第3話 脱出
岩田サトシに、ウォンツマンに改造されてしまうも、洗脳を逃れた裕二。近くにいた、美香を人質に取り、工場から脱出しようとする。だが、美香は変身しただけでは、岩田に勝てないと、裕二に忠告するのだった。
「それはどういう意味だ?実験成功なら俺は、あんたらや通販サイトの説明通り、ウォンツマンになったんだろ?」
「ええそうよ。でも、今のあなたは力の使い方を知らない。それでは、あの岩田社長に勝つことはできないわ」
確かに、このサングラスとマフラーに武装アーマーと鋭い爪を身につけた、不気味なモグラ男に一体、どんな力があって何ができるかなど、初見ではわかるわけがない。
「あんた、知ってるなら教えやがれ。さもなければ首の骨折るぞ」
「いきなり物騒ですね。そもそも、教育プログラムがあなたを勝手に動かしてくれるはずだった。プログラムの作成者は別にいて、私は作成には関わってないから何ができるかは知らないのよ」
「マジかよ、じゃあ、どうすればいいんだよ!」
30年間、目の前の辛いことや困難から逃げ続けてきた俺に、この状況をどうすればいいかなど考えつく知恵も経験もあるわけがなかった。だが、力が溢れてる、ということだけはわかる。これなら適当に戦っても生身の人間相手なら負けないだろうと思う。
「フフッ、なぜキミがチップによる教育の影響を受けてないのかはわからないが、説明も無しにその力の使い方がわかるのですか?一応、忠告しておきますけど、身に余る力は己自身を滅ぼすだけですよ」
「黙れ!余計なこと言うな。それに今、俺の全身に力が溢れるのがわかる。いくらお前でも、今の俺を止めることなんか出来ない!」
確かに、何もわかってはいない。勝ち目があるとも思わないが、威勢だけでも出して余裕をかます相手に戦う意思を見せつける。俺は右腕に抱えた人質である美香を壁のある方向に解放して、右腕を自由にした。そして左足を後ろに下げ、両足に力を込める。腕を挙げファイティングポーズの構えをとる。岩田はじっと立ったまま、俺の方を見ている。
静寂が辺りを包みこみ、身体中に緊張が走る。静かすぎて、耳からキーンという音が聞こえてくる。お互い出方を伺い、その場を動かない。
20秒か、いや、30秒か、わからんけどすごく長く感じた沈黙の後、岩田がついに沈黙を破り俺に話しかける。
「別に、そちらから来てもいいんですよ」
「なら遠慮なく、行かせてもらう!消えろ、クソ野郎!!」
裕二は、岩田の挑発に乗り前方に向かって一気に足を蹴り出した。しかし、両足に溜まった力を全く制御が出来ず、岩田を通り越して壁に激突してしまった。
「ズドオオオオオオーン!!!!!!!」
とんでもない音が部屋に鳴り響いた。そしてコンクリートの分厚い壁が崩れ、俺がぶつかった所に大穴が開いている。
「痛てて…なんてパワーだ。でも何ともない、すごいなこれ」
自分でもちょっとドン引きしているぐらいのパワーだ。自分の感覚としては、発泡スチロールの壁に突っ込んだぐらいだったが、現実はコンクリートの壁をぶち抜いて大きな穴を開けている。
「どうだ、見たか、さすがのお前でもこれには勝てないだろ」
「当たれば確かに、それなりのダメージを受けますね、当たればですが」
岩田の余裕な態度にムカついたが、俺は力のすごさにちょっと安心した。これなら戦えるとも思った。そして、目元にかかっていたグラサンを外して岩田の方を見た。だが、その瞬間モグラみたいな小さな目が光って、レーザー光線を前方に発射した。
「ビュイイイイーーーン!!!!!ズバーン!!ドオオオオーーーン!!」
凄まじい勢いのレーザー光線が、岩田を貫いて何十メートルも先に吹き飛ばした。壁には大穴が開き、遠くに吹き飛んだ岩田は瓦礫に埋もれて姿が見えなくなっていた。
「なんや、これ一体……」
とんでもない威力のビームが、自分の目から出て驚いた。その後、恐ろしくなり慌てて手に持ってたサングラスを目にかけた。近くで戦いの様子を見ていた美香は、表情を変えず涼しげな顔で俺の近くに寄って来て話始めた。
「まさか、勝つとはね。正直、すごく驚き。ちなみにあれはバズルフィーバーと言って、ウォンツマンの必殺技みたいなモノよ。すごい、目からビームが出るのね」
「ほーん、詳しいな。てか何、呑気に解説してんだよ!ヤバいだろこれ、あんたら一体、何と戦うためにこれ作ったんだよ。明らかに個人が所有する武器の威力を越えてるやろ!」
混乱しワケがわからなくなって、シャイな自分が普段しないノリツッコミまでしてしまった。
