第1話 購入
ゾット帝国と共に…
ある、なんでもない平日の昼下がり。寂れた団地の一室、男は通販サイトで商品紹介ページを眺めていた。
「おっ、これかウォンツがつくってた危ないヤツは」
俺は、昔働いていた兵器工場でつくっていた戦闘強化スーツ、通称[ウォンツマン]を買うかどうか悩んでいた。
なぜ俺が、こんな危ない兵器を買うか悩んでいたかというと、現在の自分の状況が関係してくる。俺は30歳無職、職歴は工場バイトのみ、楽曲制作や小説家として活動しているが収入は0、もちろん恋人などいたことがない。ハッキリ言って、俺は現実が嫌になっていた。自分のような無能に価値はないと言わんばかりの、白状で冷たいこの世界が憎かった。努力が足りないと言われるかもしれないが、努力できることもまた才能のひとつだ。俺に、そんな大層なことが出来ればこんな悲惨なことにはなってない。
「決めた買う」
俺はついに決心した。通販のカート欄に入れ、お急ぎ便と代引き支払い設定にしてポチった。送料手数料も込みで10万円越えと、フリーランスには高すぎる買い物だが、30年分の憂さ晴らしができるなら安いもんだ。
俺が購入した兵器の名前は [ウォンツドライバー] このゴテゴテしたベルトのバックル部分に、100年以上前に活躍したらしい、有名大物動画配信者の力が宿ったカード通称 [ライドライバーカード] を2枚セットし [フュージョンコラボ] することで [ウォンツマン] という強化戦闘兵士に瞬時に変身できる最新トレンドアイテム。とサイトの説明欄には書いてあった。なんで100年も前の動画投稿者の力で、戦闘を強化するのか、意味不明なところはあったが、評価レビューも悪くなかったのでそこまで気にはしなかった。
――これが届いたらまずは、ヒキニート扱いする家族に復讐や。その後は、街を歩くカップルの女を襲ってDT卒業、完ぺきやで――
俺はとりあえずこの超兵器を試して、気持ちよくなりたかった。俺みたいな男でも、最強になれる素晴らしい兵器が簡単にネットで買える時代に感謝した。
翌日の昼間、大きなアタッシュケースが家に届いた。しかし、俺はゲームと映画鑑賞に忙しくて開ける暇がなかったので、ケースを開けなかった。
買ってから10日ぐらい経ち、そろそろ開けようと思った時、ピンポンと玄関が鳴った。
「なんだ、誰や?母さん、客やでぇー」
しかし、母親は留守だった。父親は仕事で、妹は学校、だから家には俺しかいない。仕方なく玄関のドアを開けると、玄関前にニッコリと微笑む、やせ型の長身で髪をしっかり整えた営業マン風の男が立っていた。
「どちらさん?」
恐る恐る聞くと、怪しい男は微笑みながら答える。
「前川裕二さんですね?初めまして、私は株式会社ウォンツ社長の岩田サトシです。この度は、わが社の開発したウォンツドライバーのご購入、誠にありがとうございます。今日は商品のご説明に来ました」
俺は商品説明のために、わざわざ社長が購入者の家に来るこの状況を理解出来なかった。
「そんな説明いらん」
関わるとめんどくさそうだったので、俺は玄関ドアを閉めようとした。しかし、ガシッと勢いよく腕を出した男にドアを掴まれた。あまりの力強さに驚いたが、それでも力づくで、無理やり閉めようとした。しかし、なぜかドアはびくともしなかった。
「離せや、てめえ!」
得体のしれない恐ろしさに、声は震えていた。男は相変わらずニッコリと微笑み、表情を崩さない。
「今のあなたは、ウォンツドライバーをまだ使用出来ません。なぜなら、使用するには我々の教育プログラムが入ったチップを、脳に直接埋め込まなければならないからです」
脳に直接、チップを埋め込むだと?冗談じゃない!
「何言ってんだ!そんなことできるか、もういらんからドライバーは返すから、帰ってくれやで」
すると男は何も言わず、微笑みながらなんと掴んでいた手でドアを破壊し、家に侵入してきた。
「もう、クーリングオフの期間はすぎました。返品不可です。さぁ、来てください」
そう言うと、俺を腕で取り押さえ抵抗出来なくした。あまりの力に、俺はもう抵抗を諦めた。直感だが、明らかに勝ち目がないことを感じたからだ。
家に侵入してきた男に、腕と足にガッチリと拘束具を装着され、口にはテープが貼られた。そして片手で担ぎあげられると、ドライバーの入ったアタッシュケースをもう一方の手に持ち、男は俺にこう囁いた。
「ご購入、本当に感謝してます。これでわが社は新しい、強力な戦力を手に入れることが出来ました。世界征服ハイバッチリ!!」
俺に、この男の言葉の意味はわからなかったが、これからよくないことが自分の身に起こる、ということだけは直感でわかった。
男は俺を抱えながら、団地の階段を降りて行き、俺の体をワゴン車のシートを倒した後部座席に押し込んだ。そして、運転席にいた別の男に話しかけた。
「あとはよろしくね。貴重な無職の因子を持つ男だ。丁重に頼むよ」
運転席の男はわかってますという感じで、頷くと岩田を助手席に乗せ車を走らせた。無職の因子とはなんだ?理解ができないワードに俺は混乱した。どうやら、とんでもない事態に巻き込まれてしまったようだ。