星の元 旅は終わる
朱長夏が熊星だったため、形勢は一気に傾きました。
旅の目的を果たした熊星と甘香は……。
最後までどうぞお楽しみください…
『万夫不当』朱長夏が甘香に付いた事で、全てはひっくり返りました。
片や二万の敵軍を二つに割った豪傑。
片や秘密裏に集められた為、千に満たない兵達。
兵達は訪薫と桃白の問答を聞いた事もあって、素直に武器を手放しました。
白邑で武器や兵糧を調達している部隊にも、戦闘中止の早馬が出されました。
この騒動の首謀者である尚書・訪薫は、
「洒国を竜覇様に攻め取って頂き、私がその主とならんと独り画策した事。天子様を害した私に申し開きのあろうはずもない。斬られよ」
と首を差し出しました。
迷う甘香の横から、桃白が口を挟みます。
「あんた、太子様付きの尚書だろ? なら天子様に麻酔薬ではなく毒を盛って殺し、太子様が天帝を継いでからでも良かった筈だ。だがあんたは不確実な手を取った。それは何故だ?」
「……天子様のお命を奪うなど、畏れ多い事だからだ」
「麻酔薬を盛る時点で十分不敬だと思うがねぇ」
「……」
「あんたは処刑を受け入れているのに嘘を吐いた。つまり命懸けでも庇う相手がいるって事だ。それはつまり……」
「……余の、せいか……」
太子・竜覇が呆然と肩を落としました。
「余が、偉大な父上に遠く及ばないと、天帝を継ぐ事に恐れを抱いていたから、余に武勲を立てさせようと……」
「ち、違います竜覇様! これは私の身勝手が招いた事で……」
その場にいる誰もが、訪薫の嘘と、深い忠誠に気が付きました。
「臣下の罪は余の罪だ。訪薫を裁くなら余も同様に裁いてほしい」
「……私に太子であるお兄様を裁く権利はありません。お父様が目を覚まされたら、その時にお伺い致しましょう」
「……そうだな。行くぞ訪薫」
「……太子、我が浅慮、申し訳ありません……!」
「良い。その忠義、嬉しく思うぞ」
二人は自らの足で牢へと向かったのでした。
「さて、あのお二人さんはこれで良いとして、だ」
竜覇と訪薫が去ると、注目は長夏となった熊星に集まりました。
「強ぇ強ぇとは思っていたけど、まさか『万夫不当』とはなぁ……。しかし何だってあんな格好で都の外に居たんだ?」
「某の武が国の為にならぬと思い、姿を変えて都を出たのだ。そこで姫にお会いしてな……」
「な、何故ですか? 貴方程の武なら国を確と守れますのに……」
「守るだけなら良いが、今回のように無用な火種にもなり得る。故に名だけ残し、国が危機に陥らない限りは野に潜ろうと思ったのだ」
「……」
誰も何も言えませんでした。
圧倒的な力を持つ者の責任と苦悩。
誰にも推し量る事さえ出来ませんでした。
「……ならば何故あの時、私と共に都に行こうと言ってくれたのですか……?」
「……姫が、戦を起こさぬ為に必死に走っている事を知り、嬉しかったのです」
「嬉しかった……?」
「烏滸がましいのは承知の上ですが、某が戦う事で守ってきたこの国の平和。それをこれ程までに大事に思ってくださるその姿に、何か救われたような心地が致しました」
「熊星……」
熊星が優しい笑みから豪快な笑顔に変わります。
「それにしても助かりました! 尚書殿に部屋で静かにしているように言われ、後宮の太子殿にも会えず、誰が首魁か分かりませんでしたからな!」
「それで暗殺は諦めたのですね。桃白殿が熊星殿が首謀者を暗殺して姿を消すのではと心配していましたので」
「俺は可能性を示しただけだ」
「流石は桃白。読まれていたか。斯くなる上はこの場の全員斬るしかないと思い詰めておりましたからな! はっはっは!」
