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鐘楼の白い鳩が飛ぶとき (When the white dove in the bell tower flies)  作者: 湖灯
*****ウクライナの危機(Ukraine crisis)*****
69/301

【罪と罰(Crime and Punishment)】

 捕まえた2名を連れ森の中を、自転車を担いで引き返した。

 途中で数台の車の音が聞こえた。

 屯所にたどり着く頃には辺りは暗くなっていたが、既に臨戦態勢を整えたその周辺だけはライトが照らされて昼間の様に明るかった。

 さすがにこれを目の当たりにして、奴等も攻撃の判断を迷っただろう。

 全滅を覚悟して突撃すれば、目的は達成されたかもしれないが、それが出来るのは第二次世界大戦の旧日本軍くらいなもの。

 九死に一矢報いる闘いは出来るが、十死に一矢報いる闘いの判断など出来るはずがない。

 指揮官がまともな奴なら、人を騙して頭数を揃えている部隊では、足並みが揃わなくて到底叶わないことは分るはず。

 奴等の帰りが遅かったのは、突破口を見い出そうと幾方面かに偵察を出してみたのだろう。

 それで諦めざる負えないと結論を出し、銃火を交えることなく撤退した。

 敵ながら見事な判断ではあったが、まさかトーニたちが自転車で私を迎えに来たせいで、大切なアジトが攻撃されるとは思ってもいなかっただろう。

「レーシ中佐、戻りました」

「ああ、ナトー中尉。ご苦労様です。今火災現場に部隊を向かわせていますが、あの炎はやはり敵のアジトですか?」

「そうです」

「するとその2人も?」

「奴等のアジトで捕獲しました」

「リトル・グリーンメンには見えませんが」

「どうやら勧誘されて入っただけの民間人も入っているようです」

「民間人ですか……」

 レーシ中佐は面倒なことが起こったたと言わんばかりに、腕を組み、顔を曇らせた。

 他国軍からの義勇兵であるリトル・グリーンメンは所詮他国民。

 親ロシア派の武装勢力も、幾つかの過激派組織の集まり。

 一応構成員は民間人ではあるが、何か事件を起こすたびに組織名を売るために犯行声明を出しているから、一般の民間人とは明らかに違う事は周囲も認めるところ。

 ところが、この2人の様な明らかな民間人となると話は少し違って来る。

 軍人や過激派の人たちが紛争で死んだとして、誰が何を思うだろう?

 軍人なら戦死、過激派なら殉死と言ったところで、家族は悲しむだろうが他の者は殆ど興味も示さない。

 いつ死んでもおかしくない事を、自ら進んでしているから。

 ところがこの2人の様に民間人が、アルバイト気分でその様な組織に入っていた場合は、どうだろう?

 彼らの死は、家族や友人だけではなく、社会全体に大きな疑問を抱かせるだろう。

“なぜ彼らは、ここで死ななければならなかったのだろう?”

 この問いに、死んだ者は答える事は出来ない。

 彼らの様にアルバイト代に釣られただけという軽い気持ちで入った者もいれば、狂信的な強い意志を持って入って来る者もいるだろうし、銃で人を撃ってみたいと言う犯罪者的な者もいるだろう。

 しかし、死んでしまえば彼らは“なぜ入ったのか?”と言う問いには答えり事は出来ない。

 答える事の出来ない彼らの代わりに答えるのは、彼等の死をプロパガンダに利用しようとする者たち。

“なぜ彼らが、ここで死ななければならなかったのだろう?”

『ウクライナ政府の悪政を見かねて、彼らは立ち上がったのだ!』

『ロシア人の誇りと栄誉のために、彼らは戦った』

『彼らは、親ロシア派にそそのかされて犠牲になった』

 戦争は恐ろしい。

 自分の意思に反して物事を作り変えられてしまう。

 敵を陥れるために巧妙に作られた嘘が、歴史の上で本当の事と記載されてしまう事もある。

 それが戦争だ。

 報告を終え、皆と一緒に宿舎に戻ろうとしたとき止められた。

「すみません、チョットいいですか?」

「はあ」

「ナトー中尉は、あの2人の処遇について、どのように考えます?」

「何も……2人については、既に中佐を通してウクライナ政府に預けました」

「たしかに。では、どの様にしたらいいと思います?」

「そんなこと、考えたこともありません」

 考えてもいないなんて嘘。

 けれども言っても意味の無い事は言いたくないし、ウクライナ人でもない軍人の私が意見することは、この小さな空間でも内政干渉になるので黙っていた。

 レーシ中佐は何か困っている様子で、上着を脱ぎTシャツ姿になった。

 さすがに特殊部隊の中佐だけあって、脱ぐと凄い。

「なあ、軍人同士ではなく、一市民として話してもらえないか?内政干渉になると気が引けているのかも知れんが、軽い内政干渉くらいはしてもらえないと行き先が見えなくなってしまう事もあるだろう?」