美香は、裕二のノリツッコミはスルーして、何も言わず手慣れた手つきで、バックルから悪趣味カードを取り出した。次に、腰に付けてたバックルをスッと取り外し、ケースの中にバックルとカードをキレイに元の位置に収めた。すると、ウォンツマンの変身が解けて元の童顔イケボ男子の姿に戻った。
「説明は後でするからついて来て。岩田が追いかけて来ないうちに早くここを出ましょう」
「おっおう、そうだな。ちょっと案内よろしく」
美香はケースを手に持つと走り出した。俺も後を追うように走った。しかし、そもそも追いかけてくるも何も、あのビームくらって生きてるはずないだろ。だが、美香がすごく焦っているのがわかったから何も言わなかった。
しばらく走っていると、厳重にロックされたドアに着いた。そして美香が、IDカードを取り出した。
「ピッ、ウイイーンガチャ」
美香が何かのIDカードをかざすと、セキュリティの固そうなドアが開いた。なるほど、関係者じゃないと開けられないドアか。その後、しばらく歩いて外に出ると工場の駐車場にたどり着いた。
「私の車に乗って、ここを出るの、さぁ早く」
美香の黒いセダンに乗り込むと、すぐに出発した。他人の運転は嫌いなタイプだが、仕方なく助手席に座った。
「とりあえず、話はあと。今は一刻も早く工場を出ましょう」
「そうだな」
走行中に周りを見ると、すっかり夜になっていた。よく見渡すと、数年前、見ていた景色が目に写る。やっぱり前に俺がライン工として働いていた工場だった。俺は流れてくる部品の組み立て作業しかしておらず正直、働いている時はどんな製品を作っていてのかは知らなかった。ウォンツマンのことは周りの同僚から噂話で聞いてた程度だ。興味を持ったのも、その噂話を聞いたからだ。
「俺、とんでもないモノつくってたんだな……」
「ええそうよ。知らなかったとはいえ、あなたはテロリストに協力したのよ」
「それは、あんたもだろ?知ってて、あんなヤバい武器をつくってた。あんたの方が罪は重いだろ」
「ここからの話は、大事な国家機密。だけど、あなたは私たちの協力者になるから教えるわ」
「協力者?いったい、何のだよ」
裕二は国家機密と言われて少し身構えた。そもそも会ったばかりの女になんで協力しなければならないのか。
「私は政府組織の人間なの。そして、あの工場に潜入捜査して内部の情報を探ってたの」
「嘘、マジかよ…てか、そんな話するということは、このめんどくさいのまだ続く感じか」
「これで終わりなわけないでしょう。本当の戦いはこれからよ」
改めて、自分はとんでもないことに巻き込まれたことを知った。だが自分を騙しテロ工作に加担させたうえに、体まで勝手に改造したウォンツに心の底から怒りの炎が燃え上がってきたのがわかる。でも1人で戦うには敵が巨大すぎる。見方は欲しいし、協力してくれると言うなら一緒に戦ってもいいと思った。
「ところで、どこに行くんだ?」
「私たちの協力者のいるところよ。そこで細かいことの話し合い」
まだ他にも協力者がいるのか。俺好みの美人だといいな。
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大阪『ウォンツ泉南工場』PM.21:44
「社長、あの2人、すぐ追いますか」
「いや、いいです。美香くんを連れ去られたのは痛手ですが、ドライバーが完成した以上、彼女にもう用はありません。前川裕二さんの方も、実家の住所はわかっているから、またこちらから会いに行けばいい」
瓦礫をかき分け、岩田が立ち上がり姿を現す。そして、そばにいた筋肉隆々な大男と話を始める。
「社長に傷を負わせるとは、とんでもない力ですね」
「これぐらい平気です。それに正直、無職の因子の力をなめていました。思ったとおり、やはり素晴らしい力だ」
「伝説の闇のライバー、シャムが生涯抱え続けた負の力を受け継いだ者、それが彼なのですか?」
「確証はないですが、おそらくはそうです。ドライバーの性能を知らずに、あそこまでの力を引き出すことは普通、出来ませんね」
「なるほど」
「それに、我々の教育の影響も受けなかった。おそらく、あまりの知能の低さに脳がプログラムを処理することができなかったのでしょう」
岩田はそう言うと、傷口に手をかざした。すると傷口がふさがり出血が止まった。大男はバックルからカードを取り出し、変身を解除した。
「期待していますよ。ドメスティックマン」
「お任せください。必ず社長の元に、ウォンツマンを連れ帰ってみせますよ。この力で」
満月の月明かりが、怪しい男たちを照らしていた。