れます。
「ん……、そうか。まぁ話くらいは聞いてやろう」
「有り難うございます! 実はこの二人ですが、白邑から参りました。どうも隣国に乱有りとの情報が入ったようで……」
「なっ何!? 洒国で乱!?」
「お静かに。まだ未確認の情報に御座いますれば。しかしこれが真実であれば一大事。白邑やこの町は洒国との交易が盛んで御座いますから」
「う、うむ」
自分の商売の大半が洒国との交易を軸にしている事に思い至り、主人は青ざめます。
「一刻も早く事態を把握し、対応する為に、二人は都へ報告に向かう途中で御座います。しかし街道で狼に遭遇し、馬車を捨て、からくもこの町に辿り着いた次第」
「何と……」
「馬車をお貸し願えれば、都に報告に向かえ、混乱も最小限で納められましょう」
「な、ならば儂が早馬を出して……」
「有り難いお申し出。しかしそれで情報が万が一誤りであった場合には、貴方様にご迷惑がかかります。いたずらに混乱を煽ったと処罰されるやも知れません」
「う、うぐ……」
「ですがここで馬車をお貸し頂くだけでしたら、何も問題はありませぬ。情報が真であれば、それを助けた功績を褒められ、たとえ偽であっても馬車を貸しただけの貴方様を責める法は御座いませぬ」
「……確かにそうだの。してその者達は……」
不安げな表情の主人に、寿栄は殊更明るい声で甘香を手で示します。
「この女性の衣服を見てお分かりの通り、名は明かせませぬが高貴な身に連なるお方。この方でしたら誤りがあっても罰されぬという白邑の判断に御座います」
「相分かった! 儂の家で一番早い馬と、旅向きの馬車を出そう!」
「有り難く存じます。それとこの件は非常に繊細な問題。どうか出入りの洒国の者に、探りをお入れになる事など無きようお願い申し上げます」
「勿論だ! その代わり上手く行った際には、儂の協力を伝えるのだぞ!」
「ご安心下さいませ」
寿栄はにっこりと微笑みました。
「どうだい俺の腕前は!」
屋敷の裏手で、馬車を前に寿栄は胸を張ります。
「まるで魔法のようでしたわ」
「見事であった」
甘香は勿論の事、寿栄を詐欺師と断じた熊星も素直に頷きました。
「ではこれで都に」
「待ちな。これは俺の才覚で手に入れた馬車だ。欲しいってんなら相応のもんを頂かねぇとなぁ?」
「……お主、まさか」
「構いません。何でも望むものを仰って下さい」
熊星を遮るように一歩前に出る甘香。
その堂々たる姿に、寿栄は薄笑いを消しました。
「あんたがどうしてそこまでして都に行かなきゃいけないのか、教えて貰おうか」
「え!?」
「驚く事ぁねぇだろ。あんたみたいな可愛いお姫さんが、身体張ってまで都に急ぐ理由、気にならねぇ方が嘘だ」
「……」
「ゆ、熊星……!?」
刀に手をかけ、じりっと間合いを詰める熊星に、甘香は悲鳴を上げます。
しかし寿栄は涼しい顔。
「おいおい旦那。そいつは脅しにゃならねぇよ。あんたが考え無しに人を斬る男なら、俺がお姫さんに身体をって言った時点で斬ってるだろ」
「む……」
無駄を悟った熊星は、刀から手を放します。
「熊星。寿栄さんの仰る事ももっともです。ちゃんとお話致しましょう」
「……御意」
熊星が頷いたのを見て、甘香は寿栄に向き直りました。
「私の名前は黄甘香。我が父が洒国に戦を仕掛けようとしているのを止める為に都に参ります」
「……は? 黄の姓で我が父って、……え?」
「その通り。姫は白邑に住まう、天子様の御子だ」
「はあああぁぁぁ!? 良いとこのお嬢さんとは思っていたけど、本物の姫!?」
寿栄の言葉に、甘香は恥ずかしそうに頬をかきます。
「やっぱり、見えない、ですよね……」
「い、いやいやいや! 旦那が姫、姫って言うもんだから、てっきりそういう冗談かと……」
「……熊星の言う通りでしたね。びっくりです……」
ふーっと大きく息を吐いた寿栄が、重々しく口を開きます。
「……じゃあ何か? 俺の出まかせは図らずも事実で、あんたらの事情を餌にこの馬車釣ったって事かよ……」
「はい。びっくりしました。狼にも襲われましたし……」
「うぇ、恥だ。詐欺師として一生の不覚だ……」
「詐欺師に恥という感情があったのか」
「……うるせぇな。俺にだって誇りと信念がある。……ならこうしようぜ」
寿栄が馬車を力強く指さしました。
「この馬車は俺の物だ。だが俺はこれから都で一旗揚げるつもりだ。だからあんたらもこの馬車を手に入れる手伝いをした駄賃として、一緒に乗っけて行ってやる」
「本当ですか!? 有難う御座います!」
「これで貸し借りはなしだ。いいな」
吐き捨てるように言うと、寿栄は御者台に向かいます。
「あぁ、それと金寿栄ってのは偽名だ。本名は葵桃白って言うんだ。宜しくな」
「え? あ、はい。寿栄さんじゃなく、桃白さんなんですね」
「呼び捨てで呼んでくれ。さん付けなんて気味が悪ぃぜ」
払うようにひらひらと手を振った寿永改め桃白に、熊星は心底驚いた表情を見せました。
「……金寿栄などと出来すぎた名前、偽名とは思っていたが、何故今本名を明かす?」
「姫さんは兎も角、旦那は俺の事信用しちゃいねぇだろ? あんたらを売ったりしねぇっていう証だよ。そう信じて貰えねぇと、いつかばっさり斬られかねねぇ」
「……」
「熊星はそんな事しませんよ!」
「そう願いたいね。さ、乗んな! 急ぐんだろ?」
そう言うと桃白は御者台に飛び乗りました。
甘香と熊星が客車に乗り、桃白が鞭を振ると、馬車はゆっくりと走り始めました。
読了ありがとうございます。
桃白は趣味もりもりキャラ第二弾。
頭も口も回って、嘘も悪事も屁とも思わないのに、根は良い奴っぽいキャラ。
熊星とバディもので書いても面白かったかも……?
次話『悲しき縁 切り」
よろしくお願いいたします。