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鐘楼の白い鳩が飛ぶとき (When the white dove in the bell tower flies)  作者: 湖灯
*****サン・シール陸軍士官学校(Saint-Cyr Military Academy)*****
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【サン・シール陸軍士官学校④(Saint-Cyr Military Academy)】

 確かに外人部隊では女性扱いしないと言う決まりがあるから、今まで何にも思わなかったけれど、いくら男言葉を使っても見た目は女性だ。

 しかも勲章をジャラジャラぶら下げた下士官に対等に話し掛けられて、気分の良い将校はいないはず。

 ある意味それをスルーしてしまうLéMATと言う組織が、異常だったのだろう。

 総長に教えられて素直に言葉を直すことにした。

 最初は言いにくかったので、シャワールームで体を洗いながらコッソリ練習していた。

「やあナトー、元気?」

「お……わ、わたしは元気よ、貴女は?」

「俺も元気だ……いや違う、やり直し」

「やあナトー、元気?」

「わ、わたしは元気よ、貴女は?」

「ナトちゃん、なに?」

「わわわっ!なっ、何でもない!」

 練習していたら、急にカーラに声を掛けられて驚いた。

 さすがに音楽をやっているだけあって、耳が良い。

「あー、さっぱりした」

「ナトちゃん、長かったねー。タルト作ったのだけど、イチゴとオレンジのどちらが好い?」

「わ、私はオレンジが好き」

「では、ナトちゃんがオレンジで、ステラがイ……、ナトちゃん今なんて言った?」

「んっんっ」

 言い直すのに気恥ずかしくて2度喉を鳴らして「わたしは、オレンジが好き」と言った。

「いいね、その“わたし”って言うの」

「そうそう。髪が短くて背が高くて、男の子みたいなナトちゃんが自分の事“わたし”って言うと、私たちが言うより魅力的に聞こえる!」

「どうして変えたの?」

「総長と話していた時、男言葉を注意されたから」

「総長って、ジョルジェ総長!?」

「そうだけど」

「ナトちゃん、総長室に乗りこんで言ったの!?」

「まさか、中庭でボーっとしていたら、向こうから声を掛けてきて少しだけ話した」

「向こうから!??」

「あー私なんて、一生なさそう」

「えっ!?なんか私マズかった??」

「いや、マズくは、ないと思うよ。向こうから声を掛けて来たのだから」

「だけど、私たちにはこの学生生活で事務的な事を除いて、総長から声を掛けていただくなんて屹度ないよ」

 クラブ活動で遅れて戻って来たステラも、いつの間にかイチゴのタルトを食べながら話に加わっていた。

 丁度良い。

 私は、悩んでいた勉強に関する問題を3人に打ち明ける事にした。

 善意でしてくれていることを断るのは悪いことだと思ったし、勇気もいった。

 だが彼女たちに甘えたままで無事に卒業できたとして、それが一体何になる?

 軍隊は1人じゃないし、人の犠牲の上に成り立つものであってはならない。

 それに、この様な関係では友情をはぐくむことはできない。

 俺がここに来たのは将校になりたかった訳ではないし、ハンスを見返したかった訳でもない。

 俺自身が、ハンスに指摘された欠点に気がついたから。

 俺の欠点は“社会性”

 さりげない根回しや気遣いが出来ずに常にストレートに物事を片付けようとしてしまうところと、何事にも妥協しないというところ。

 子供のころ、常に“生か死か”の2択しかない世界で育ったことが原因なのかも知れないが、自分の欠点を知ることと人との関わりの中でその事に気を使うことで必ず欠点は克服することが出来る。

 そのことを3人に打ち明けると、3人とも一瞬黙っていたが直ぐにメリッサの反撃にあった。

「えっ、じゃあナトーは私たちがしてあげていることが嫌だっていう事なの?」

「いやじゃないが、迷惑を掛けるのは不本意だと言う事」

「迷惑を掛ける?ナトちゃん今自分が言ったことと今の言葉って矛盾しているよね」

 今度はカーラ。

「矛盾?」

「そうナトちゃんは自分の欠点である“社会性”の無さを補うことも目的なんでしょ」

「その通り」

「だれにも頼らず、誰の力も借りず、自分だけの力で物事を進めていくことのどこに社会性の改善があるのかしら?」

「確かにステラの言う通りだけど、これは私だけの問題で、君たちを巻き込むのは不本意なんだ」

「私だけの問題?」

「君たちを巻き込む?」

「不本意?」

「馬鹿にしないでよ!アンタだけ特別だと思っているようだけど、アンタはほんの少しだけ早く習うだけであって、同じことは私たちも習うのよ!」

「それは分っているが」

「分かっちゃいないよ。私たちはナトーの習わない所や左程重要でないところまで様々なプロセスを追ってゆっくり理解して行くの。ナトーはただ試験に出題されるような要点だけを詰め込んでオサラバするだけなのよ」

「私たちにしても、ナトちゃんに協力することによって得られるものも多いのよ。その最たるものが、予習が出来るってこと。みてなさい、いまは“のんびり屋”のステラさんだけど、ナトちゃんと過ごす6か月間の予習期間を利用してこのサン・シールを首席で卒業してみせるわよ」

「ステラ……」

「結果に捕らわれちゃ駄目よ」

「そうそう。6ヵ月間で達成する目標を崩さないのはいいけれど、結果に全てを縛られていたら余裕がなくなるわよ」

「そう。余裕がなくなると矛盾も生まれる。そもそも総長はなんで“俺”を止めるように注意したんだっけ?」

 気が付いていなかった。

 相手に齟齬そごのない話し方のために必要だと思っていたが、男が男らしく、女が女らしくという当たり前の世界こそ社会の基本的な要素。

「そうよ、社会と言うのはただ単に不自由なく、過ごしやすいだけのものじゃない」

「その基盤となるのは、助け合う心や共感し合う心」

「軍隊だって同じでしょ」

「うん」

「そして、やっぱり学生生活も大切でしょ」

「そうね、6ヵ月で駄目なら、そのまま後3年半一緒に居れば良いじゃない」

「あっ、それ最高!」

 3人は私に間違いを気付かせてくれ、応援してくれた。

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