「あの人達、全員……? 熊星、怖い……」
「はっはっは。冗談だ」
「旦那のは冗談に聞こえねぇんだよ!」
ひとしきり笑うと、熊星の腹がぐうと鳴りました。
「これは失敬! 気を張っていたせいか、今頃腹が空いて参りました!」
「まぁ。すぐに支度をさせましょう。集まった兵達にも」
「糧食はたんとあるんだ。あれに酒を加えて宴会と行こうや!」
「お酒、興味ある」
「玄流殿にはまだ早いかと……」
そうして戦の為に集められた糧食は、平和を祝う宴の料理へとその姿を変えたのでした。
その夜。
月は完全に姿を消し、満天の星が夜空を彩っていました。
それを見上げる大きな影が、何かを確かめるように頷くと、門へと向かって歩き出しました。
「熊星」
「! 姫……」
門で待っていた甘香の姿に、足を止めた熊星は頭を掻きました。
「厠がいっぱいでしたのでな! ちょっとそこらの店で借りて来ようかと……」
「そのまま戻らないつもりですね」
「う……」
寂しさを固めた刃のような冷たい言葉に、熊星は言葉を失います。
「まだお礼もちゃんとしてないのに、話したい事も沢山あるのに、どうして……」
「分かってくだされ姫。某の力は炎に似て、乱の際には闇を払う光となりますが、平時に於いては大事な物まで焼いてしまいかねないのです」
「炎と言うなら、それは扱う者の心一つではないですか? 私では扱うには信が足りませんか?」
「……いえ、そういう訳では……」
「もし熊星の武が人に害を為そうとした時には、私がまた止めに参ります!」
「姫……」
「私には『万夫不当』朱長夏の武ではなく、熊星、貴方のその優しさ、暖かさが必要なのです! どうか……!」
「……かたじけない御言葉ですが……」
「熊、星……!」
穏やかな言葉とは裏腹に、頑なな決意。
涙を堪えるように見上げた夜空。
降るような星が目に入ります。
「こんな……! こんな星の見事な夜に、何も急いで旅立つ事はないでしょう!」
「!」
「星を見ながら、朝を待ちませんか……?」
足を止めた熊星が、額を抑えて笑い出しました。
「はっはっは! これは一本取られました! この流れですと、このまま行くなら着いてくるおつもりですか?」
「はい!」
「そんな事になっては玄流が悲しみますし、青風殿や桃白から何を言われるか分かりませぬ」
「では……!」
「星が某を呼ぶ時まで、暫し厄介になりまする」
「ありがとう熊星!」
熊星の胸に飛び込む甘香。
どうしたものか暫し戸惑った熊星は、親が子にするように優しくその桃銀の髪を撫でます。
一つになった二人の影を、星が宵闇に溶けないよう仄かに照らしていたのでした。
最後までありがとうございます。
まずは仙道アリマサ様。
素晴らしい曲をありがとうございます!
この曲がなければ生まれなかった物語でした!
二ヶ月もの遅延、申し訳ありません!
そして黒森 冬炎様。
思い付きでの企画参加を快く受け入れてくださって、ありがとうございます!
完結まで書き上げ、逆に出しどころに迷っていたところでしたので、お心遣いに救われました!
久々のシリアスっぽい何か、いかがでしたでしょうか?
普通に名前の仕込みとかあっさりばれてしまって慌てていたのは内緒。
ですが完結投稿にこだわった理由、全十二話の訳、これは流石にわかるまいフハハハハ(フラグ)。
さてこの後、熊星は甘香の元に留まり国に安寧をもたらすのか、それとも再び旅に出るのに甘香が寄り添うのか、桃白と玄流の関係は、青風にいい人は見つかるのか(笑)。
お好きなアフターを想像してお楽しみくださいませ。
最後の駄文にまでお付き合いいただき、ありがとうございます!




