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鐘楼の白い鳩が飛ぶとき (When the white dove in the bell tower flies)  作者: 湖灯
*****ウクライナの危機(Ukraine crisis)*****
71/301

【私たちの城②(Our castle)】

「ところで、ご用は?」

「ああ、すまない。明日からの日程を持ってきました。それと、今夜はここに泊めていただきたい」

「急ですね……」

「こういう事態ですから」

 何故電話や無線を使って伝えなかったのかは聞かなかった。

 電話や無線は。思った以上に簡単に盗聴できる。

 ここが増員されるのは別に不利な状況になるわけではないから、そのこと自体を盗聴されたとしても特に問題は無いだろう。

 問題なのは、どの部隊で、指揮官が誰かと言う事。

 今現在、ウクライナ軍で最も頼りになる精鋭部隊と、その指揮官がキエフを離れる事は出来るだけ秘密にしておきたい事実だ。

「ユリアは元気ですか?」

「ああ、俺がここに行くと言うと、連れて行けと怒っていたよ」

「従妹同士仲が良いですね」

「ユリアは、ああ見えて甘えん坊だからな」

 レーシ中佐が、その時の事を思い出したように笑った。

 トーニに開門の合図をした。

「少しの間、担当を離れる」

「いいぜ、じゃああとは俺様に任せておいてくれ」

「いや、俺が戻るまで門を開けずに待たせろ」

「俺だって“死に番”くらいは出来るぜ」

「分かっている。だから死なせたくない」

 ポンとトーニの肩を叩いて、その場を後にした。

 中佐と並んで事務所棟に向かう道、横をトラックが通り抜けて行く。

 今回の補給物資の殆どは戦闘糧食レーションだろうと思った。

 これから先、こういう物も必要になって来る。

「中も随分変わりましたね。これなら砲撃や空爆にも耐えられる」

 宿舎に積み上げられた土嚢や、張り巡らされた塹壕を見てレーシ中佐は驚いていた。

 事務所に案内すると、炊事係の者が気を利かせて冷えたコンポート(※ドライフルーツやシナモンなどのスパイスをつけ込んだノンアルコール飲料)を出してくれた。

「さて、明日からですが……」

 レーシ中佐から書類を渡されてページに目を通す。

 今日の予定の欄から見ると先ず”第25独立空挺旅団レーシ大隊特別選抜中隊の移動“と言う見出しが飛び込んで来た。

「もしかして?」

 最後まで読むまでもなく顔を上げると、目の前に居る男がコクリと笑顔で頷いた。

「今夜から、ここに厄介になる。宿舎の整備もあるだろうから、今夜は宿舎には泊まらず野営させてもらう」

「それは?」

 ウクライナ軍から離れて行動すると言う事なのか聞きたかった。

 もしそうなら止めなければならない。

「そう。我々選抜中隊はウクライナ軍からは一旦離れる。だけど、それはナトー中尉の思って居ることとは少し違う」

「違うとは?」

「実は、来週にはハンス大尉がLéMATと空挺部隊の一部60人を連れて来てくれることと、GIGNジェイジェン国家憲兵隊治安介入部隊が決まってね。それにアメリカ軍もSEALsシールズとデルタ等から志願兵50名を派遣してくれることも決まり、イギリス軍の特殊空挺部隊(SAS)やドイツ連邦軍のKSK、イタリアCO.F.S.、スペインのGOE、オランダのKCTにポーランドのJW グロム、カナダのJTF-2、オーストラリアのヤークト・コマンドなども現在派遣に乗り出す方向で話が進んでいます。そこで、まあ我々は、そのお世話をする部隊に抜擢されたと言う訳です」

 レーシ中佐は呑気そうにそう言ったが、屹度自分から言い出したに違いない。

 そこまでしてくれると無下に断ることも出来ないので、素直に有り難うと言った。

 確かにフランスだけでなく、世界中の特殊部隊に参加してもらいたいとは思っていたが、どうしてこんなに早い時期に参加を表明してくれたのだろう。

 航空機や砲兵による後方支援もなく、ただ目の前に居るテロリストだけを、それも出来る限り殺さずに無力化すると言う前代未聞の作戦に。

「世界中の特殊部隊が動いたのは、ナトー中尉の立てた作戦に感銘を受けたからですよ」

「私の?」

「そう。国家安全保障会議の時に、この危機を人種差別や戦争に利用させてはいけないと、メッセージを出されたのでしょう」

「それは……」

 確かにイザック准将は、私の思い描いた作戦に乗ってくれ、会議では皆もその意見に賛同してくれた。

 でもそれは私の作戦が良かったからではない。

 もしもあの場所でイザック准将に代わって、私が同じ内容を話していたとしたら、会議は紛糾してしまうだけで誰も耳を貸してくれなかったことだろう。

 全てはイザック准将の人望のせる業なのだ。

「卓越した技術と、鍛え上げられた体、そして強靭な精神力を持つ彼らだからこそ分かるんですよ。それはナトー中尉と同様に、恐怖に邪魔されず、どんな修羅場でも戦場を冷静に見続けられる目を持つこと。だから、本当の戦争の怖さが分る。そうでしょう?」

 確かに特殊部隊の隊員たちはその通りだが、間違っているところもある。

 それは私自身のこと。

 子供の時から銃を持ち、人を殺している私は、特に罪の意識も感じなければ恐怖心もない。

 まして面白いとか敵に勝つと言う競争心や、優越感も感じない。

 ただあるのは、私や私の大切な人の命を奪おうとするものを、排除したいと体や脳が動くだけの事。

 そこに感情を感じたことなど無い。

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