【立て籠もり犯との対決⑥(Confrontation with a standing-up criminal)】
市役所の見える位置で状況を見守るエマ、ニルスそれにコヴァレンコ警部。
「これで屋上、2・3階、裏の建物の制圧に成功して、残りは1階と4階だけね」
エマが最後に送られたブラームの完了メッセージを確認して言った。
「これで敵の約1/3にあたる14人の無力化に成功した」
「銃声が聞こえていないと言う事は、敵に1発も撃たせずに……いや、見事と言うほかない。正直驚いています」
「あら、警部さん驚くのはまだ早いですわ」
「そうそう。まだ敵の兵力は26人程度も残っているし、1階には民間人も居るから、まだまだ、これからですよ」
「ああ、そうでしたな。それにしても凄い」
コヴァレンコ警部は、いかにも感心した様に腕を組んで、見えない状況を何とか把握するように身を乗り出して見ていた。
ミッションの第1段階は無事終了した。
次のミッションは偵察。
実行者は屋上に居る私と、2階に居るトーニ。
それぞれ、これから先の攻撃目標である4階と1階の敵の状況を探り、ビデオに収める。
通風孔は狭いうえに、薄い鉄板で出来ていて、音が立ちやすい。
だから硬い靴や金属製のファスナーやボタンの付いているズボンを脱ぎ、用意しておいたスパッツを履き長袖のTシャツとスパッツだけの姿になる。
ハンスやトーニだったら、マナーよく目を逸らしてくれるのに、カールときたら私が脱ぐ姿に目が釘付け。
恥ずかしいから他所に向いていて欲しいが、それをお願いすることもまた恥ずかしかったので、そのまま知らぬ顔で脱いだ。
空調ダクトを使っての偵察だから、万が一落としたときに大きな音の出てしまう銃やナイフも外し、ビデオだけを持って行く。
「脱ぐと、また大人っぽい曲線美が素晴らしいですね。まるで映画のヒロインでも見ているようだ」
軍服を脱いで軽装のスパッツ姿になった私を見てカールが褒めてくれた。
だいぶHな目線だけど“大人っぽい”と褒められて嫌な気はしない。
普通21歳くらいだと「もう大人だよ」と返す人も居るのかも知れないが、普通の暮らしから遠ざかっていた私には“大人”と見られることが、ことのほか嬉しく感じる。
でもカールはオジサンだからなのか、こういうところを素直に褒めてくれるので嬉しい。
「携帯の電波が切られている状態だから、4階から屋上の様子を見に来るかも分からない。油断はするな」
「了解、中尉もお気をつけて」
「ああ。では、行って来る」
行く前にカールには見張りをしながら、1m程の鉄パイプを1本調達しておくように言って頭から、空調のダクトの中に入っって行った。
人一人が、ようやく入れる程の広さ。
第一関門は、手摺も梯子も無い、垂直に4階に下りる通路。
しかも薄い鉄板をビスで繋げてあるだけだから、体を支えるために一カ所に強い力を掛けてしまえば変形したり、外れてしたりするかも分からない。
その場合の音もそうだけど、気を付けていても薄板は音が出やすい。
音を出し、万が一にも敵に気付かれた場合、この狭い筒の中では何の防御も反撃も出来やしない。
脚と腕を使って、背中を筒に密着させるようにしてユックリと4階の天井裏まで降りた。
第一関門は無事に突破した。
次の関門は、垂直状態の体を水平に変えること。
空気が流れれば良いだけのダクトだから、向きを変えるスペースなどなく、ただ四角い筒が90度折れ曲がっているだけ。
日頃から訓練前には怪我をしない様にストレッチや柔軟体操はみっちりやっているし、男性に比べれば華奢な体つきだから何とかクリアできたけれど、このダクトの中での任務が出来るのは私とトーニの2人しか居ない。
あとのメンバーでは体が大き過ぎて、入るのも困難だろうし、まずこういうコーナーは曲がれない。
もっとも音さえ何とか誤魔化す事が出来てダクトの外側に出られたとしても、迂闊に天井裏を歩いていたら、天井板を踏み抜いてしまう。
昔の建物の様に天井は確りと作られてはいなくて、殆どの場合カーテンレールのような薄い金属製の板に石膏ボードをネジで固定されているだけの釣り天井。
このダクトも、天井に固定されているのではなく、その上の階の構造物に固定されている。
だから最悪少しくらいの音なら直接天井に響かない分、伝わりにくいがこれには聞く側の環境と個人差があるので安心はできない。
注意深くダクトに中を進み、各部屋に設けられているダクトカバーの隙間から中の様子を探りビデオに収めなければならない。
屋上の私は、次に攻撃を仕掛ける4階の状況を通風孔から確認し、同じようにトーニは2階の通風孔から1階の天井に移動して、フロアの人員配置や人質などを確認してビデオに収めて共有する。
4階の天井にに到着した私は、先ず西端まで移動してから通風孔を覗き、ビデオを撮り順に東へ移動した。
先ず西端の部屋には西と北に1人ずつの見張りが居た。
次の部屋と、その隣の階段室に面した部屋には誰も居なかったが、階段室を挟んだ東側の部屋には長期戦に備えて休憩を取っているのだろうか、2人が寝転んでいた。
隣の部屋のは誰も居なくて、最後の東端の部屋には北と東に面した窓それぞれに1人ずつ見張りが立ち、部屋の中央に居る2人のうち1人は無線機で応援の要請をしていて、もう1人はその横で腕組みをしていた。
どこの誰に応援を要請しているのかは分からないが、先方からはあと2時間待つように連絡が入るのを確認してその場を後にした。
他には南に面した廊下を2人の歩哨が別々に往復していた。
2人が寝転んでいた階段の東側の部屋以外は、どの部屋も廊下に面した壁はガラス張りで、トイレは階段を挟んで西側の奥に男性用、東側の奥に女性用があった。