 レーシが、お手上げのポーズを取ってお道化てみせたので、フッと笑った。

「だが、服は脱がないぞ」

「……いいよ」

「彼らには、罪をチャンと償わせてやりたいと思っています」

「厳しい措置ですね」

「そうですか?私はそうは思いません」

「それは?」

「軍人の自殺者は非常に多いのは御存じのとおりです。そして戦争になれば更に増える。何故だか分かりますよね」

「人の死を目の当たりにするからですね」

「そうです。仲間の死もそうですが、特に陸軍では自分が犯した罪について人は悩み苦しみます。そしてジュネーブ協定を順守するなら、故意に虐殺等の犯罪行為を行わない限り、戦場で何人殺そうとも罰せられることはありません」

 レーシ中佐は口を挟まず、チャンと聞いてくれる。

「軍人は国の命令で人を殺す事を半ば強要され、それに対する免罪も与えられます。しかしそれが一般人である場合は容疑者です。容疑者なら、犯した罪に対しての償いが課せられます。常に罪の意識を持ち、悔い改める機会を与えられ罪に応じた服役期間を経て、社会に復帰することが認められます」

「たしかに。捕虜の場合だと、どれだけ本人が罪の意識に苛まれていようとも、放置される」

「人はそれほど強くはない。いくら敵だとは言え、目の前に居る人を平気で殺せるほど人は精神的に強くはない。なのに軍人と言うだけで、それを罪とは問われない。強靭な精神力を持つように訓練された兵士以外は、自分が犯した罪に問われない罪に対して逃れるために禁止薬物に走ったり犯罪に手を染めたりするものも増えるでしょうし、当然自殺者も増えます。それに……」

「それに?」

「捕虜となると、親ロシア派との関係改善が図られない限り、基本的には拘束を解くこともできません。更に、これはウクライナに限ったことではありませんが、軍内部の収容所勤務の兵士たちがジュネーブ条約を熟知していないと言う事です。当然収容所では仲間を殺された恨みから酷い仕打ちを受けることも多くあります。その時、彼らが病んだままの状態で、ウクライナ社会に対して復讐心を持ってしまったとしたらどうなるでしょう?」

「治安の悪化でウクライナはボロボロになる。……上層部から聞いたよ。今回の君の作戦計画を。なんでもこの一大事にウクライナ軍を排除するそうじゃないか。しかも義勇軍と言う組織も解体して“自衛隊”などと言う奇天烈な組織まで造ろうとしている。君は知らないだろうが軍内部では、内政干渉だの特殊部隊の実験場だのと騒ぎ立てる輩もいて、いつの間にか内部の裏切り者の話もどこへやら……。でも、それこそが君の狙いだったのですね。つまり軍の内部分裂を避け、目を外に向けさせることで安定を取り戻すこと。そうでしょう?」

「すみませんが、そこまでは考えてはいませんでした。失礼します」

「……」

 さすがレーシ中佐と言いたいところだが、ここは肯定してはならない。

 あくまでもウクライナ軍にとっての私は、英雄気取りで、イザック准将をもたぶらかす“悪女”でなければならない。

 そうでないと、一度分裂しかけた軍内の結束が保てない可能性がある。

 万が一結束が崩れてしまえば、もう誰も手出しができない内戦となるだろう。

 ウクライナ軍同士がウクライナ派と、親ロシア派に分かれて戦う。

 親ロシア派の後ろ盾には当然ロシアが付き、ウクライナ側にはNATOが付く。

 そうなると国内全体があっと言う間に戦場となり、多くの市民や動物たちが犠牲になり、国土は荒れ果て経済は麻痺してしてしまう。

 そうなった後の世界では、悲しみと不信感だけが蔓延する社会となってしまう。

“それに……”

 それに、私には私自身が犯した罪を清算しなくてはならない使命がある。

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